冒険がしたいので殿下とは結婚しません!

ルジェ*

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新学期

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 新学期。マリウスは6年、私は4年生に無事進級した。6年生は授業はほとんどなく、それぞれ研究に勤しんだり冒険者として依頼に明け暮れたりとそれぞれ自分の将来を見据えて研鑽するのだ。マリウスとアレクは私達下級生と組んでいてギルドの仕事はできないのでマリウスは新薬の開発、アレクは新しい魔法の開発をすると言っていた。もう王族と関わる事はないだろうと安心して始業式に望んだ私だったのだが、世界はそんなに甘くはなかった。ひらりとカナリアが講堂に入り込み、私の肩に止まる。このカナリア…。

「えー、急遽この1年間、我が学院にフレデリクス殿下及び殿下の側近、ルドウィクス・ヌーブラエ君が在籍される事となったので皆覚えておくように。」

学園長から簡潔に伝えられたその事実に、私は全身の血の気が引いていくのを感じた。そしてカナリアの脚についた手紙を開いてそれは決定的になった。嘘でしょこいつ…、そこまでするか…!!


「エミリア、大丈夫…⁉︎」

始業式が終わるなり凛風は少し焦ったように耳打ちした。あのプロポーズは陛下が「なかった事」にしたものの貴族の間ではやはり噂になっていて、学院でも割と知られた話となっていた。友人達だけでなく、先生方からも心配そうな視線を向けられる。

「大丈夫、ではないね。」
「エミリア。」
「…まずい事になったな。」
「大丈夫か?」

アレクやマリウス、それからシロウ先輩にレオ先輩も神妙な面持ちでこちらに近づいて来た。

「…精神は全くもって穏やかではありませんし、今し方届いたリウィアからの手紙で殿下の目的が完全に私だと判明しましたが…。私とマリウスが殿下の求婚以前に既に婚約し証を受け取っていた事は揺るがない事実です。証を受け取った以上、私が他の男に靡く事は許されませんし私を口説く事も許される事ではありません。…法を盾になんとかするしかありませんね。」
「そうだな…。」
「…よし。リアちゃん、今日から兄さんとお昼食べなよ。放課後もできるだけ一緒に帰って。朝はいつも俺達と一緒だから良いね、あとは…。」
「でも…」
「良いから。絶対その方が良いぜ、ミリー。」
「…なら、俺達とお前達とで食うか?その方が何かあった時も対応しやすいだろ?」

マリウスの提案に先輩達は即答で頷く。…はぁ、本当に面倒な事を…!おかげで先輩にも迷惑をかけてしまうじゃないか…!

「…すみません、みなさん。」
「良いよ、エミリアちゃんのせいじゃないさ。」
「まさかこうなるだなんて誰も思わないだろう。」
「それにみんなで食べるのも賑やかで良いしな!」
「大丈夫、エミリアが入学した時からマリウスの事大好きなのはみんな知ってるから。」
「うん、良かった。」

ところ構わず「結婚しよう!」と言い続けて来たのがこんな所で役立つとは。
 そうして慌しく新学期が始まったのだった。


 それからの日々はもう本当に凄かった。事あるごとに殿下が絡んで来た。お昼に誘ったり休日に出かけないかと誘ったり、テスト前に一緒に勉強しないかと誘ったり。既に婚約していて嫌がっている女子生徒に付き纏う殿下を見て、生徒達は私達に同情的か無関心かのどちらかだった。先生方も何しに来たんだと割とお怒りで何より学院長がぶち切れているし、ヌーブラエ卿も疲れ果てているご様子だった。必死で殿下を止めているヌーブラエ卿も同情の対象だった。

「エミリア嬢、最近王都で流行りの洋菓子店があって妹がそこのスイーツを欲しがっているんだが俺は甘い物に疎くて…。よかったら今度の週末に一緒に行って選ぶのを手伝って貰えないか。」
「大変光栄なお話でございます、殿下。ですが今週末はギルドの仕事で忙しくしておりまして…。それに私のような平民にはやんごとなきお方のお口に合うような物など存じませんし、王女殿下の好みも存じませんのでお役に立つのは難しいかと。大変申し訳ございませんが他の御令嬢方にお願いされた方が宜しいのではございませんか?」
「それなら俺達も君の仕事を手伝おう!」

殿下は名案だ、とばかりに言うが私の笑顔は引き攣りヌーブラエ卿の顔は死んでいた。まじかよこいつ…、という周囲の生徒達の心の声が聞こえた気がする。

「ありがとうございます殿下、ですがこれは我々ノウムアルゴーをご指名いただいた依頼ですのでそれ以外のメンバーを連れて行くのは不可能でして。」
「そうか…。」


「エミリア嬢、もうすぐ試験だな。俺達は図書室で勉強しようと思っているんだがエミリア嬢も一緒にどうだ?」

(((むしろ邪魔にしかならないだろうな…。)))

道行く生徒達の心の声が聞こえる。

「お誘いありがとうございます殿下、ですが私も同じ学年の友人達とギルドで勉強会をする約束をしてしまっているので…。」
「そうですよ!いくら王族の方とは言えうちの可愛いエミリアを取らないでください!」

凛風はギュッと私の腕に抱きついた。可愛い。癒しがいて良かった。

「それに、殿下は王立学院の騎士科のご出身ですよね?僕達のやってる範囲は騎士科では習わない範囲ですし、僕達も殿下が受講されている授業は来年受ける予定のものなので一緒に勉強したところでお互い得るものはないと思いますよ?」
「…殿下、既にご友人とお約束されている中に割って入るのは申し訳ないですし、我々も同じ授業を受けている皆さんと勉強した方が良いのでは?」
「そうだな…。」

「エミリア嬢。今から昼食か?」
「殿下…。ご機嫌よう、その通りでございます。」
「そうか、俺達もなんだ。…そうだ、せっかくだからみんなで一緒に食べないか?」
「…みんなが良ければ…。」
「(ほんとは面倒くさいけど王族だし)まぁ…。」
「(断れる訳ないよな…)良いんじゃないか?」
「そうね…。」
「(仕方ない、)じゃあみんなで食うか。」
「そうね。…では場所は食堂で宜しいでしょうか?」
「あぁ、どこでも構わない。」

殿下に続いてヌーブラエ卿も頷いたので、私達は食堂へと向かった。

「あ、アレク。」
「おー、お前達。遅かったな。」
「こんにちは先輩。」
「すみません、遅くなって。」
「兄さんは?」
「マリウスなら今飲み物買いに行ったぜ。」
「おいアレク…、って、なんだ君達か。遅かったな。」

レオ先輩がアレクのもとにやって来ると、続々とマリウス達のいつものメンバーが集まってきた。

「ねぇ、殿下とヌーブラエ卿からお昼をお誘いいただいたんだけど良い?」
「もちろんですよ。」
「あぁ。」

マリウスは顔にこそ出さないが、頷きつつも心底めんどくさそうにしていた。

「おー、なら今日は天気も良いし、みんなでピクニックでもするか!そーゆーのもたまには楽しそーだよな!」

いつも陽気なシロウ先輩はいつも通り楽しそうに笑顔で言った。こういうマイペースな所がシロウ先輩の良い所だと思う。

「はは、まぁそうだな。たまには良いか。」
「研究の息抜きにちょうど良さそうだ。」
「ったく、しょうがねぇな。」
「じゃあ今日はみんなでピクニックだ!」

シロウ先輩の号令で私達は食堂から裏庭へ移動する事にした。
 魔法学院の裏庭はとても広く小川も流れており、私達はその岸辺にシートを敷いて昼食をとることにした。雲一つない空にキラキラと輝く澄んだ水が夏の到来が感じさせる。──まぁつまりは、とっても良い天気だという事だ。マリウス達6年の男子4名と殿下とヌーブラエ卿、そして私達4年の女子4名と男子3名、計13名というかなりの大所帯だ。まぁいつも11名で食べているわけなのだが、外でとなるとまた随分と気分も変わる。殿下には困っていたが、今回は殿下のおかげで新鮮な体験ができそうだ。

「り、凛風ちゃん…、それはまさか饅頭では…⁉︎」
「!そうです!ここのご飯も美味しいけど故郷の味も時々恋しくなって…。実家から材料を送ってもらってたまに作ってるんです。」

凛風とシロウ先輩は国は違えど東の方の出身でお互い文化が似通っているからか、故郷の話で盛り上がっていた。以前凛風に東方の料理を振る舞ってもらった事があるが、どれも美味しかったな。いつか行ってみたい。

「あっ、エミリアそれ!ギルドの新メニューのフライドポテトじゃん!!」

テオは私が握るフォークに刺さっているじゃがいもを揚げたものを指差した。

「あぁ、これね。そうだよ。」
「良いなー、あれ人気すぎていつも品切れで結局まだ食った事ないんだよな。」
「今日のお弁当、モニカさんに作ってもらったの?」
「いや、お母さんだよ?」
「まぁマスターはエミリアの親だし、レシピも知ってるのか。」
「いや、それエミリアとニゲルの発案だぜ?」
「「「えっ。」」」

マリウスの一言にみんなは一斉に私達を見た。

「あら、知らなかった?」
「初耳ですけど⁉︎」
「まぁいつも通り、ほとんどはニゲルの案だけどね。」
「そんな事ないよ、俺はただこういうのが食べたいって言っただけで実際に色々試行錯誤して作り上げるのはいつもリアちゃんじゃん。」

ニゲルはニコッと笑った。

「そう?私はただニゲルの言った通りに作ってるだけだけどな。…ところで2人とも、これ食べる?」
「「よっしゃーーーー!!」」

テオとマルスは喜んでフライドポテトに手を伸ばした。素直で宜しい。先輩達も微笑ましそうにしていた。

「そうだ、私クッキーを焼いてきたの。沢山焼いてきたからよかったら皆で食べましょう。」
「やった、ルキアのクッキーだ!」
「ルキアのクッキーめっちゃ美味しいよねー。」

私達が口々に褒めながら喜んでいると、ルキアは少し恥ずかしそうにしながらクッキーを取り出した。今日は中にジャムが入っているものやチョコチップクッキーなど色々な種類があって、これだけの人数でも十分足りそうだった。

「いただきます。」
「美味しい!もしかしてこのジャムも手作り?」
「そうなの。今年は豊作だったみたいで実家から沢山フルーツが送られてきたから、ジャムにしてみたんだ。」

そういえばルキアのご実家はフルーツを育てていたなと思い出す。

「すごいね、超美味しいよ!」
「えへへ、ありがとう。」

先輩達も美味しいと言って次々とクッキーに手を伸ばしていたし、口が肥えているであろう殿下とヌーブラエ卿も美味しいと驚いていた。やはりルキアの腕は確かなようだ。

「エミリア、こっちのチョコチップも美味しいよ。」

ヘレナはそう言って私の口にクッキーを突っ込んだ。うん、美味しい。

「これも美味しいよ、ヘレナ苺ジャム好きでしょ?」

私もヘレナの口元にジャムサンドクッキーを運ぶと、ヘレナはそのままかぶりついた。一方凛風はルキアも食べなよ!と彼女の口に紅茶のクッキーを放り込んでいた。
そんな私達を見てシロウ先輩は

「美しきかな…。」

なんて呟き、ニゲルは今日も良い眺めだとニコニコしていた。テオは毎日こんな感じですよ、と苦笑している。…私達何か変なことしてるかな?
殿下はレオ先輩とヌーブラエ卿と何やら盛り上がっているし、今日はなんだかとっても平和だ。いつもは正直殿下を鬱陶しく感じていたし、処刑された事を思い出してしまうから近づきたくなかったけど…。今日みたいな日も、たまにならあっても良いかもしれない。
予鈴が鳴り、私達は魔法でサッと片付けをしてそれぞれの教室や研究室へと歩き出す。

「…殿下。」
「?」
「今日はおかげ様でとても楽しかったです。…ありがとうございました。」
「…!」

殿下は少し驚いたように瞬きした後、嬉しそうに笑った。

「それなら良かった。俺も楽しかったよ。」
「俺達も楽しかったです。誘ってくれてありがとうございました。」
「また今度みんなでピクニックしようぜ!」
「是非!」
「ルキア嬢のクッキー、とても美味かったです。ご馳走様でした。」
「いえ、私も喜んでいただけて嬉しいです!」
「それじゃあまた。」
「はい、お互い午後も頑張りましょう!」

私達は笑顔で別れた。

「案外楽しかったね。」
「ほんとにな。次は俺も家からパンの試作品持ってくるよ。」
「それは楽しみね。」
「テオの家のパンはこの辺りで1番だからな!」
「じゃ、午後も頑張りますか。」

凛風の言葉に私達はおー!と掛け声を出した。

 みんなとここで過ごせるのもあと2年半。後悔のないよう、思いっきり楽しもうと思った。
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