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5.誤算
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~ジゼル~
「一体何の騒ぎです?」
突然起こった爆発に驚き、わたくしは慌てて執事長と護衛と共に離れへと向かった。この爆発の仕方はきっと魔力の暴走だろう、昔はわたくしや弟妹達もよく起こしたものだ。懐かしい。皇宮ではよくある事なので暴走が起きても問題ないよう結界が張ってあるのでただのくしゃみ程度の扱いだが、ここではそうもいかない。結界の事をすっかり忘れてしまっていたわたくしの落ち度だ。
離れに辿り着くと2人の部屋の壁が吹き飛んでいた。暴走を起こすのは初めてよね、驚いて泣いたりはしていないかしら。…そんな心配をしながら2人の部屋に入ると、ボサボサの頭の子ども2人がベッドの上と横にいた。やたらと細くて傷も見える腕、爆風のせいだけでは絶対にそうはならないボサボサの髪、荒れた肌。………なによこれ、一体どういう事なの…?
「…何故彼女は寝込んでいるのかしら?」
「お、お嬢様はお風邪をひいてしまわれまして…!」
侍女の1人がそう答える。…医者を呼んだという報告は受けていない。何故皇族であるシャルロットが風邪をひいたのに医者も薬師も呼ばないのだろうか。…あり得ない。
「風邪ですって?なら何故医師を呼ばないのかしら。…それから、2人のこの状況はどういう事?」
「そ、それは…。」
なんとか説明させるとやはりというかなんというか、最悪の状況になっていた。まさかわたくしがあまり子ども達に会わないのを良い事に2人に虐待をしていただなんて…!!…まさか、これもアケルナル公爵家の力を削ぐための…?ひとまず侍女達全員に解雇を通告し、唖然としている子ども達を執事長に本邸に連れて行かせる。わたくしは離れの責任者を護衛に拘束させ、本邸の公爵のもとへと向かった。
それからはもう、本当に酷かった。まず、公爵はどうやら子ども達の状況に気づいていながらも無視していたようだった。その理由はわたくしへの罪悪感。離れの責任者は公爵にわたくしの命令で仕方なく2人の食事を抜いたりしている、と説明していたとか。本当に怒りを通り越して呆れてくる。この男はわたくしが子どもに当たり散らすような人間だと思っているという事かしら。確かにジェラールは愛そうという努力も途中で諦めてしまったけれど、だからといって虐待しようだなんて思うはずがないし友人の娘であるシャルロットなんて更に虐待する理由がない。確かに彼女はエレに似ているが、だからこそエレのようにはなって欲しくないと思うしエレを思い出したくないからと遠ざける事はしない。そしてわたくしへの罪悪感で子どもへの虐待を黙認するだなんて、あの子達をなんだと思っているのかしら。あの子達がどうなっても良いというの?
「…あなたには心底呆れましたわ、公爵。」
わたくしは心の底からそう告げる。本当に、仕事以外はどうしようもない人。
「…ともかく、あの者からしっかりと首謀者と目論見を聞き出してください。それからルイーゼの死に関与しているのかどうかも。」
「あぁ…、必ず。」
すっかりしょぼくれてしまった公爵はそれでもしっかりと頷いた。仕事だけはものすごくできる公爵ならきっとしっかりと、そのくらいはやってくれる事だろう。
それからわたくしは雇用の見直しや離れの修繕の手配などで忙しく、中々子ども達に会いに行く事ができなかった。身元もしっかりしている侍女数名を2人の世話に付けて報告も受けているが、どうやら2人は相当警戒しているようだ。それも当然だ、2人の周りには物心ついた頃には既に虐待して来る大人しかいなかったのだから。
どうしたものかと考えていたある朝、お兄様から手紙が届いた。何かと思って確認すると、シャルロットを皇宮に連れて来いとの事だった。こんなタイミングで…!シャルロットと公爵だけで向かわせるのがあまりにも心配だったのでなんとかジェラールもついて行く許可を得る。お兄様…、流石に会って早々に幼子を処刑するだなんて事はしないだろうけど…。
その後公爵に呼ばれわたくしは公爵の執務室へ向かった。公爵は例の件だが、と切り出す。
「相当厄介な事になった。」
「なんですって?」
「…どうやら敵は、ズヴェズダー帝国も絡んでいるらしい。」
「!!」
わたくしは公爵の言葉に息をのんだ。ズヴェズダー帝国はエスパス帝国の北西にある広大な雪国で、大陸でエスパス帝国と一二を争う大国だ。しかしやはり北方は作物が育たないので作物が育つ土地が欲しいのだろう、最近南下政策を行なっているようで国境が接している我が国も狙っているようだ。…けれどなるほど…、力では絶対に敵わないから姦計を巡らせて少しずつ力を削いでいこうという魂胆ね…。国防の要であるアケルナル公爵家の嫡男を潰すか自分の言いなりのお人形にできれば…。
「…ルイーゼは?」
「ルイーゼは病死だ。それは間違いない。それにあの流行り病はかの国でも大きな被害をもたらした…、病自体が計略という事も考えにくい。…が、ルイーゼと妃殿下の騒動に関してはなんとも言えない。」
わたくしは公爵に頷く。
「ただ、例の件の間我々アケルナル家は突然現れた魔物の群れの対処に向かっていた。もし例の件が計画の内だったのであれば…、あの討伐も仕組まれたものだったかもしれない。」
「そうですわね…。ただ、それができるとすればそれは“呪い”くらいしか…。」
呪いとはどの国でも禁忌とされている他者を苦しめるもので、多くの精霊を生贄にするのだ。呪いを解くには聖女様に解呪してもらうか、大精霊や神獣、神から祝福を受けるしかない。
「あぁ…。…ともかく、今から陛下に報告して来る。そうすればきっと捜査の許可ももらえるだろうから、ルイーゼの事も多少は調べやすくなるだろう。」
「ええ、頼みますわよ。」
公爵は頷くとさっさと皇宮へ向かった。…わたくしも2人に明日、皇宮へ呼ばれたと言わないと…。
その後は2人に皇族の事を簡単に教えたり皇宮のマナーを教えたりした。改めて2人を見るとジェラールもシャルロットも5歳と4歳にしては細くて小さいし血色も悪い。2人には本当に取り返しのつかない事をしてしまったと謝っても謝りきれない気持ちだが、どうやら2人はほんの少しは心を開いてくれたようだった。…どうか2人は自由に生きてほしい。長生きしてほしい。エレのような悲劇には、遭わせない。
「…あなたもそう思うでしょう、ルイーゼ?」
夜、部屋でワインを嗜みながらひとり呟く。…この世界では人は亡くなったら精霊になる、と言われていて、世界中の数多いる精霊のたった1人に届くかは分からないがわたくしは声にしてみる。
「…子ども達は必ず守ってみせるわ。…次こそは、必ず。」
窓は開けていないのに、まるで返事をするようにカーテンがふわりと少し揺れた。
「一体何の騒ぎです?」
突然起こった爆発に驚き、わたくしは慌てて執事長と護衛と共に離れへと向かった。この爆発の仕方はきっと魔力の暴走だろう、昔はわたくしや弟妹達もよく起こしたものだ。懐かしい。皇宮ではよくある事なので暴走が起きても問題ないよう結界が張ってあるのでただのくしゃみ程度の扱いだが、ここではそうもいかない。結界の事をすっかり忘れてしまっていたわたくしの落ち度だ。
離れに辿り着くと2人の部屋の壁が吹き飛んでいた。暴走を起こすのは初めてよね、驚いて泣いたりはしていないかしら。…そんな心配をしながら2人の部屋に入ると、ボサボサの頭の子ども2人がベッドの上と横にいた。やたらと細くて傷も見える腕、爆風のせいだけでは絶対にそうはならないボサボサの髪、荒れた肌。………なによこれ、一体どういう事なの…?
「…何故彼女は寝込んでいるのかしら?」
「お、お嬢様はお風邪をひいてしまわれまして…!」
侍女の1人がそう答える。…医者を呼んだという報告は受けていない。何故皇族であるシャルロットが風邪をひいたのに医者も薬師も呼ばないのだろうか。…あり得ない。
「風邪ですって?なら何故医師を呼ばないのかしら。…それから、2人のこの状況はどういう事?」
「そ、それは…。」
なんとか説明させるとやはりというかなんというか、最悪の状況になっていた。まさかわたくしがあまり子ども達に会わないのを良い事に2人に虐待をしていただなんて…!!…まさか、これもアケルナル公爵家の力を削ぐための…?ひとまず侍女達全員に解雇を通告し、唖然としている子ども達を執事長に本邸に連れて行かせる。わたくしは離れの責任者を護衛に拘束させ、本邸の公爵のもとへと向かった。
それからはもう、本当に酷かった。まず、公爵はどうやら子ども達の状況に気づいていながらも無視していたようだった。その理由はわたくしへの罪悪感。離れの責任者は公爵にわたくしの命令で仕方なく2人の食事を抜いたりしている、と説明していたとか。本当に怒りを通り越して呆れてくる。この男はわたくしが子どもに当たり散らすような人間だと思っているという事かしら。確かにジェラールは愛そうという努力も途中で諦めてしまったけれど、だからといって虐待しようだなんて思うはずがないし友人の娘であるシャルロットなんて更に虐待する理由がない。確かに彼女はエレに似ているが、だからこそエレのようにはなって欲しくないと思うしエレを思い出したくないからと遠ざける事はしない。そしてわたくしへの罪悪感で子どもへの虐待を黙認するだなんて、あの子達をなんだと思っているのかしら。あの子達がどうなっても良いというの?
「…あなたには心底呆れましたわ、公爵。」
わたくしは心の底からそう告げる。本当に、仕事以外はどうしようもない人。
「…ともかく、あの者からしっかりと首謀者と目論見を聞き出してください。それからルイーゼの死に関与しているのかどうかも。」
「あぁ…、必ず。」
すっかりしょぼくれてしまった公爵はそれでもしっかりと頷いた。仕事だけはものすごくできる公爵ならきっとしっかりと、そのくらいはやってくれる事だろう。
それからわたくしは雇用の見直しや離れの修繕の手配などで忙しく、中々子ども達に会いに行く事ができなかった。身元もしっかりしている侍女数名を2人の世話に付けて報告も受けているが、どうやら2人は相当警戒しているようだ。それも当然だ、2人の周りには物心ついた頃には既に虐待して来る大人しかいなかったのだから。
どうしたものかと考えていたある朝、お兄様から手紙が届いた。何かと思って確認すると、シャルロットを皇宮に連れて来いとの事だった。こんなタイミングで…!シャルロットと公爵だけで向かわせるのがあまりにも心配だったのでなんとかジェラールもついて行く許可を得る。お兄様…、流石に会って早々に幼子を処刑するだなんて事はしないだろうけど…。
その後公爵に呼ばれわたくしは公爵の執務室へ向かった。公爵は例の件だが、と切り出す。
「相当厄介な事になった。」
「なんですって?」
「…どうやら敵は、ズヴェズダー帝国も絡んでいるらしい。」
「!!」
わたくしは公爵の言葉に息をのんだ。ズヴェズダー帝国はエスパス帝国の北西にある広大な雪国で、大陸でエスパス帝国と一二を争う大国だ。しかしやはり北方は作物が育たないので作物が育つ土地が欲しいのだろう、最近南下政策を行なっているようで国境が接している我が国も狙っているようだ。…けれどなるほど…、力では絶対に敵わないから姦計を巡らせて少しずつ力を削いでいこうという魂胆ね…。国防の要であるアケルナル公爵家の嫡男を潰すか自分の言いなりのお人形にできれば…。
「…ルイーゼは?」
「ルイーゼは病死だ。それは間違いない。それにあの流行り病はかの国でも大きな被害をもたらした…、病自体が計略という事も考えにくい。…が、ルイーゼと妃殿下の騒動に関してはなんとも言えない。」
わたくしは公爵に頷く。
「ただ、例の件の間我々アケルナル家は突然現れた魔物の群れの対処に向かっていた。もし例の件が計画の内だったのであれば…、あの討伐も仕組まれたものだったかもしれない。」
「そうですわね…。ただ、それができるとすればそれは“呪い”くらいしか…。」
呪いとはどの国でも禁忌とされている他者を苦しめるもので、多くの精霊を生贄にするのだ。呪いを解くには聖女様に解呪してもらうか、大精霊や神獣、神から祝福を受けるしかない。
「あぁ…。…ともかく、今から陛下に報告して来る。そうすればきっと捜査の許可ももらえるだろうから、ルイーゼの事も多少は調べやすくなるだろう。」
「ええ、頼みますわよ。」
公爵は頷くとさっさと皇宮へ向かった。…わたくしも2人に明日、皇宮へ呼ばれたと言わないと…。
その後は2人に皇族の事を簡単に教えたり皇宮のマナーを教えたりした。改めて2人を見るとジェラールもシャルロットも5歳と4歳にしては細くて小さいし血色も悪い。2人には本当に取り返しのつかない事をしてしまったと謝っても謝りきれない気持ちだが、どうやら2人はほんの少しは心を開いてくれたようだった。…どうか2人は自由に生きてほしい。長生きしてほしい。エレのような悲劇には、遭わせない。
「…あなたもそう思うでしょう、ルイーゼ?」
夜、部屋でワインを嗜みながらひとり呟く。…この世界では人は亡くなったら精霊になる、と言われていて、世界中の数多いる精霊のたった1人に届くかは分からないがわたくしは声にしてみる。
「…子ども達は必ず守ってみせるわ。…次こそは、必ず。」
窓は開けていないのに、まるで返事をするようにカーテンがふわりと少し揺れた。
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