6 / 8
06.
しおりを挟む「やっぱ、あの人のこと好きなんですか」
黒瀬くんは、靴を脱ぎながら
私の方を見ずに言う。
「いや、既婚者だし、そういうんじゃ…」
なんだか、話さないとという考えで
黒瀬くんの家まで着いてきたけど
逆効果だったかもしれない。
「上司としては好きだけど…」
私の一言一言で、神経を逆撫でている気がする。
返事が何も返ってこない間が不安で、
私も靴を脱いで家に上がる。
「助けてくれたんだよね、ありがと
困ってたんだその…隣座ってた時から
なんか触られてて」
「…困ってるようには見えなかった」
私から顔を背けて、上着を掛ける。
「入江さんが道を誤らないように止めただけです」
「酔って…ました、すみません…」
「不倫ですよ、分かってるんですか」
冷たい、蔑むような目で見られてる。
「ごめ…」
「懲りずにフラフラ僕の家に来るし
何も分かってない」
怒ってるよね、あんなの見せられて
気分いい人はいない。当たり前だ。
「…ごめん…今日は、帰った方がいいよね…」
勘違いされたままは嫌だけど、
何を言っても無駄かもしれない。
帰ろうとする私の手を、黒瀬くんが掴んだ。
振り返ると微かに震える息を吐きながら
視線を落とす。
「……付き合ってるって言った時
どう思ったんですか」
思いがけないセリフに一瞬固まる。
「…嬉しかった、止めてくれて」
私の返事を聞くと、掴んだ手にぎゅっと力を込めた。
「それだけ?」
黒瀬くんの手は強く、熱を持っていて
簡単には振り払えそうにない。
「それだけじゃ、ないけど……」
本当は助けられたこと以上に、
そう言われたことが嬉しかった。
あの場で言い切られて、心臓が跳ねたのは事実だ。
「嬉しかったってなんだよ…」
「え?」
ぐっと腕を掴まれて、一気に距離を詰められる。
「じゃあさっき触られてたのも、キスされてたのも
助けが必要なほど嫌だったんですよね」
張り詰めた空気に圧倒されそうになりながら
声を振り絞る。
「そう…かも」
「そうかもじゃないでしょ」
冷たい目、冷たい声。
一歩近付いてきて、
私の肩に頭を預けて、腰に手を回す。
「そうって言って」
掠れた声でそう言われてまた心臓が跳ねる。
「黒瀬くん、っ…」
「今日だって二人でいたかったのに」
顔を私の肩に擦り付けて指先を絡め合わされる。
「もう他の男に触らせたくない」
低く囁いた瞬間、
黒瀬くんの腕が私の体を引き寄せた。
強く抱き締められて、背中を壁に押し付けられる。
私の手を掴んで、
自分の胸に持っていくと唇を歪める。
鼓動が、速くて…私まで苦しくなる。
「入江さんのこと、好きで好きで堪らない」
真っ直ぐな瞳に囚われて、身体が熱くなる。
「セフレじゃ足りないよ」
指先が、そっと私の頬をなぞった。
その優しい仕草とは裏腹に、目の奥には
抑えきれない私への執着が見える。
「俺のものになってくれるまで逃しませんから」
返事をする前に唇を塞がれる。
キスなんて生温いものじゃない。
強く、深く、支配されるようで、
逃げる隙も与えられない。
絡みつく舌の動きに、呼吸さえ奪われそうになる。
「っ、黒瀬くっ、ん……ッ」
やっと唇が離れて、口を開くと
余裕のなさそうな顔で、私の口を手で塞ぐ。
「ッはぁ…っ、やめて…今日は聞きたくない」
ああ、私、黒瀬くんのことが好きなんだ。
黒瀬くんに嫌われるのが一番怖い。
「はあ…ッ、クソッ……ダメ女…
俺以外に触らせてんじゃねえよ」
乱暴に抱かれても、暴言吐かれても逆らえない。
「ごめっ、ん…」
私の気持ちはとっくに黒瀬くんのものだった。
そう自覚して、さっき佐伯さんに
気を許してしまったことに胸の奥が少し痛んだ。
2
あなたにおすすめの小説
Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜
yuzu
恋愛
人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて……
「オレを好きになるまで離してやんない。」
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる