上 下
1 / 20

Ep.1 忍び寄る嗤い

しおりを挟む
 巨大な岩の塊が宙を舞う。
 深い土色をしたそれは、大地を抉り地響きを起こすほどの威力だった。

「あんなの食らったらひとたまりもねぇぞ……散開して狙わせるなッ! 囲んで叩けッ!」
 髭面の男が叫ぶと同時に仲間たちは巨体のスフィアゴーレムを取り囲んだ。

 胸の中央にある、格子状の石柱に覆われたコア。その鈍色に輝く魔石を彼らは狙っていたのだ。

 見晴らしの良い荒野――太陽も陰り始めていた。
 叫んだ男は額に汗を浮かべていた。彼は司令の役割をしていたしそう暑くはない。その汗は焦りと緊張からにじみ出たものだった。
 完全に日が落ち、夜のとばりが降りた瞬間からこの場は魔物の巣窟となる。

 魔物狩りを専門としている彼らだからこそ、その危険性は嫌になるほど思い知らされていたから。

 ――パァァンッ――

 甲高い破裂音が彼の意識に発破をかけるように目の前の現実に引き戻す。

 足元に仕掛けた火属性の罠が今まさに爆発してゴーレムの足を砕き——バランスを崩して前のめりに地面にひれ伏した。

「――ッ! い、いまだッ! 最大火力! ありったけをぶち込んでやれッッ!!」

 すかさず彼もその安値で売られていた両刃剣を鞘から引き抜きゴーレムに飛び掛かった。

 ほかの仲間も自らが持つ最大の技で飛び掛かろうとする――

 うつ伏せに倒れたハズだったゴーレムの体から魔石が射出される。突如打ち上げられたそれに視線を誘導され、その場にいた全員が煌々と白く輝く閃光を直視してしまった。
 油断していた。ゴーレムのコアはあの魔石だ。あくまで岩の体はコアを守るものでしかない。焦りが生んだ油断——成すすべなく視界を奪われた。

 コアを中心に再び岩石が覆う。今度は岩石だけではなく土、砂、さらには鉱石まで巻き込んで色々な色が混ざったその体躯は先ほどよりも、大きい。
 土の混ざった両巨腕を地面に叩き落とす。
 ゴゴゴ、と鈍い音がしたと感じた瞬間地面が隆起、鋭く尖った岩山に彼らは引き裂かれる。

 何人かは体の中央を捉えられ黒く、深い赤を頂から垂れ流していた。

 急所をなんとか外したが髭面の彼もまた体のいたるところから血を流していた。

「何やってんだ――お前らは下がってろ、邪魔だ」

 淡々と呆れさえ感じさせる声が背後からしたーーハズなのにそこには誰もいない。変わりに一陣の風が頬を撫でた。

 疾風の如くかけた剣士は迫り来るゴーレムの両腕を華麗な身のこなしで掻い潜る。
 あっという間に懐に飛び込むと腰にたずさえた刃幅の広いサーベルを抜刀しつつその硬質な身体に突き立てた。
「硬いな……通りで……」
 二、三閃突き立ててみるがやはり刃は通らない。
 足を止めていると地面が隆起し岩が突き出してきた。
 バックステップからバック宙で距離をとり、ゴーレムが隆起させた岩の先にトン、と立ってみせた。

「あまり時間をかける訳にはいかないからな、さっさと片付けるぞ」

 剣を逆手に持ち直すと身投げするようにーー宙を舞った。

「お前らっ! 死にたくなけりゃ離れろッ!! 巻き込まれるぞォッッ!!」

 青ざめた表情で必死に血だらけの体躯を引きずり離れーー

 ゴーレムを中心に巻き起こるつむじ風。
 風に体を預けながら頑強な体躯にサーベルを撫でるように細かい傷をつける。
 腕、胴、脚、再び胴…………つむじ風は一回転する事に徐々に勢いを増し既に旋風と化していた。

 スフィアゴーレムだけにとどまらず荒野の木々は吹き飛ばされないようしっかりとしがみつこうともがいていた。しかし虚しく上昇気流に呑まれ、風の壁に身を砕け散らせた。

 巻き上げられた砂塵で茶色く渦巻く竜巻の様子を伺うことは出来ない。

 やがて弱まり、竜巻が止むとそこにいたゴーレムの姿は消え、代わりに土の山がそびえていた。

 彼の手にはゴーレムのコアが握られていた。そのコアをみると不機嫌そうに眉を顰めてチッ、と舌打ちして血だらけの髭面男に投げつけた。

「使い物にならん。劣化だ。さほど金にならんだろう」

 確かに、コアを見てみると傷だらけで高品質のものなら持っている独特の輝きが見て取れない。

「おそらくいくつものパーティがそいつに挑んで断念したんだろう。中途半端に仕掛けられて摩耗してた。そんな奴に手こずってたのかお前らは……」

 と彼——リナディはギルドメンバーを軽蔑するような視線を飛ばした。

「リナディさん、アイツらの遺体、どうしましょう? どこか、埋める場所があれば——」
 一人、仲間の遺体を見つめ言い出した。
「必要ないそんなもの。死んだ奴に労力を割く必要はない。魔物の餌になるくらいがちょうどいいだろう」
「そんなっ、アイツらだって必死に戦ったんですよ? 最後くらい弔ってやりたいんです」
 リナディは肩越しに
「やりたきゃ一人でやってろ」
 そう、冷ややかに言ってその場を立ち去る。



「紫風リナディ、その様子だと徒労に終わったようだな」

「——何者だ」
 気配なく、背後に現れた人物。黒いローブに身を包み、口元だけが月明かりに照らされている。不敵に嗤うそいつは
「嗤う闇」
 ニヤリと、口元を緩めてみせた。

 リナディは瞬間、腰元のサーベルを引き抜き薙ぎ払う。だが、手応えはない。
 黒い陽炎のようなものが揺らめき、人型をかたどっていたそれはゆっくりと大気と混ざっていく。

「そう慌てるな」
 と、今度は別の場所から声が聞こえる。
 いつの間にか月を背後に岩石の上に立っていた。

「お前にいいことを教えに来ただけだ」
「いいこと、だ?」
 より一層警戒を強めるリナディ。嗤う闇とは、直接は会うのは初めてだがその噂は知っている。
 巨大な闇ギルド。あらゆる事件、出来事に深く関わっている疎まれる存在。だが、その正体をつかむことはできない。なぜなら組織を知っていても、メンバーを見たものはほとんどいないというからだ。

 黒いローブを身に纏った嗤う闇を名乗る人物。
 そいつは低い男の声で、
「いい玩具の在り処、興味ないか?——」

 彼は闇夜に嗤うように、そう問いかけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

婚約破棄をしてきた元婚約者さま、あなただけは治せません。

こうやさい
ファンタジー
 わたくしには治癒の力があります。けれどあなただけは治せません。  『婚約者に婚約破棄かお飾りになるか選ばされました。ならばもちろん……。』から連想した、病気を婚約破棄のいいわけに使った男の話。一応事実病気にもなっているので苦手な方はお気を付け下さい。  区切りが変。特に何の盛り上がりもない。そしてヒロイン結構あれ。  微妙に治癒に関する設定が出来ておる。なんかにあったっけ? 使い回せるか?  けど掘り下げると作者的に使い勝手悪そうだなぁ。時間戻せるとか多分治癒より扱い高度だぞ。  続きは需要の少なさから判断して予約を取り消しました。今後投稿作業が出来ない時等用に待機させます。よって追加日時は未定です。詳しくは近況ボード(https://www.alphapolis.co.jp/diary/view/206551)で。 URL of this novel:https://www.alphapolis.co.jp/novel/628331665/423759993

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

妹はわたくしの物を何でも欲しがる。何でも、わたくしの全てを……そうして妹の元に残るモノはさて、なんでしょう?

ラララキヲ
ファンタジー
 姉と下に2歳離れた妹が居る侯爵家。  両親は可愛く生まれた妹だけを愛し、可愛い妹の為に何でもした。  妹が嫌がることを排除し、妹の好きなものだけを周りに置いた。  その為に『お城のような別邸』を作り、妹はその中でお姫様となった。  姉はそのお城には入れない。  本邸で使用人たちに育てられた姉は『次期侯爵家当主』として恥ずかしくないように育った。  しかしそれをお城の窓から妹は見ていて不満を抱く。  妹は騒いだ。 「お姉さまズルい!!」  そう言って姉の着ていたドレスや宝石を奪う。  しかし…………  末娘のお願いがこのままでは叶えられないと気付いた母親はやっと重い腰を上げた。愛する末娘の為に母親は無い頭を振り絞って素晴らしい方法を見つけた。  それは『悪魔召喚』  悪魔に願い、  妹は『姉の全てを手に入れる』……── ※作中は[姉視点]です。 ※一話が短くブツブツ進みます ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げました。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...