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真見る童・四
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全身が冷たい汗で湿って気持ち悪い。
「い、痛っ・・・」
鳥肌が立ち、目覚めた後も激しい動悸が治まらない。衝撃が強く、船酔いに似た気分の悪さだ。ずっと身体がこわばっていたのだろうか、動くとギリギリと間接が痛む。
たった今、記憶がすべて戻った。
ソファーに横になっていた体を起こし、息を切らせて汗を拭うクロのすぐ脇の椅子に、盲目の少女と、目を細めて満足そうにしているシロがいた。上手く力が入らずふらつくクロを労わるように手助けしたシロが、不気味に口元を緩めた。
「やはり君は、あの殺人集団・六花衆の一員だったのですね。しかも、あの『天宮』に反乱を起こし一族もろとも殲滅された、『分宮』の嫡男でもあった・・・なんという巡り合わせでしょう!」
クククッと笑うシロをぼんやりと見つめ、混乱した脳内を整理できずに呆然としているクロの膝に茜が飛び乗った。
「あぁ、クロ!大丈夫?アタシが分かる?まだアタシのこと覚えてる?」
取り乱す茜の背を撫でて、「大丈夫、忘れてねぇよ」と答えた彼の顔を寂しげに見ていた彼女は、わずかに頷いた。
「私の仮説は実証されました!クロ君はとても希少な特殊能力者だったのです!さすがは〈千里眼〉の咲良ちゃんです。透視するだけでなく、奥底に沈んだ記憶まで追体験させながら引き戻してしまうとは!感謝感激ですよ。ねぇ、クロ君!」
そう言った後、シロは「あ!」とわざとらしく手を叩いて、狐顔をクロに寄せた。
「もう、『クロ』くんではないですよね。六花衆・梟隊隊長、分宮八尋君ですね」
嬉しくてたまらないシロは、しゃべりながら半分笑っている。
記憶が戻った。
でも、あまりに壮絶な情景に吐き気がする。自身の素性が明らかになることを望んだはずなのに、今更、思い出したくなかったと悔やんでいる自分がいる。知らなければ、きっと楽に生きていけたかもしれなかったと。
クロは、ちょこんと座っている少女が能力者だったのか問うた。
「はい。所長さんに頼まれて、喪失してしまった貴方の記憶を読みました。さらに、可能ならそのまま引き戻してほしいと言われました」
咲良はにっこり笑って答えた。
訪問した彼女をシロのところへ案内しようと手を引いたところまでは覚えている。
その後、シロに勧められたコーヒーの中に睡眠薬が盛られ、意識がなくなっている間に透視されたのだそうだ。作業のすべてが片付くまで、茜が別室に閉じ込められていたらしい。
神木咲良の一家は、娘の能力に対して莫大な報酬を支払うシロに全面的に協力しているという。
たとえそれが非人道的な実験や研究であったとしてもだ。自分たちの欲を満たすためならば、いかなる手段も辞さないシロと、実の娘を金の生る木のように扱う神木一家との利害は一致していた。
こんな小さな子になんてことをされるんだ。
クロは憤りを感じた。
茜は彼女の正体を知っていた。だから精一杯の小さな体で抵抗していた。それなのに、自分は警戒せず、迂闊にも術中にはまり・・・
山中の研究所まで迎えに来た神木の両親に憎悪を込めた視線で見送り、湯飲みでブラックコーヒーを啜るシロの目の前の椅子を蹴った。
「オヤジ、俺はな、もう記憶なんてどうだってよかったんだよ。何者か分からなくたって、なんとか平穏に暮らしていけるんだ、そうできるように努力しようって決めてたんだ。なんで今更、こんな強引なことをしたんだよ?」
これ以上ないというほどの笑みを浮かべていたシロの表情が、一瞬で変わった。
「私にはね、ずっと計画していることがあるのです。その計画のために、何年も何年も下調べして苦労して、ようやく実行できる間際まできているのですよ。その計画のカギとなっているのが、君。高い身体能力と強靭な生命力・・・さらに最強の特殊能力を併せ持つ逸材が必要だったのですよ」
「計画?」
「はい。その逸材を見つけるために始めたのが、この研究所なのですよ」
狐というよりは、蛇の目に似ている。見つめられると射すくめられてしまいそうだ。
「あ~本当に、君以上の逸材はもう手に入らないでしょうね。六花衆最強と謳われ、『天宮』の血も引く能力者、そんな貴重な人物が、僕のところへ転がり込んできた。これはもう運命ですよ」
彼の言葉に茜が身を震わせた。
いったい何をしようとしているのだろうか。
茜や他の人たちに危害が及ぶというのなら、必ず阻止してやろう。もう特殊能力者たちを道具のように使役させやしない。
そう思うのは、六花としてなのか、自らの意思なのか分からない。でも、それが正しいということは間違いない。
「オヤジの好きにはさせねぇよ」
「僕は君の父親ではないと何度言ったら分かるのですか?分宮八尋君」
お互い一歩も引こうとしない。睨み合う男たちを日が落ち始めた空の闇がゆっくり包んでいった。
特殊能力者の調査はこの日以降、無期限の休止状態となってしまった。
「い、痛っ・・・」
鳥肌が立ち、目覚めた後も激しい動悸が治まらない。衝撃が強く、船酔いに似た気分の悪さだ。ずっと身体がこわばっていたのだろうか、動くとギリギリと間接が痛む。
たった今、記憶がすべて戻った。
ソファーに横になっていた体を起こし、息を切らせて汗を拭うクロのすぐ脇の椅子に、盲目の少女と、目を細めて満足そうにしているシロがいた。上手く力が入らずふらつくクロを労わるように手助けしたシロが、不気味に口元を緩めた。
「やはり君は、あの殺人集団・六花衆の一員だったのですね。しかも、あの『天宮』に反乱を起こし一族もろとも殲滅された、『分宮』の嫡男でもあった・・・なんという巡り合わせでしょう!」
クククッと笑うシロをぼんやりと見つめ、混乱した脳内を整理できずに呆然としているクロの膝に茜が飛び乗った。
「あぁ、クロ!大丈夫?アタシが分かる?まだアタシのこと覚えてる?」
取り乱す茜の背を撫でて、「大丈夫、忘れてねぇよ」と答えた彼の顔を寂しげに見ていた彼女は、わずかに頷いた。
「私の仮説は実証されました!クロ君はとても希少な特殊能力者だったのです!さすがは〈千里眼〉の咲良ちゃんです。透視するだけでなく、奥底に沈んだ記憶まで追体験させながら引き戻してしまうとは!感謝感激ですよ。ねぇ、クロ君!」
そう言った後、シロは「あ!」とわざとらしく手を叩いて、狐顔をクロに寄せた。
「もう、『クロ』くんではないですよね。六花衆・梟隊隊長、分宮八尋君ですね」
嬉しくてたまらないシロは、しゃべりながら半分笑っている。
記憶が戻った。
でも、あまりに壮絶な情景に吐き気がする。自身の素性が明らかになることを望んだはずなのに、今更、思い出したくなかったと悔やんでいる自分がいる。知らなければ、きっと楽に生きていけたかもしれなかったと。
クロは、ちょこんと座っている少女が能力者だったのか問うた。
「はい。所長さんに頼まれて、喪失してしまった貴方の記憶を読みました。さらに、可能ならそのまま引き戻してほしいと言われました」
咲良はにっこり笑って答えた。
訪問した彼女をシロのところへ案内しようと手を引いたところまでは覚えている。
その後、シロに勧められたコーヒーの中に睡眠薬が盛られ、意識がなくなっている間に透視されたのだそうだ。作業のすべてが片付くまで、茜が別室に閉じ込められていたらしい。
神木咲良の一家は、娘の能力に対して莫大な報酬を支払うシロに全面的に協力しているという。
たとえそれが非人道的な実験や研究であったとしてもだ。自分たちの欲を満たすためならば、いかなる手段も辞さないシロと、実の娘を金の生る木のように扱う神木一家との利害は一致していた。
こんな小さな子になんてことをされるんだ。
クロは憤りを感じた。
茜は彼女の正体を知っていた。だから精一杯の小さな体で抵抗していた。それなのに、自分は警戒せず、迂闊にも術中にはまり・・・
山中の研究所まで迎えに来た神木の両親に憎悪を込めた視線で見送り、湯飲みでブラックコーヒーを啜るシロの目の前の椅子を蹴った。
「オヤジ、俺はな、もう記憶なんてどうだってよかったんだよ。何者か分からなくたって、なんとか平穏に暮らしていけるんだ、そうできるように努力しようって決めてたんだ。なんで今更、こんな強引なことをしたんだよ?」
これ以上ないというほどの笑みを浮かべていたシロの表情が、一瞬で変わった。
「私にはね、ずっと計画していることがあるのです。その計画のために、何年も何年も下調べして苦労して、ようやく実行できる間際まできているのですよ。その計画のカギとなっているのが、君。高い身体能力と強靭な生命力・・・さらに最強の特殊能力を併せ持つ逸材が必要だったのですよ」
「計画?」
「はい。その逸材を見つけるために始めたのが、この研究所なのですよ」
狐というよりは、蛇の目に似ている。見つめられると射すくめられてしまいそうだ。
「あ~本当に、君以上の逸材はもう手に入らないでしょうね。六花衆最強と謳われ、『天宮』の血も引く能力者、そんな貴重な人物が、僕のところへ転がり込んできた。これはもう運命ですよ」
彼の言葉に茜が身を震わせた。
いったい何をしようとしているのだろうか。
茜や他の人たちに危害が及ぶというのなら、必ず阻止してやろう。もう特殊能力者たちを道具のように使役させやしない。
そう思うのは、六花としてなのか、自らの意思なのか分からない。でも、それが正しいということは間違いない。
「オヤジの好きにはさせねぇよ」
「僕は君の父親ではないと何度言ったら分かるのですか?分宮八尋君」
お互い一歩も引こうとしない。睨み合う男たちを日が落ち始めた空の闇がゆっくり包んでいった。
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