私の隣には

Asuka

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青年

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「どうして…」

激情が溢れてくる。何故…

「どうして!ほっといてくれないんですか!やっと、報われるのに!」

私は彼を叩いていた。両親に会う邪魔をしたこいつを。私は彼を跳ね除ける。しかし彼は私の手を取る。その力は強くなっている。

「死んで、何が報われるんだ!」彼も言う。

「やっと…会えるのよ!私が殺した両親に!私を愛してくれたあの人たちに!」

激情が抑えられなかった、どうして見ず知らずの貴方が私の邪魔をするの?私の思いも知らない貴方が、どうして!?しかし、彼は毅然として私を止める。まるで、恋人の自殺を止めるかのように。

「貴方は、死んではいけないんだ。生きるべきだ。ご両親が、貴方を愛してくれたなら、尚更死んではいけません。」

それだ…それなんだ!私を苦しめる綺麗事はまさにそれなんだ!何がわかるんだ!貴方達に私の絶望が、虚無がわかるのか!それでいてそんな残酷なことを言うのか?何も失っていないお前達は、都合よくそんなことを言えるけれど、失った人間にとってその言葉がどれほど酷なことかわかるのか!何もわからない部外者が、私の死にとやかく言うな!

思いは溢れるばかりだった…言葉にならず、もどかしい。誰にもわかってもらえない。力が抜けていく。立てなくなる。代わりに、私はとめどない涙を流していた。手を取っていた彼は、座り込んで泣いている私に、そっと寄り添う。

「泣けばいいんです、いくらでも気持ちをぶつければいい。ただ、間違っても死んではいけないんだ。貴女からすれば、もしかしたらこれは綺麗事なのかもしれない。確かにそうかもしれない。ただ、突然この世を去った、貴女を最も愛していたご両親が、貴女のそんな死を望むと思いますか?」

私を諭す彼の言葉が、心に響いてくる。一方では、残酷な言葉に聞こえてくる。未だ憎悪がこみ上げる。しかし、もう一方では、こんな思いも芽生えてきた。彼の言葉は、正しいのかもしれないという未知の気持ち。そして遠い日のあの言葉を思い出す。

「失ったものを数えるな、今残っているものを数え、前を向いて生きろ。」

「これからもっとたくさんのもの、貴女が大切にしているものを失うのかもしれない。ただそれでも、強く生きなくてはいけないわ。大丈夫、貴女は優しくて、強い子だから。」

私が愛している両親の言葉、それがもう一度私の冷え切った暗い心に、一筋の希望の灯火を授ける。前の見えない私を優しく導いてくれる。そして、その炎を灯してくれた彼は優しく微笑んだ。

「ね?両親は貴女のそんな死なんて、望まないと思うでしょう?」

そうだ。私を愛してくれた両親は自殺なんて望まない。そんな風に彼らにあの世で出会ったら、これほど彼らに与える不幸はない。
強く生きなさい。母の言葉の意味がわかったように思う。その本当の意味が。

「はい…私も、生き急ぎすぎました…ありがとうございます。」

「いえ、大丈夫ですよ。貴女だけじゃない。人はみんな生き急ぐ。その時、誰かが止めなくてはならない。たまたまその義務が僕にあっただけです。」

彼はなんとでもないように言った。できた人だと思った。

「貴女に身寄りはいますか?その、これから頼れる人ですね。」

「その、誰もいないんです。私の家系、かなり一人っ子が多くて、両親もそうだから…いとこや親戚がいないんです…だから、身近にはいないんです…これから一人です。私。」

「そうですか…貴女は今、社会人でしょうか?」

またしても彼は聞いてくる。どこまでもお人好しなのかもしれない。私個人の領域に入ってきているように思うが、命の恩人だ。何より、私は今、誰も頼れない。

「いえ、大学生でした。ここ最近はずっと行ってません。両親の遺産を使って大学に通うのは億劫で、近々辞めようと思います。」

思いのうちを吐いた。両親の遺産は多く、相続する私のために貯めていたのかもしれないが、私にはそれを使う気にはなれない。どうしても、二人の死を思い出して狂ってしまう気がするから。きっと、私の口座の中にある二人の財産は滅多に開くことはないだろう。

「なるほど…そうだ、これをどうぞ。すみません、自己紹介もせずに貴女にばかり話をさせてしまって。」

彼は名刺を差し出してきた。窪田蓮、と書かれている。他にも彼の勤める会社と、役職などが書いてあった。

「一応、会社員です。新卒で今年入社したばかりなんですけどね。あと、」

彼はボールペンを出して私から名刺を受け取ると、名刺の裏に何かを書いた。

「これ、僕の連絡先です。何か話したくなったら、どうぞ。いつでも話せるわけじゃないかもしれないけど。」

そこには彼の電話番号と、LINEのそれと思われるIDがあった。身寄りのない私の話し相手になろうとしているのだろう。どこまでもお人好しな人だ。

「ありがとうございます。それにしても、どうしてここまで?失礼ですが、初めて出会ったばかりなのに…」

素朴な疑問をぶつけてみる。なぜ、ここまでしてくれるのだろうか?

「その…ほっとけないんです。どうしても、困っている人や、絶望している人を見ていると…たとえ他人でもね。誰かが狂ってしまうのを見ていたくないんです。正義の味方でもなんでもないんですけどね。」

彼は顔を赤らめながら、それでもはっきり言った。どことなく、父に似ていた。父も他人のために尽くす人だ。実際、彼は警察官で人の安全のために、努めていた。

「素敵だと思います。そういう生き方。まるでお父さんみたい。」

自然に涙が零れる。しかし、そこに悲しみの冷たさはなかった。どことなく暖かい、懐かしい涙だ。彼は私の涙を自然と拭う。優しく触れながら。

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいです。さて、そろそろ戻りましょう。ここは冷たいはずだ。」

彼は、部屋まで送ります、と私についてきてくれた。ここの住人だということは想像がついたのだろう。私が彼に部屋の場所を教えると、彼はところどころ迷いながら探してくれた。その姿も見ていて心温まるものだった。

私の部屋の前に着くと、彼はもう一度、誰かに頼るよう言った。彼には感謝しかない。私を引き戻し、正してくれた。そのお礼をし最後に私の名前を彼に告げた。素敵な名前だ、と彼は私に言ってくれた。そして、その場で私たちは別れた。





しかし、すぐ隣でドアの開く音がした。私がその方向を向くと、私の隣の部屋に入って行く彼の姿があった。
彼も私が見ているのに気づいたようだ。一瞬驚くと、私たちは互いにはにかんだように笑った。お隣さんだったのか、と私はどこか嬉しく、面白く思った。早速追加した彼のラインにメッセージを送る。

『これからよろしくお願いします♪』

程なくして返信が来た。

『ええ、こちらこそ。』
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