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第7項 試験

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「だぁーっ、終わったぁ」
 店の倉庫に運び入れたゼクスは大の字で寝転ぶ。
 普段激しい動きをする事がない。たまに戦闘で体を動かすことはあるが、魔術のおかげで疲弊することはまずない。
 単純な基礎体力が落ちていても仕方ないのだ。
(こんなに体力が落ちていたとはな……)
 青空を仰ぎながらゼクスは気付かされた。
 騎士時代とは比べものにならないくらいの体力――いや、筋力も衰えてしまったいた事に。
「どうっスかー? 落ち着いたっスか?」
 酒場から戻ってきたキャミィは両手に樽ジョッキを持ってくる。
 一つをゼクスに渡すと、出入り口に置かれた大きな木箱に跳ねるように腰を下ろす。
 樽ジョッキに鼻を近づけ匂いを嗅ぎ、
「なんだ、水か」
 酒じゃないとわかると落胆したように悪態をつく。
 ひとくち口に含むと冷たい水が火照った体を癒すように駆け巡る。
「どうっスか? 酒じゃないっスけど」
「……うまい。久しぶりだ。水をうまいと感じるのは……」
 樽ジョッキの水を見つめるゼクス。そんな様子に満足げにキャミィは笑みをこぼした。
「これ飲んだらもう一仕事するっスよ」
「また力仕事じゃないだろうな…… もう動けないぞ」
 彼は眉をひそめた。体力は少し回復したが、久しぶりに酷使した全身からは悲鳴が聞こえてきそうだ。
「そこまで鬼オーガじゃないっスよ。クエストボードに新しいシートを貼る作業っス。それくらいならできそうっスよね」
 ほっと肩をなでおろす。

「ゼクスくんは中隊長くらいの地位だったんじゃないっスか? にしてはかなり軟弱じゃないっすか」
「ぐっ……反論できないな。――ん? キャミねえ騎士に詳しそうな口ぶりだな。関係者か何かだったりしたのか?」
「うんや、なんども手合わせしてたら分かるっスよ」
 彼女も昔は手練れの戦士だったのだろう。と、ゼクスは思った。

「さーて、やるっすよー」
 ドサ、とテーブルに置かれた紙の束。
「思った以上にあるな」
 予想していた量の倍近くあった依頼の量にゼクスは一つ安堵した。
 まだこの街も死んではいないということだ。もう少し、傭兵と住民の間に関係が深く持てれば現状も打開できる。そうゼクスは感じていた。
 テーブルに置いた半分をキャミィから受け取り、ペラペラとめくる。
「報酬が少ないな……」
 全体的に相場の三、四割。ひどいものだと半額以下のものまである。
 今は需要が多く、報酬が低くてもさほど問題にはならないだろうが、このままいくと、傭兵が離れてゆき、この街はなりゆかなくなってしまうのではないか。そんな状況がゼクスの脳裏によぎる。
「クエストの受注率ってだいたいどのくらいなんだ?」
「そうっスね。良い時だと7割、悪い時だと3割程度っスね。想像通り、魔物がらみの依頼がよく受注されるっス」
 普通、クエスト受注率が5割行けばいいとされている。そもそもクエストが一つの場所に全て集まっているわけではない。
 7割と聞いて受注率が良いように思えるのだが……最高と最低の落差が激しい。激しすすぎるのだ。
 ディネール規模の街で、大きな酒場がこれほどらくさがあるのはおかしい。
 何者かが裏で操作していると予想を立てていた。
 思案顔でボードにクエストシートを貼っていくゼクスの横顔をキャミィは微笑ましく見つめていた。

「お疲れ様、どう? 進行具合は」
 いつの間にか、二人の後ろに立っていたリリィ。
「リリィさん、おかえりっス。一応これ貼ったら終わりっス」
「そう、じゃあ待ってるわ」
 テーブル席の椅子に腰をおろし、脚を組んで二人をみていた。

「終わったみたいね。ゼクス、こっちに座って」
 リリィはテーブルの反対側に座るようにゼクスをうながした。
「これは……チェス?」
 いつの間にかテーブルの上に置かれていたチェス盤。どこからか二人が作業している間にもってきたものだろう。
 白黒のチェック柄をしたボードと各々デフォルメされた兵のコマが並べられていた。
「騎士出身ってことは、ずいぶんやらされたでしょう。すこし相手をしてもらえるかしら」
 ゼクスは椅子にどっかり座るなり、鼻を鳴らした。
「いいぜ。チェスはちっとばかり得意なんだ」
「あら、そうなの。じゃあ、お手並み拝見といきましょうか」

 ――意気込んだまではよかったのだが……リリィは強かった。
 それもそうだ、ゼクスは得意といったものの、『強い』わけではないのだから。
 眉をひそめてチェス盤を凝視しているゼクスをリリィは頰杖をついて眺めていた。
「じっとチェス盤をながめても何も見えないわよ? あなたの相手は私。私の心を読んでみなさい。この人はどう考えているのか、何を見ているのか、よく観察することよ」
 そう言われたゼクスは、チェス盤をみるのをやめて、今後はリリィの顔をじっとみつめた。
「……早くしなさい……とかか?」
 ぼそりと呟く。
「2点」
「ええっ⁉︎」
「誰が今の私の心を読んでみなさいって言ったのよ。はあ、今の(・・)あなたには難しかったようね」
 頰をついたまま明後日の方をむいてしまう。
 ゼクスは悩んだ末、駒を一つ動かす。
「やっぱり見えてなかったわね。はい、これでチェックメイトよ」
 短く声をあげてうなだれるゼクス。
 同時に、鈴の音がなる。扉を開いた音だ。
「おかえり、アイリ。ちょうど終わったところよ」
「どうだった?」
 アイリはあまり興味なさそうに、同席する。
「体力は常人並っス。筋力は少し心もとないっスね」
「知力はそこそこ。磨けば良い代物になるかもしれないわ」
 二人からの評価が告げられる。
 その言葉は試験の終了を同時に意味していた。
 アイリに弟子入り志願したハズだが、当の本人は一瞬たりとも見ていなかった。
 見ていたとしても全く関わってこなかったので同じようなものだ。
「それで結果は?」
 ゼクスはヤケ気味でそう訊いた。
 二人の発言から良い評価をもらえていない。
 弟子入りといっても見込みがないものは門もくぐらせてもらえない。有名なギルドではそんなこともあるくらいだと訊いていた。
(まあ、試験してもらえただけでも感謝しなくちゃな。バイト代も出ることだし……)
 なかば次の仕事の算段を始めたゼクス。
 彼の左となりに座ったアイリは対照的に、どこか目の奥を光らせていた。
「ゼクス、歓迎するわ。改めてよろしくね。アイリ・クライスよ」
右手を差し出し、握手を求めるアイリ。優しく、女神のような微笑みを浮かべ、歓迎の意を示した。
「…………は……?」
 何を言われたのかわかっていない表情をして口をポカンと開けていた。
「何よ。握手もできないワケ? それくらいは知ってるでしょ?
「いやちょっと待て。俺がこういうのもなんだが、なぜ合格なんだ? ワケがわからないよ」
 あわあわしてるゼクスが面白かったのか、全員笑い始めた。
「ぶっちゃけちゃうと、試験した時点で、ゼクスくんの合格は決まってたんス。アイリ城がOK出したらあたしとリリィさんが能力チェックするって事っス」
 ゼクスは「なんだ……」とテーブルに崩れる。「でも、」とリリィがキャミィの言葉に付け加える。
「アイリがOK出すのは珍しいわね。志願して着た人は多かったけれど、ことごとく門前払いしてたし。そこのところどうなの? アイリ」
「うぇっ!? あ、いや、別に理由なんてないわよ。ただ単純に眼……そう眼が他の奴らとは違うって思ったの。それに純粋な気持ちだったのがわかったし、騎士団長の息子っていうなら信用もあるから大丈夫かなって――」
 虚をつかれたアイリは、すっとんきょうな声をあげ、矢継ぎ早にまくし立てた。
 その様子は、普段のクールな彼女からは想像しにくいもので
(なんだ猫かぶってたのか。ギャップがあってなんか――)
 ――かわいいと思ってしまうのも頷ける。
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