35 / 41
白と黒・二
しおりを挟む
「やはり、六花の者だったか」
広い座敷に横たわったまま、雪村美智子はシロからの手紙を傍らに置いた。
昼過ぎ、雪村家の者によって緊急で届けられた彼からの手紙は、簡潔な報告書のような文章で、〈千里眼〉を使って助手の記憶を透視して、その正体が判明したことが記されていた。
雪村の女主人は、古びた日本家屋の天井を支える立派な梁を眺めながら、大きく一息ついた。
「まったく、そんな怖ろしい者の相手などさせおって・・・殺す気か、あの坊主は」
記憶は失っていたとしても、恐怖を感じるほど能力は絶大だった。特殊能力者を罰することができる、能力者の中の能力者。その中でも、かつて最強を呼ばれていた男・・・敵うはずがない。
あの時、もしクロが本気でぶつかってきたら自分は今こうしていただろうか。背筋がスッと冷えた。
「史郎、お前・・・死ぬぞ」
美智子は光から隔絶された薄暗い部屋の天井を見上げ、20数年前の記憶を思い返した。
まだ彼女が自力で歩けていた頃、姉の息子が危篤状態に陥ったと母から告げられた。未婚のまま子を産んだ姉は事故により他界していて、美智子にとっては自分の子のように可愛がっている甥だった。
自分の子のように愛する理由がもう一つ、彼は彼女と同様〈白子〉として生まれていた。
〈白子〉として生まれた雪村の者は虚弱な体質で、些細なことでも体調を崩し、重篤な状況となることが多かった。
今回も、急に涼しくなった陽気の変化で風邪をひいてしまい、肺炎にまで悪化してしまっていた。
今は生死をさまよう危険な状態だという。
かわいそうに・・・
美智子は瀕死の少年の病室で、今にも命が消えてしまいそうな彼の手を取った。
「史郎、よくお聞き」
熱にうかされ荒い息であえぐ少年の耳元で、美智子は雪村の〈白子〉の生き延びるための術を教えた。そして、最初に病室に入ってきた看護師をその生贄として選んだ。
検温に来た看護師は、付き添いの美智子に挨拶をした。
その瞬間、彼女は能力を発動し、まだ若い看護師の精気を吸い取る。はつらつとした活発な精気は美智子の中で滋養として変換され、繋いだ手から少年へと流れていった。
滋養を得た史郎の顔色には健康的な張りや艶が出て、溺れるような息苦しさも嘘のように消えた。
ベッドの側に倒れた看護師は、すでに事切れていた。
史郎はまだ、美智子のように〈白子〉の能力を使いこなすことはできない。
しかし、数年前から妙な研究を始め、それに全資産をつぎ込んでいるという。育ての親である美智子の身の回りの世話や、身体が弱った時の滋養として若者を派遣することは継続しているが、研究所を立ち上げてから何かが変わってしまった。
「僕もゆくゆくは叔母さんみたいに不自由な身体になるのでしょう?そんなの嫌だな。滋養だって、ただ若い人ってだけじゃ面白くないよ。ちょうど面白い書物を買い取ったところなんだから、これを活用しない手はないよね」
雪村邸へ珍しく見舞いに来た史郎は、大量の古い書物を手に入れた話を美智子に話した。
「ねぇ、特殊能力者の精気を滋養として取り込んだら、僕にもその能力って引き継がれるのかな?」
「さぁ、私には興味ないが」
「え~!面白そうじゃない?ただ生きながらえるだけじゃなくて、最強の能力で最強の精神力を持つことができたとしたら、無敵じゃない?不老不死になったも同然だよ」
夢見る若者は、うっとした目で「これで、太陽だって怖くないんだよ」と笑った。
その数年後、彼は書物で知ったある女性の住む隠れ家へ向かったと聞いた。人里離れた山中に隠遁生活していた女性を言いくるめ、そのままそこへ居つき、間借りした部屋に書物を運び込み研究所を開設したようだ。
隠れ家に住む女性は〈覚〉の能力を持っていた。史郎の最初の実験の被験者は、彼女だったそうだ。
その実験は失敗に終わったが・・・
史郎坊、あの助手は諦めろ。あの者には手を出してはいけない。
雪のように白い顔で横たわる女主人は、両手で顔を覆った。
生き抜く術を教えたのは自分だ。そして、か弱い少年が純粋に強く生きたいと望むことも仕方がないことだろう。それでも、多くを望むことにはリスクが伴う。自分の欲に忠実な彼は、その境界を越えようとしている。
「せめて、雪村に生まれなければ・・・」
無謀な賭けに挑もうとする甥の身を案じ、美智子はそっと目を閉じた。
広い座敷に横たわったまま、雪村美智子はシロからの手紙を傍らに置いた。
昼過ぎ、雪村家の者によって緊急で届けられた彼からの手紙は、簡潔な報告書のような文章で、〈千里眼〉を使って助手の記憶を透視して、その正体が判明したことが記されていた。
雪村の女主人は、古びた日本家屋の天井を支える立派な梁を眺めながら、大きく一息ついた。
「まったく、そんな怖ろしい者の相手などさせおって・・・殺す気か、あの坊主は」
記憶は失っていたとしても、恐怖を感じるほど能力は絶大だった。特殊能力者を罰することができる、能力者の中の能力者。その中でも、かつて最強を呼ばれていた男・・・敵うはずがない。
あの時、もしクロが本気でぶつかってきたら自分は今こうしていただろうか。背筋がスッと冷えた。
「史郎、お前・・・死ぬぞ」
美智子は光から隔絶された薄暗い部屋の天井を見上げ、20数年前の記憶を思い返した。
まだ彼女が自力で歩けていた頃、姉の息子が危篤状態に陥ったと母から告げられた。未婚のまま子を産んだ姉は事故により他界していて、美智子にとっては自分の子のように可愛がっている甥だった。
自分の子のように愛する理由がもう一つ、彼は彼女と同様〈白子〉として生まれていた。
〈白子〉として生まれた雪村の者は虚弱な体質で、些細なことでも体調を崩し、重篤な状況となることが多かった。
今回も、急に涼しくなった陽気の変化で風邪をひいてしまい、肺炎にまで悪化してしまっていた。
今は生死をさまよう危険な状態だという。
かわいそうに・・・
美智子は瀕死の少年の病室で、今にも命が消えてしまいそうな彼の手を取った。
「史郎、よくお聞き」
熱にうかされ荒い息であえぐ少年の耳元で、美智子は雪村の〈白子〉の生き延びるための術を教えた。そして、最初に病室に入ってきた看護師をその生贄として選んだ。
検温に来た看護師は、付き添いの美智子に挨拶をした。
その瞬間、彼女は能力を発動し、まだ若い看護師の精気を吸い取る。はつらつとした活発な精気は美智子の中で滋養として変換され、繋いだ手から少年へと流れていった。
滋養を得た史郎の顔色には健康的な張りや艶が出て、溺れるような息苦しさも嘘のように消えた。
ベッドの側に倒れた看護師は、すでに事切れていた。
史郎はまだ、美智子のように〈白子〉の能力を使いこなすことはできない。
しかし、数年前から妙な研究を始め、それに全資産をつぎ込んでいるという。育ての親である美智子の身の回りの世話や、身体が弱った時の滋養として若者を派遣することは継続しているが、研究所を立ち上げてから何かが変わってしまった。
「僕もゆくゆくは叔母さんみたいに不自由な身体になるのでしょう?そんなの嫌だな。滋養だって、ただ若い人ってだけじゃ面白くないよ。ちょうど面白い書物を買い取ったところなんだから、これを活用しない手はないよね」
雪村邸へ珍しく見舞いに来た史郎は、大量の古い書物を手に入れた話を美智子に話した。
「ねぇ、特殊能力者の精気を滋養として取り込んだら、僕にもその能力って引き継がれるのかな?」
「さぁ、私には興味ないが」
「え~!面白そうじゃない?ただ生きながらえるだけじゃなくて、最強の能力で最強の精神力を持つことができたとしたら、無敵じゃない?不老不死になったも同然だよ」
夢見る若者は、うっとした目で「これで、太陽だって怖くないんだよ」と笑った。
その数年後、彼は書物で知ったある女性の住む隠れ家へ向かったと聞いた。人里離れた山中に隠遁生活していた女性を言いくるめ、そのままそこへ居つき、間借りした部屋に書物を運び込み研究所を開設したようだ。
隠れ家に住む女性は〈覚〉の能力を持っていた。史郎の最初の実験の被験者は、彼女だったそうだ。
その実験は失敗に終わったが・・・
史郎坊、あの助手は諦めろ。あの者には手を出してはいけない。
雪のように白い顔で横たわる女主人は、両手で顔を覆った。
生き抜く術を教えたのは自分だ。そして、か弱い少年が純粋に強く生きたいと望むことも仕方がないことだろう。それでも、多くを望むことにはリスクが伴う。自分の欲に忠実な彼は、その境界を越えようとしている。
「せめて、雪村に生まれなければ・・・」
無謀な賭けに挑もうとする甥の身を案じ、美智子はそっと目を閉じた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
サイキック・ガール!
スズキアカネ
恋愛
『──あなたは、超能力者なんです』
そこは、不思議な能力を持つ人間が集う不思議な研究都市。ユニークな能力者に囲まれた、ハチャメチャな私の学園ライフがはじまる。
どんな場所に置かれようと、私はなにものにも縛られない!
車を再起不能にする程度の超能力を持つ少女・藤が織りなすサイキックラブコメディ!
※
無断転載転用禁止
Do not repost.
箱の中の少女たち
水綺はく
大衆娯楽
紫穂は売れない5人組アイドルグループ「Fly High」に所属する22歳。
リーダーの桜子ちゃんを筆頭にみんなでメジャーデビューを目指すが現実は思ったようにはいかない…
何もかも中途半端な紫穂、一人だけ人気の愛梨、そんな愛梨に嫉妬する栞菜、紫穂に依存する志織、不憫なリーダー桜子…5人はそれぞれ複雑な思いを抱えて練習に明け暮れていた。
そんな中、愛梨が一人だけテレビに出たことで不安定だった5人のバランスが崩れていく…
※短編の予定だったんですけど長くなったので分散させました。実質、短編小説です。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
桃姫様 MOMOHIME-SAMA ~桃太郎の娘は神仏融合体となり、関ヶ原の戦場にて花ひらく~
羅心
ファンタジー
鬼ヶ島にて、犬、猿、雉の犠牲もありながら死闘の末に鬼退治を果たした桃太郎。
島中の鬼を全滅させて村に帰った桃太郎は、娘を授かり桃姫と名付けた。
桃姫10歳の誕生日、村で祭りが行われている夜、鬼の軍勢による襲撃が発生した。
首領の名は「温羅巌鬼(うらがんき)」、かつて鬼ヶ島の鬼達を率いた首領「温羅」の息子であった。
人に似た鬼「鬼人(きじん)」の暴虐に対して村は為す術なく、桃太郎も巌鬼との戦いにより、その命を落とした。
「俺と同じ地獄を見てこい」巌鬼にそう言われ、破壊された村にただ一人残された桃姫。
「地獄では生きていけない」桃姫は自刃することを決めるが、その時、銀髪の麗人が現れた。
雪女にも似た妖しい美貌を湛えた彼女は、桃姫の喉元に押し当てられた刃を白い手で握りながらこう言う。
「私の名は雉猿狗(ちえこ)、御館様との約束を果たすため、天界より現世に顕現いたしました」
呆然とする桃姫に雉猿狗は弥勒菩薩のような慈悲深い笑みを浮かべて言った。
「桃姫様。あなた様が強い女性に育つその日まで、私があなた様を必ずや護り抜きます」
かくして桃太郎の娘〈桃姫様〉と三獣の化身〈雉猿狗〉の日ノ本を巡る鬼退治の旅路が幕を開けたのであった。
【第一幕 乱心 Heart of Maddening】
桃太郎による鬼退治の前日譚から始まり、10歳の桃姫が暮らす村が鬼の軍勢に破壊され、お供の雉猿狗と共に村を旅立つ。
【第二幕 斬心 Heart of Slashing】
雉猿狗と共に日ノ本を旅して出会いと別れ、苦難を経験しながら奥州の伊達領に入り、16歳の女武者として成長していく。
【第三幕 覚心 Heart of Awakening】
桃太郎の娘としての使命に目覚めた17歳の桃姫は神仏融合体となり、闇に染まる関ヶ原の戦場を救い清める決戦に身を投じる。
【第四幕 伝心 Heart of Telling】
村を復興する19歳になった桃姫が晴明と道満、そして明智光秀の千年天下を打ち砕くため、仲間と結集して再び剣を手に取る。
※水曜日のカンパネラ『桃太郎』をシリーズ全体のイメージ音楽として書いております。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる