上 下
19 / 20

Ep.13 山道と魔物

しおりを挟む
山門を抜けて日没も近くなってきた頃、雲に隠れた山頂を見上げていた。灰色の壁、壁、壁がゼクスたちの前に立ちはだかっていた。
命ある色は全く見せず荒廃とした山肌だけが視界を埋め尽くす。

逃げるように山門を抜けてから、何事もなかったかのような静けさだけが木霊していた。聞こえるのは時折吹く突風と二人のまばらな足音だけ。

「サラ、問題はなさそうか」

フードを外して髪を風に揺らし、前を歩くサラに声をかける。

「今の所問題ない。けどなんだか不気味」

鼻と魔力感知に長けたサラに周囲の索敵をさせていたのだ。
人の出入りがない、その代わり魔物はうようよ居るはずだと思っていたからだ。しかし蓋を開けてみたら虫はおろかなんの気配もしなかったのだ。

「そうだな。けど注意は怠らないでくれ」

小さく呟いた「言われなくともー」の軽い声は風にかき消された。

(にしても本当に不気味だ。厳しい環境とはいえ一匹も姿を見せないなんて)

もうそろそろ日が沈む。その前にどこか見渡せる場所に陣取り、魔物が活発になる夜を乗り切りたい。
けれどこうも姿を見せないとどこに潜んでいるか全く見当もつかず悪ければ巣の中でキャンプを張ってしまう。

「——っと、あぶねっ」

こぶし大の石に足を引っ掛けてしまったようだ。

「ちょっと気をつけてよね。転んでも助けないよ」

「へいへい」

考え事をしていたとは言え、こんなに目立つ石に気づかないものだろうか?
じっと変哲もないやけに丸みを帯びた石を凝視する。

「……………………………………」

……………………………………カタ

「——ッ!」

かすかに、しかし確実に一人でに動いた。それは坂道に逆らって登ってから、脇道のくぼみに飛び跳ねるように姿をくらます。

入れ替わるようにゼクスを押しつぶせる大きさの岩の塊——巨大な一つ目を覗かせた『アイゴーレム』がゼクスの頭上に迫り来る。

「うおっっ」

とっさに坂下に飛び退けてぺしゃんこになるのは免れた。だが逃げた場所が良くなかった。
アイゴーレムは丸い岩の魔物。坂道とほぼ同じ大きさの体を道に沿って転がらせる。

「サラーッ! 飛んで助けてくれぇっー」

坂道を駆け下りながら叫ぶが——

「いや無理だって」

サラの前に岩肌と同じ色と質感を持った狼『ロックウルフ』の群がよだれを垂らしてサラに牙を剥いていた。




「まじかよーー……」

だんだんと遠ざかっていくゼクスの声。

このままサラと離されるのは好ましくない。夜は月明かりがあるとはいえ合流は難しい。
それにゼクス一人で夜を乗り切るのは、ちょっと、難しいかな。

ゼクスは走る足を止めて、ズサーッと砂埃を立てながらバルバの店で買っておいたラウンドシールドを構えて岩壁に背中を向け構えた。

ガィン、と鈍い衝撃音を立てるとアイゴーレムは道を外れて落ちていく。

「イッテェ! なんだよこれっあんま意味ねぇじゃんか!」

以前使っていた盾だったらこのくらい身体強化を使わずとも流せたはず。が、腕が痺れてブンブン振る。

「サラと離されちまった。急いで戻らないと」


サラも苦戦していた。ロックウルフの連携した攻撃を躱すのは問題なかった。現に紙一重で牙を避け、短剣で腹部に一撃食らわせるほどの余裕を持っていた。

しかし、その攻撃で倒すことはおろか、傷をつけることはできていなかった。

「硬いなぁ……」

岩肌のような表皮は環境に溶け込んで擬態するだけでなく、鎧の役割も持っていた。ゼクスとは違い、手入れをしっかり行なっていたサラの短剣でもその体表を貫くことはできなかった。

「さて、どうしたものか」。と思った矢先、ゴロゴロ、とがけ崩れのような音が聞こえてくる。

盾を持ったゼクスが全力疾走。
その後ろを坂に逆らって転がるアイゴーレムの群。ゼクスが奴らを率れてるようにも見える。

「いやちょっと待って! ゼクスこっち来んなっ!!」

空に飛ぼうと思ったがローブが邪魔して飛び立てない。ならば、とサラは逆にゼクスに向かって走り始めた。

二人が交差する瞬間。
ゼクスはロックウルフの口めがけて長剣を突き立て、サラはアイゴーレムの瞳を短剣で突き刺した。

「選手交代と行きましょうか、サラさん」

互いに敵を入れ替えて立ち向かう。



「信っじられないっ」

ドカッ

「まあいいじゃねえか。なんとか倒せたんだし」

ドカッ

「『まあいいじゃねえか』じゃないでしょ! ゼクスほんっといい加減」

ドカッ

「分かったって。だから太もも蹴るのやめてくれない? アイゴーレムより痛い」

「まったく……」

ドカッ

最後にゼクスの太ももに思いっきり一撃を食らわせてやると倒れているロックウルフの死骸をまじまじと観察する。

(岩と皮膚が同化してる。これじゃ気づかないわけだ)

ロックウルフの体全体が岩そのものになっていた。環境に適応させるのはそうおかしくはない。
しかしそれは長い年月をかけた場合。キールの話と照らし合わせて、人が立ち入らなくなってから長く見積もって数百年。

(そんな時間でするものなのかな)

サラが頭を悩ませているのをラウンドシールドをしまいながら見ていたゼクス。

「そいつ食えないと思うぞ」

「別に食べようとしてないよ。それより気づいた? アレ」

駆け上がって来た場所から見えたのは崖の間をつなぐ橋。

「ああ。まだ人が立ち入ってた頃の物——ならすでに腐り落ちてるか」

二人とも気になりその橋の元に向かうことにした。
休憩

木で作られた大橋は人はもちろん馬車も通れるほどの頑丈さだった。一目見ただけで職人の技というのが見てとれた。

恐る恐る片足を載せてみるのが失礼なほどに、軋まず二人を受け入れてくれた。
それよりも崖下。川が流れ、暗くひんやりとした空気は魔界へと通ずる入り口のようにも思えた。

橋を渡りきる拓けた見晴らしの良い平地にたどり着く。

「敵の気配は?」

「ない。というかここ魔物避けが張られてる、と思う」

「……やけにきな臭いな。まぁいい。もう日も落ちる、魔物避けが張られてるんなら都合がいい。それにあやからせてもらおうじゃないか」

ゼクスは岩に腰掛け、左手の魔法陣から水の入った皮袋を取り出して煽る。そしてもう一つ、サラに放り投げる。

日がとても大きく見える。地平線の先に半分顔を埋め、今日の役目を終えようとしていた。
世界の全てが真っ赤に染まり、燃え上がったかのように錯覚させる。しかしそれは畏怖ではなく、どこか慈愛に満ちたとても温かなもの。

二人は同じ人——シエラのことを思っていた。

ゼクスはふと視界の端に映ったものに注意を向けた。
二人が登っていたラーディケスの山門だった。指先よりも更に小さな山門の様子は伺えないが閉じている。フィオが食い止めたのだろう。

一安心したゼクスは皮袋をしまいサラに声をかけようとする。が、すんすん、と鼻を嗅いでいる。

「どうした?」

「なんか、煙の匂いがする」

「煙? 活火山だからしてもおかしくないんじゃないのか」

「いや、違う。石炭とか、薪を燃やす匂い」

サラマンダーは火を操る。それゆえに火に間することは人間とは比べ物にならないほど正確に当ててくる。
となればサラの言っていることは間違いない。いよいよ本格的にきな臭くなってきたとゼクスは警戒する。

「あっちの方からする」

そんなゼクスとは裏腹にサラは匂いの元を辿って行ってしまう。

「おい! サラッ——ったくほどほどにしとけよなっ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた

リオール
恋愛
だから? それは最強の言葉 ~~~~~~~~~ ※全6話。短いです ※ダークです!ダークな終わりしてます! 筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。 スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。 ※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

怖いからと婚約破棄されました。後悔してももう遅い!

秋鷺 照
ファンタジー
ローゼは第3王子フレッドの幼馴染で婚約者。しかし、「怖いから」という理由で婚約破棄されてしまう。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

処理中です...