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真見る童・二
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滝の音が響く、とある山頂付近の茅葺屋根の日本家屋の裏山で、黒い装束の少年たちの威勢のいい声が上がる。
山深い森を切り開いた稽古場で、彼らは生まれながらに宿していた〈鎌鼬〉の能力の訓練を受けている。
指導者は、年上の少年たち。彼らは代々、一人の年上の者が数名の年下の者に稽古をつけるという習わしがある。その年上の者を「兄」と慕い、一人前になるまで寝食を共にして、信頼関係を築き、絆を結ぶ。そして一つの部隊をして任務につくこととなる。
彼らのことを〈六花〉と呼ぶ。
そんな少年たちの声が届く日本家屋の離れの間で、千早は部下の少年たちと共に、棟梁の御前に控えていた。
「そんな畏まらずともよい。足を崩せ」
「いえ、私たちはこのままで」
頭を下げた姿勢のまま、千早は棟梁に答えた。彼に倣い、部下たちも動かない。
頑なな千早たちの姿勢に銀煙管をひと吹かしした棟梁は、「あれに仕込まれたとは思えぬ律義さよ」と呆れた。千早が兄と慕った男は、もっと気負ってなかった、いや、無気力にしてしまったのは自分かもしれない。
「『天宮』より書物を盗み出し、横流しして金を稼いでいた咎人がようやく口を割りました。奴は自身の意思ではなく、そそのかされたようでございます」
「やはり外部の者か」
「はい」
煙草盆にポンと灰を落とした棟梁は、「その者の素性は?」と続けた。
「所在は判明しておりますが、素性の方がまだ・・・と言うか、本名すら不明のようでございます。偽名なら判明しておりますので、その線で捜査いたしましょうか?」
「書物はすべてその者が所有しておると?紛失や、さらなる転売などされていたら厄介だぞ。あれは常人には為にならぬものじゃ。処分されたならまだしも、悪用されては厄介じゃ」
「おそらく、主犯のその者が所有していると思われます。今のところ、俗世で突飛な変異は起きていないもようでございますので
。ただ、単に読み物としているだけどは考えられません。おいそれと悪用できる代物とも思えませんが・・・」
「いや、大ごとになってしまってからでは遅いのじゃ。未然に防いでこそ意味がある。六花の使命は本来、警護であり、捕物や懲罰の執行ではないのじゃぞ」
「承知しております」
「我らは現世の怪異を取り仕切る『天宮』を守るため、生まれながらに選ばれた戦士たちなのじゃ。その使命、肝に銘じておくように」
棟梁はスッと立ち上がり、閉め切られた障子を開け放った。
庭園の梅がもうすぐほころびそうだ。
「主犯の男の素性については後々でかまわん。すぐにでもひっ捕らえ、奪われた『天宮』所有の書物をすべて回収してくるのじゃ。けっしてしくじってはならぬ、良いな?」
「御意!」
千早の声と共に、控えていた少年たちは離れの間から散って行った。
ひとり残った千早は、庭を見渡している棟梁の背中に、「もう春でございますね」と呟いた。
「あの人がいなくなって、そろそろ一年でございます」
彼の言葉に、棟梁は沈黙したままだった。
「失礼!」
ひと際低く頭を下げた千早は、風のように座敷から姿を消した。
最後の言葉が、退室を意味するものか、それ以外のことなのか、それは棟梁だけが分かっていた。
山深い森を切り開いた稽古場で、彼らは生まれながらに宿していた〈鎌鼬〉の能力の訓練を受けている。
指導者は、年上の少年たち。彼らは代々、一人の年上の者が数名の年下の者に稽古をつけるという習わしがある。その年上の者を「兄」と慕い、一人前になるまで寝食を共にして、信頼関係を築き、絆を結ぶ。そして一つの部隊をして任務につくこととなる。
彼らのことを〈六花〉と呼ぶ。
そんな少年たちの声が届く日本家屋の離れの間で、千早は部下の少年たちと共に、棟梁の御前に控えていた。
「そんな畏まらずともよい。足を崩せ」
「いえ、私たちはこのままで」
頭を下げた姿勢のまま、千早は棟梁に答えた。彼に倣い、部下たちも動かない。
頑なな千早たちの姿勢に銀煙管をひと吹かしした棟梁は、「あれに仕込まれたとは思えぬ律義さよ」と呆れた。千早が兄と慕った男は、もっと気負ってなかった、いや、無気力にしてしまったのは自分かもしれない。
「『天宮』より書物を盗み出し、横流しして金を稼いでいた咎人がようやく口を割りました。奴は自身の意思ではなく、そそのかされたようでございます」
「やはり外部の者か」
「はい」
煙草盆にポンと灰を落とした棟梁は、「その者の素性は?」と続けた。
「所在は判明しておりますが、素性の方がまだ・・・と言うか、本名すら不明のようでございます。偽名なら判明しておりますので、その線で捜査いたしましょうか?」
「書物はすべてその者が所有しておると?紛失や、さらなる転売などされていたら厄介だぞ。あれは常人には為にならぬものじゃ。処分されたならまだしも、悪用されては厄介じゃ」
「おそらく、主犯のその者が所有していると思われます。今のところ、俗世で突飛な変異は起きていないもようでございますので
。ただ、単に読み物としているだけどは考えられません。おいそれと悪用できる代物とも思えませんが・・・」
「いや、大ごとになってしまってからでは遅いのじゃ。未然に防いでこそ意味がある。六花の使命は本来、警護であり、捕物や懲罰の執行ではないのじゃぞ」
「承知しております」
「我らは現世の怪異を取り仕切る『天宮』を守るため、生まれながらに選ばれた戦士たちなのじゃ。その使命、肝に銘じておくように」
棟梁はスッと立ち上がり、閉め切られた障子を開け放った。
庭園の梅がもうすぐほころびそうだ。
「主犯の男の素性については後々でかまわん。すぐにでもひっ捕らえ、奪われた『天宮』所有の書物をすべて回収してくるのじゃ。けっしてしくじってはならぬ、良いな?」
「御意!」
千早の声と共に、控えていた少年たちは離れの間から散って行った。
ひとり残った千早は、庭を見渡している棟梁の背中に、「もう春でございますね」と呟いた。
「あの人がいなくなって、そろそろ一年でございます」
彼の言葉に、棟梁は沈黙したままだった。
「失礼!」
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最後の言葉が、退室を意味するものか、それ以外のことなのか、それは棟梁だけが分かっていた。
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