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あるカタストロフィ
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「エミリア・デーフェクト、本日をもって貴様との婚約を破棄する!」
王立学院の卒業パーティーの最中、ラクテウス王国第三王子のフレデリクス・カエサル・アーエール殿下は声高らかに告げた。辺りは騒然とする。
「そして新たにオクタウィア・ルボル侯爵令嬢との婚約をここに宣言する!」
フレデリクス様はドヤ顔でそう言ってのけた。私は頭痛を堪えてこの元婚約者であるフレデリクス様…、いや、殿下を見つめた。
先程も言った通り、ここはラクテウス王立学院。王国内では王立学院と、魔法協会が運営している魔法学院が超名門校として名を馳せている。ここ王立学院は多くの王侯貴族の子息令嬢達が通い、平民でも試験に受かれば入学できる。将来の進路により科が分かれており、騎士科に貴族科、官吏科、芸術科、そして魔法科がある。私達人間は皆魔力を持って生まれ、それぞれ生まれつき1つ以上の属性を持っている。主な属性は火、水、土、風、雷、氷の6つでその他に無、光、闇がある。属性は多ければ多い程優れていると言われており、3つも持っていれば素質は十分である。もちろん、1つの属性しか持っていなくてもそれを極めて素晴らしい魔導師となる人もいるが。光属性と闇属性は6属性全てを持つ者に現れる属性であり、非常に稀で強力な存在だ。歴代の魔王を討伐する勇者パーティーにも光属性や闇属性を持つ魔導師がその名を連ねている。
──そして私、本日王立学院を卒業するエミリア・デーフェクトはその光属性を持つ者である。3年生の時に魔王討伐のため勇者パーティーに参加したのはそれが理由だ。平民でありながら当時学院の6年生だった勇者たるフレデリクス殿下の婚約者となったのも、殿下に気に入られたからというもあるが国としても私の力を手元に置いておきたかったのだろう。
「エミリア・デーフェクト、貴様は俺の婚約者であるという立場を利用してオクタウィアに陰湿な嫌がらせを繰り返していたそうだな?」
殿下は軽蔑した目で私を見下ろす。…あー、正義スイッチ入っちゃったか…。ちょっと…、いや、かなりこれはよろしくない流れだ。
「いいえ殿下、そのような事はしておりません。」
「シラを切るな!俺の幼馴染であるオクタウィアに嫉妬して人目に付かないよういじめていたんだろう!!」
殿下は少々思い込みが激しいところがある。そして自分が一度正しいと思ったらその正義を貫き通す人だ。罪もないオクタウィアを私がいじめた、となれば当然殿下は私を断罪するだろう。私がいくらやっていないと主張したところで、きっと殿下は私の話など少しも聞きはしない。
「落ち着いてください殿下。そもそも…。」
だからと言って私が何もしていない事に変わりはないので反論はする。私はため息を吐いた。王立学院の卒業パーティーは王国内の貴族や要人達も参加するのだが、貴族達は静観しており私達卒業生の大半は呆れたような視線を殿下に投げかけていた。
「私とオクタウィア様は学年も違いますし人知れず嫌がらせを行うのは無理があります。それに平民である私が貴族である、しかも侯爵家のご令嬢に嫌がらせなどとそんな身の程知らずな真似をするはずがありませんでしょう。」
「ふん、白々しい。こちらには証拠も揃っているのだぞ。」
殿下がそう言うと、殿下の側近であるルドウィクス・ヌーブラエ卿が書類を手にやって来た。優秀でまともなヌーブラエ卿の登場に私達卒業生は目を疑った。
「オクタウィア・ルボル侯爵令嬢への嫌がらせの証言、証拠はこちらです。それからエミリア・デーフェクト嬢には国家反逆罪の容疑もかかっております。」
「「「はぁ⁉︎」」」
私や同期達は驚きのあまり声を上げた。ご令嬢の嫌がらせに加えて国家反逆罪…⁉︎一体どうなってるの…⁉︎
「お待ちください殿下、エミリア嬢がそんな事をするはずがありません!」
「そうですわ!少なくともエミリアが嫉妬で嫌がらせをするだなんて絶対にあり得ませんわ!」
「そうです!リアちゃんがルボル侯爵令嬢に嫉妬するだなんてあり得ません!!」
そう叫ぶのは同じ平民で幼馴染のニゲルと、同期であり仲良くしてくれていたリウィア・カンケル侯爵令嬢などの同級生達だった。彼女は私が殿下と婚約した時に「平民が王族と結婚だなんて!」と一度呼び出されたことがあるのだが、私が
「リウィア様…。もし平民である私が王族の要求を断ったらどうなると思いますか?」
と尋ねたら、その時の私の目が完全に死んでいたようで私が不本意だという事を察してくれた。彼女は話せばちゃんと分かってくれる良い子だ。それからリウィアとは相談に乗ってもらったり魔法の練習に付き合ったりと仲良くしていたし、リウィアのおかげで他の女子生徒からも嫉妬の目を向けられる事はほとんどなくなったりした。それからリウィアを通じてオクタウィア様とも知り合い、一緒にお茶をした事も何度かある。そしてオクタウィア様が彼女の護衛騎士の方と相思相愛なのも知っているのだ。彼女が殿下の隣にいるのは、絶対におかしい。
「認めたくない気持ちも分かるが、実際に証拠は揃っている。エミリア・デーフェクトを捕らえろ。」
殿下の一言により騎士たちは私を取り囲み、魔力を封印する拘束具で私を後ろ手に拘束した。
「オクタウィア様、どうなさったのですか!あなたには愛する人がいらしたではありませんか!!」
「私が愛しているのは殿下ただ1人です。」
オクタウィア様はそう答えるが、オクタウィア様と騎士の方との仲は割と有名な話だ。正式に発表こそされていないが、ご両親からも認められておりほぼ決まったも同然だった。オクタウィア様のあまりにも予想外の返答に辺りはざわつく。
「殿下!私は本当に身に覚えがありません!!私が何をしたと言うのですか⁉︎」
「フン、分かっているんだぞ!陛下に毒を盛ったのは貴様だろう!!」
「はぁ…⁉︎」
本当に何を言っているんだこの男は。私が陛下に毒を?馬鹿なの??なんでそんな事しなきゃいけないの???てか毒って何???体調不良で欠席されているんじゃなかったの?????
「毒ってどういう事ですか⁉︎陛下は体調不良のはずでしょう!!そもそも、どうしたら平民である私が陛下に毒を盛れると言うのですか⁉︎陛下とお会いしたのは片手で数える程度ですし、食事を共にした事は一度もございません!!」
「はっ、演技は一流だな!こっそり城に忍び込んだのだろう⁉︎」
「そんな事が可能だと本気で思っていらっしゃるんですか⁉︎王宮には幾重にも結界が張られていて転移したら直ぐに分かるんですよね⁉︎それに私は登城した事などほとんどありませんし城内の構造など全く分かりません!!迷子になりながらも陛下に毒を盛れるだなんてそんなミラクルあります⁉︎警備そんなんで大丈夫ですか!!??」
「情報ギルドに頼んだんだろう、ここにその契約書がある!」
「なんでだよ情報ギルドなんか一度も使った事ないわ!!筆跡鑑定しました⁉︎しかもそんな依頼受けるの闇ギルドくらいですよ⁉︎この私が闇ギルドを使うと本気で思ってるんですか⁉︎」
「そういう女だからこそ父上を毒殺しようとしたのだろう!」
「だからしてませんって!私は今月1日から昨日までずっとダンジョンに潜っていたのですよ⁉︎いつやったって言うのよ!!大体、もし仮に私が陛下に毒を盛ったとしてその動機は⁉︎もし陛下を殺したかったならなぜ毒を使う必要があるのですか⁉︎私なら絶対に足がついてしかも不確実な毒は使いません、一撃で確実に仕留めます!!」
「ええい黙れ黙れ!既に証拠は揃っているし議会でもお前が有罪であると判決が下っている!!無駄な足掻きはやめろ!!」
「は…⁉︎」
「嘘だろ…⁉︎」
「そんな…!」
議会でも…⁉︎それはつまり、もう私にはどうしようもないと言う事で。
………ああ、そう。そういう事ね。
「…確かに、平民の小娘が王族であり勇者である殿下と結婚するだなんて、貴族の皆様は我慢ならないでしょうね。」
実に馬鹿馬鹿しくて笑いが込み上げてくる。周囲は私の異様な様子にしんと静まり返った。
…つまり、こういう事でしょう。適当に私の罪をでっち上げて、ヌーブラエ卿やオクタウィア様を洗脳か何かで操り、殿下に信じ込ませる。そしてまともな王太子殿下と第二王子殿下は外交と称して遠くまで飛ばし、さらに外交である以上そう簡単には戻ってこれない状況にする。陛下にも毒を盛って伏せっていただき、邪魔者は排除する。そうすれば殿下の独壇場だ。さっきヌーブラエ卿に状態異常を解除する魔法をかけようとしたが何故か上手く魔法が使えなかったし、私と同じ冒険者ギルドに所属している王弟殿下、ルキウス兄さんにこっそり連絡しようとしても無理だった。恐らく魔法を使えなくする道具がこのホールのどこかに置かれているのだろう。卒業生ならきっと気づいている人もいるはずだし実際友人の何名かは姿が見当たらないが…、そう簡単に見つかるものでもないだろう。
──私がいなくなれば高貴なる貴族のご令嬢と婚約させて王家の血筋を汚す事もないし、自分の娘を新たな婚約者に据える事もできる。そんな思惑からこんなめちゃくちゃな証拠でも議会で通ったのだろう。
「はぁ、状況はよく分かりました。判決が下った以上、平民である私にはどうしようもありません。どうぞお好きなようになさってください。…ただ、私の家族や友人は無関係ですので手を出さないでください。」
そう言うと殿下はフン、と鼻を鳴らした。
「地下牢へ連れて行け。」
「お待ちください!!エミリアの潔白はわたくしが…!」
「リウィア。」
リウィアをはじめとする学友達は必死で助けようとしてくれているが、きっと私はすぐにでも消されるだろう。陛下や王太子殿下達の耳に入る前に。
「友達になってくれてありがとう。…幸せにね。」
「そんな、エミリア…!!!」
「みんな、卒業おめでとう。元気でね!」
私は騎士達に引き摺られつつ、とびきりの笑顔で言ってやった。光属性や闇属性を持つ者は神に愛し子であるという伝承があり、現在ではただの迷信と思われているがこれは真実だ。私が祈りをこめて言葉を発すれば、対象には少しではあるが加護が与えられる。まぁ言ってみればおまじないのようなものだ。だからこれは、仲良くしてくれたみんなへの餞別。そして精一杯の強がりだった。二度と会えないかもしれないみんなに今までの感謝を。そして私を陥れようとした大人達には、私はその程度で折れるようなか弱い存在ではないと、光属性を舐めるなと知らしめるために。
地下牢に入れられると私は殿下やヌーブラエ卿、そして勇者パーティーの一員であり殿下の護衛であるウィクトル・エランス卿を中心に拷問された。それは24時間休みなく続き、気づけば私の片腕と片目はなくなっていた。それでも生きているのは神の加護と、ある人からもらった魔道具のおかげである。そろそろ飽きてきたのか私が口を割らず痺れを切らしたのか、どちらかは知らないが殿下は私の処刑を命じた。両方かもしれない。──あぁ、私、死刑になるんだ。消されるだろうとは思ってたけど、まさか死刑とはね…。はは、マジで滅べ。
私は血まみれのまま王宮内の神殿に連れて行かれた。神殿にはとても大きく荘厳な、この地を創り全ての生命を生み出したとされる神の像がある。私達は皆定期的に神に祈りを捧げるのだが、死刑囚も刑が執行される直前に神殿で神に自らの罪を告白するのだ。そうすれば魂は神の元に還れる…、と信じられている。神殿には既に貴族達も集まっており、私の姿を見て目を逸らす者やニヤける者、変わらず無表情な者と反応は様々だった。
「そうだ、これは返してもらうぞ。」
殿下はそう言って神の像の前に跪く私から指輪を奪った。それは婚約の証と言って男女が婚約した時に男性から女性へ送られるものだった。
──なんだか肩の荷が降りたような気がした。
「偉大なる神よ。大いなる我らが父よ。私、エミリア・デーフェクトはここに我が罪を告白いたします。」
ごめんなさい、お父さん、お母さん。親より先に死ぬだなんて、親不孝にも程があるよね。
「私の罪は、好いた人がいたにも関わらず権力に屈し他の男性と婚約した事です。」
「なんだと…⁉︎」
「不敬な!」
辺りは一瞬で騒がしくなった。神の前で嘘を吐くことは重罪であり、すぐに天罰が下る。具体的に言うと呪われる。神からの呪いはとても強力で体中に呪いの紋様が浮かび上がるのだが、私にはそれが一切なかった。それが全てを物語っている。
「私はあなたからこの力をもらい受けたにも関わらず、志を最後までやり遂げる事が叶わぬ身となってしまいました。あなたの期待に答える事ができませんでした。」
辺りも騒がしいが、神殿の外もなにやら騒がしいようだった。まぁどうでもいいか、と私は続ける。
「我らが父よ、この力をあなたにお返し致します。ですからどうか…。」
「⁉︎なんだ、彼女の体が光って…!」
「まさかこれが神の加護…⁉︎」
「あれはただの迷信じゃなかったのか⁉︎」
「私の家族と愛する人達を…」
「まて、処刑は中止だ!損害が大きすぎる…!!」
「何を言う、彼女はオクタウィアと父上を害したのだぞ!処刑だ!!」
「ですが殿下…!」
「お守りください。」
そう言うと、眩い光に包まれた。その光はなんだか暖かくて、どこからか「承知した」と威厳がありつつもどこか優しげな声が聞こえた。ゆっくりと力が抜けていくのを感じる。
───あぁ、きっと私はここで終わるだろう。本当は殿下と婚約なんかしたくなかった。もっと色々な所に行ってみたかった。もっと冒険がしたかった。…もっと早くに、この気持ちに気付いていれば良かった。
「…!エミリア!」
背後から聞きたかった声が聞こえ、振り返る。すると彼は普段はあんなに無愛想で冷静なのに、酷く焦ったような怒ったような表情でこちらに全力で駆け寄ってきた。なんでこんな所に、とか後ろでめっちゃ騎士の人怒鳴ってるけど、とか、なんか陛下やルキウス兄さんとリウィアとニゲルもいるじゃん、とか。色々突っ込む所はあったがもうどうでも良かった。私は最後の力を振り絞ってニコッと笑って見せた。──良かった、最期にお別れはできそうだ。ほんとは自然治癒能力を上げる魔道具を作ってくれたお礼も言いたかったけど…、それは無理そうね。
「…じゃあね、マリウス。」
「リア!!!!!!!」
まぁ、最期は散々だったし殿下達は呪われてしまえばいいと思うけど。それ以外は仲間に恵まれた、良い人生だった。
…ただ、もし。もしも、やり直す事ができるのなら。
──大好きな幼馴染に、今度はこの気持ち伝えたいな…、…なんて。
ね。
王立学院の卒業パーティーの最中、ラクテウス王国第三王子のフレデリクス・カエサル・アーエール殿下は声高らかに告げた。辺りは騒然とする。
「そして新たにオクタウィア・ルボル侯爵令嬢との婚約をここに宣言する!」
フレデリクス様はドヤ顔でそう言ってのけた。私は頭痛を堪えてこの元婚約者であるフレデリクス様…、いや、殿下を見つめた。
先程も言った通り、ここはラクテウス王立学院。王国内では王立学院と、魔法協会が運営している魔法学院が超名門校として名を馳せている。ここ王立学院は多くの王侯貴族の子息令嬢達が通い、平民でも試験に受かれば入学できる。将来の進路により科が分かれており、騎士科に貴族科、官吏科、芸術科、そして魔法科がある。私達人間は皆魔力を持って生まれ、それぞれ生まれつき1つ以上の属性を持っている。主な属性は火、水、土、風、雷、氷の6つでその他に無、光、闇がある。属性は多ければ多い程優れていると言われており、3つも持っていれば素質は十分である。もちろん、1つの属性しか持っていなくてもそれを極めて素晴らしい魔導師となる人もいるが。光属性と闇属性は6属性全てを持つ者に現れる属性であり、非常に稀で強力な存在だ。歴代の魔王を討伐する勇者パーティーにも光属性や闇属性を持つ魔導師がその名を連ねている。
──そして私、本日王立学院を卒業するエミリア・デーフェクトはその光属性を持つ者である。3年生の時に魔王討伐のため勇者パーティーに参加したのはそれが理由だ。平民でありながら当時学院の6年生だった勇者たるフレデリクス殿下の婚約者となったのも、殿下に気に入られたからというもあるが国としても私の力を手元に置いておきたかったのだろう。
「エミリア・デーフェクト、貴様は俺の婚約者であるという立場を利用してオクタウィアに陰湿な嫌がらせを繰り返していたそうだな?」
殿下は軽蔑した目で私を見下ろす。…あー、正義スイッチ入っちゃったか…。ちょっと…、いや、かなりこれはよろしくない流れだ。
「いいえ殿下、そのような事はしておりません。」
「シラを切るな!俺の幼馴染であるオクタウィアに嫉妬して人目に付かないよういじめていたんだろう!!」
殿下は少々思い込みが激しいところがある。そして自分が一度正しいと思ったらその正義を貫き通す人だ。罪もないオクタウィアを私がいじめた、となれば当然殿下は私を断罪するだろう。私がいくらやっていないと主張したところで、きっと殿下は私の話など少しも聞きはしない。
「落ち着いてください殿下。そもそも…。」
だからと言って私が何もしていない事に変わりはないので反論はする。私はため息を吐いた。王立学院の卒業パーティーは王国内の貴族や要人達も参加するのだが、貴族達は静観しており私達卒業生の大半は呆れたような視線を殿下に投げかけていた。
「私とオクタウィア様は学年も違いますし人知れず嫌がらせを行うのは無理があります。それに平民である私が貴族である、しかも侯爵家のご令嬢に嫌がらせなどとそんな身の程知らずな真似をするはずがありませんでしょう。」
「ふん、白々しい。こちらには証拠も揃っているのだぞ。」
殿下がそう言うと、殿下の側近であるルドウィクス・ヌーブラエ卿が書類を手にやって来た。優秀でまともなヌーブラエ卿の登場に私達卒業生は目を疑った。
「オクタウィア・ルボル侯爵令嬢への嫌がらせの証言、証拠はこちらです。それからエミリア・デーフェクト嬢には国家反逆罪の容疑もかかっております。」
「「「はぁ⁉︎」」」
私や同期達は驚きのあまり声を上げた。ご令嬢の嫌がらせに加えて国家反逆罪…⁉︎一体どうなってるの…⁉︎
「お待ちください殿下、エミリア嬢がそんな事をするはずがありません!」
「そうですわ!少なくともエミリアが嫉妬で嫌がらせをするだなんて絶対にあり得ませんわ!」
「そうです!リアちゃんがルボル侯爵令嬢に嫉妬するだなんてあり得ません!!」
そう叫ぶのは同じ平民で幼馴染のニゲルと、同期であり仲良くしてくれていたリウィア・カンケル侯爵令嬢などの同級生達だった。彼女は私が殿下と婚約した時に「平民が王族と結婚だなんて!」と一度呼び出されたことがあるのだが、私が
「リウィア様…。もし平民である私が王族の要求を断ったらどうなると思いますか?」
と尋ねたら、その時の私の目が完全に死んでいたようで私が不本意だという事を察してくれた。彼女は話せばちゃんと分かってくれる良い子だ。それからリウィアとは相談に乗ってもらったり魔法の練習に付き合ったりと仲良くしていたし、リウィアのおかげで他の女子生徒からも嫉妬の目を向けられる事はほとんどなくなったりした。それからリウィアを通じてオクタウィア様とも知り合い、一緒にお茶をした事も何度かある。そしてオクタウィア様が彼女の護衛騎士の方と相思相愛なのも知っているのだ。彼女が殿下の隣にいるのは、絶対におかしい。
「認めたくない気持ちも分かるが、実際に証拠は揃っている。エミリア・デーフェクトを捕らえろ。」
殿下の一言により騎士たちは私を取り囲み、魔力を封印する拘束具で私を後ろ手に拘束した。
「オクタウィア様、どうなさったのですか!あなたには愛する人がいらしたではありませんか!!」
「私が愛しているのは殿下ただ1人です。」
オクタウィア様はそう答えるが、オクタウィア様と騎士の方との仲は割と有名な話だ。正式に発表こそされていないが、ご両親からも認められておりほぼ決まったも同然だった。オクタウィア様のあまりにも予想外の返答に辺りはざわつく。
「殿下!私は本当に身に覚えがありません!!私が何をしたと言うのですか⁉︎」
「フン、分かっているんだぞ!陛下に毒を盛ったのは貴様だろう!!」
「はぁ…⁉︎」
本当に何を言っているんだこの男は。私が陛下に毒を?馬鹿なの??なんでそんな事しなきゃいけないの???てか毒って何???体調不良で欠席されているんじゃなかったの?????
「毒ってどういう事ですか⁉︎陛下は体調不良のはずでしょう!!そもそも、どうしたら平民である私が陛下に毒を盛れると言うのですか⁉︎陛下とお会いしたのは片手で数える程度ですし、食事を共にした事は一度もございません!!」
「はっ、演技は一流だな!こっそり城に忍び込んだのだろう⁉︎」
「そんな事が可能だと本気で思っていらっしゃるんですか⁉︎王宮には幾重にも結界が張られていて転移したら直ぐに分かるんですよね⁉︎それに私は登城した事などほとんどありませんし城内の構造など全く分かりません!!迷子になりながらも陛下に毒を盛れるだなんてそんなミラクルあります⁉︎警備そんなんで大丈夫ですか!!??」
「情報ギルドに頼んだんだろう、ここにその契約書がある!」
「なんでだよ情報ギルドなんか一度も使った事ないわ!!筆跡鑑定しました⁉︎しかもそんな依頼受けるの闇ギルドくらいですよ⁉︎この私が闇ギルドを使うと本気で思ってるんですか⁉︎」
「そういう女だからこそ父上を毒殺しようとしたのだろう!」
「だからしてませんって!私は今月1日から昨日までずっとダンジョンに潜っていたのですよ⁉︎いつやったって言うのよ!!大体、もし仮に私が陛下に毒を盛ったとしてその動機は⁉︎もし陛下を殺したかったならなぜ毒を使う必要があるのですか⁉︎私なら絶対に足がついてしかも不確実な毒は使いません、一撃で確実に仕留めます!!」
「ええい黙れ黙れ!既に証拠は揃っているし議会でもお前が有罪であると判決が下っている!!無駄な足掻きはやめろ!!」
「は…⁉︎」
「嘘だろ…⁉︎」
「そんな…!」
議会でも…⁉︎それはつまり、もう私にはどうしようもないと言う事で。
………ああ、そう。そういう事ね。
「…確かに、平民の小娘が王族であり勇者である殿下と結婚するだなんて、貴族の皆様は我慢ならないでしょうね。」
実に馬鹿馬鹿しくて笑いが込み上げてくる。周囲は私の異様な様子にしんと静まり返った。
…つまり、こういう事でしょう。適当に私の罪をでっち上げて、ヌーブラエ卿やオクタウィア様を洗脳か何かで操り、殿下に信じ込ませる。そしてまともな王太子殿下と第二王子殿下は外交と称して遠くまで飛ばし、さらに外交である以上そう簡単には戻ってこれない状況にする。陛下にも毒を盛って伏せっていただき、邪魔者は排除する。そうすれば殿下の独壇場だ。さっきヌーブラエ卿に状態異常を解除する魔法をかけようとしたが何故か上手く魔法が使えなかったし、私と同じ冒険者ギルドに所属している王弟殿下、ルキウス兄さんにこっそり連絡しようとしても無理だった。恐らく魔法を使えなくする道具がこのホールのどこかに置かれているのだろう。卒業生ならきっと気づいている人もいるはずだし実際友人の何名かは姿が見当たらないが…、そう簡単に見つかるものでもないだろう。
──私がいなくなれば高貴なる貴族のご令嬢と婚約させて王家の血筋を汚す事もないし、自分の娘を新たな婚約者に据える事もできる。そんな思惑からこんなめちゃくちゃな証拠でも議会で通ったのだろう。
「はぁ、状況はよく分かりました。判決が下った以上、平民である私にはどうしようもありません。どうぞお好きなようになさってください。…ただ、私の家族や友人は無関係ですので手を出さないでください。」
そう言うと殿下はフン、と鼻を鳴らした。
「地下牢へ連れて行け。」
「お待ちください!!エミリアの潔白はわたくしが…!」
「リウィア。」
リウィアをはじめとする学友達は必死で助けようとしてくれているが、きっと私はすぐにでも消されるだろう。陛下や王太子殿下達の耳に入る前に。
「友達になってくれてありがとう。…幸せにね。」
「そんな、エミリア…!!!」
「みんな、卒業おめでとう。元気でね!」
私は騎士達に引き摺られつつ、とびきりの笑顔で言ってやった。光属性や闇属性を持つ者は神に愛し子であるという伝承があり、現在ではただの迷信と思われているがこれは真実だ。私が祈りをこめて言葉を発すれば、対象には少しではあるが加護が与えられる。まぁ言ってみればおまじないのようなものだ。だからこれは、仲良くしてくれたみんなへの餞別。そして精一杯の強がりだった。二度と会えないかもしれないみんなに今までの感謝を。そして私を陥れようとした大人達には、私はその程度で折れるようなか弱い存在ではないと、光属性を舐めるなと知らしめるために。
地下牢に入れられると私は殿下やヌーブラエ卿、そして勇者パーティーの一員であり殿下の護衛であるウィクトル・エランス卿を中心に拷問された。それは24時間休みなく続き、気づけば私の片腕と片目はなくなっていた。それでも生きているのは神の加護と、ある人からもらった魔道具のおかげである。そろそろ飽きてきたのか私が口を割らず痺れを切らしたのか、どちらかは知らないが殿下は私の処刑を命じた。両方かもしれない。──あぁ、私、死刑になるんだ。消されるだろうとは思ってたけど、まさか死刑とはね…。はは、マジで滅べ。
私は血まみれのまま王宮内の神殿に連れて行かれた。神殿にはとても大きく荘厳な、この地を創り全ての生命を生み出したとされる神の像がある。私達は皆定期的に神に祈りを捧げるのだが、死刑囚も刑が執行される直前に神殿で神に自らの罪を告白するのだ。そうすれば魂は神の元に還れる…、と信じられている。神殿には既に貴族達も集まっており、私の姿を見て目を逸らす者やニヤける者、変わらず無表情な者と反応は様々だった。
「そうだ、これは返してもらうぞ。」
殿下はそう言って神の像の前に跪く私から指輪を奪った。それは婚約の証と言って男女が婚約した時に男性から女性へ送られるものだった。
──なんだか肩の荷が降りたような気がした。
「偉大なる神よ。大いなる我らが父よ。私、エミリア・デーフェクトはここに我が罪を告白いたします。」
ごめんなさい、お父さん、お母さん。親より先に死ぬだなんて、親不孝にも程があるよね。
「私の罪は、好いた人がいたにも関わらず権力に屈し他の男性と婚約した事です。」
「なんだと…⁉︎」
「不敬な!」
辺りは一瞬で騒がしくなった。神の前で嘘を吐くことは重罪であり、すぐに天罰が下る。具体的に言うと呪われる。神からの呪いはとても強力で体中に呪いの紋様が浮かび上がるのだが、私にはそれが一切なかった。それが全てを物語っている。
「私はあなたからこの力をもらい受けたにも関わらず、志を最後までやり遂げる事が叶わぬ身となってしまいました。あなたの期待に答える事ができませんでした。」
辺りも騒がしいが、神殿の外もなにやら騒がしいようだった。まぁどうでもいいか、と私は続ける。
「我らが父よ、この力をあなたにお返し致します。ですからどうか…。」
「⁉︎なんだ、彼女の体が光って…!」
「まさかこれが神の加護…⁉︎」
「あれはただの迷信じゃなかったのか⁉︎」
「私の家族と愛する人達を…」
「まて、処刑は中止だ!損害が大きすぎる…!!」
「何を言う、彼女はオクタウィアと父上を害したのだぞ!処刑だ!!」
「ですが殿下…!」
「お守りください。」
そう言うと、眩い光に包まれた。その光はなんだか暖かくて、どこからか「承知した」と威厳がありつつもどこか優しげな声が聞こえた。ゆっくりと力が抜けていくのを感じる。
───あぁ、きっと私はここで終わるだろう。本当は殿下と婚約なんかしたくなかった。もっと色々な所に行ってみたかった。もっと冒険がしたかった。…もっと早くに、この気持ちに気付いていれば良かった。
「…!エミリア!」
背後から聞きたかった声が聞こえ、振り返る。すると彼は普段はあんなに無愛想で冷静なのに、酷く焦ったような怒ったような表情でこちらに全力で駆け寄ってきた。なんでこんな所に、とか後ろでめっちゃ騎士の人怒鳴ってるけど、とか、なんか陛下やルキウス兄さんとリウィアとニゲルもいるじゃん、とか。色々突っ込む所はあったがもうどうでも良かった。私は最後の力を振り絞ってニコッと笑って見せた。──良かった、最期にお別れはできそうだ。ほんとは自然治癒能力を上げる魔道具を作ってくれたお礼も言いたかったけど…、それは無理そうね。
「…じゃあね、マリウス。」
「リア!!!!!!!」
まぁ、最期は散々だったし殿下達は呪われてしまえばいいと思うけど。それ以外は仲間に恵まれた、良い人生だった。
…ただ、もし。もしも、やり直す事ができるのなら。
──大好きな幼馴染に、今度はこの気持ち伝えたいな…、…なんて。
ね。
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