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樫の木の下に
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そろそろ昼休憩も終わりかな。
朝から資料整理と称した大掃除を任されたクロは、埃で薄っすら汚れた黒いパンツの裾をはたいた。
そう広くはない研究所なのに、乱雑に読み散らかされた古い書物は分類もいい加減で、対象者の事前調査のための資料を探すことも一苦労。その面倒な作業から逃れようと、お掃除を提案したのはクロだった。
「あんな大量の本、どこから集めてきたのやら」
はたいても落ちない服の汚れを落とすことを諦めて、「戻る前にもう一回やってみるか」と足を少し開いて息をゆっくり吐きだした。
クロは、静かに目を閉じ、ざわざわと枝葉を風に揺らされる中で耳を澄ませた。ただひたすら、正面の大樹の幹が、ギッギッと軋む音だけに集中する。
ふと、枝から木の葉が一枚落ちた。
その一瞬を察知し、気配だけを頼りに一文字に手刀を切った。
「お~なかなかイイ線いってるんじゃねぇか」
自分の足元に散った木の葉を見て、満足そうに煙草の箱を取り出した。木の葉は、中心の葉脈に垂直に、真っ二つに切り裂かれていた。
先の調査で、対象者の大谷堅と腕くらべして以来、クロはこの能力を自在に扱えるようになっていた。物体の気配を読み、方向や威力の加減を判断し、的確に獲物を仕留められる確率も格段に上がってきた。
制御できない能力は怖ろしいだけだが、操られるものならば、こんなに頼もしいものはない。自衛だけでなく、対象者を守護することにも役立つ。
「さて、あんまり油売ってると、雇い主様の狐顔が般若になっちまうと厄介だから戻るかな」
ふぅっと煙を吐き出して、研究所へ足を向けた。
その視界に、気になるものがあった。
「なんだ、あれ?」
樫の老木の下にポツンと置かれた石がある。
こんな山奥の森の中では見かけない、人の頭ほどの白く丸い石が、木の根元のこんもりと隆起した地面の天辺に乗っている。いや、据えられていると言った方がしっくりくるか。
「何かの墓か?」
そういえば、シロが飼育していた実験動物の死骸を森のどこかに埋葬したと聞いたことがあった。
今現在は、白貂の茜を数に入れないならば、飼育されている動物は一匹もいない。人間の特殊能力者を研究しているという男が、動物を使って何を研究しているだろう・・・
「ま、俺には関係ねぇや」
雇い主の目的など、自分にはどうでもいい。自分の過去を思い出せる日まで、食べて、寝て、退屈しない程度の仕事があればそれでいい。今は。
「茜がベラベラしゃべるのも、オヤジが何か実験したからなのかな?」
くわえていた煙草の灰を落としながら、今度そのことを訊いてみようかなんてぼんやり考えた。そして、いまいち腹の中を読めないシロの人を小馬鹿にしたような狐顔を思い浮かべ、歩き始めた。
朝から資料整理と称した大掃除を任されたクロは、埃で薄っすら汚れた黒いパンツの裾をはたいた。
そう広くはない研究所なのに、乱雑に読み散らかされた古い書物は分類もいい加減で、対象者の事前調査のための資料を探すことも一苦労。その面倒な作業から逃れようと、お掃除を提案したのはクロだった。
「あんな大量の本、どこから集めてきたのやら」
はたいても落ちない服の汚れを落とすことを諦めて、「戻る前にもう一回やってみるか」と足を少し開いて息をゆっくり吐きだした。
クロは、静かに目を閉じ、ざわざわと枝葉を風に揺らされる中で耳を澄ませた。ただひたすら、正面の大樹の幹が、ギッギッと軋む音だけに集中する。
ふと、枝から木の葉が一枚落ちた。
その一瞬を察知し、気配だけを頼りに一文字に手刀を切った。
「お~なかなかイイ線いってるんじゃねぇか」
自分の足元に散った木の葉を見て、満足そうに煙草の箱を取り出した。木の葉は、中心の葉脈に垂直に、真っ二つに切り裂かれていた。
先の調査で、対象者の大谷堅と腕くらべして以来、クロはこの能力を自在に扱えるようになっていた。物体の気配を読み、方向や威力の加減を判断し、的確に獲物を仕留められる確率も格段に上がってきた。
制御できない能力は怖ろしいだけだが、操られるものならば、こんなに頼もしいものはない。自衛だけでなく、対象者を守護することにも役立つ。
「さて、あんまり油売ってると、雇い主様の狐顔が般若になっちまうと厄介だから戻るかな」
ふぅっと煙を吐き出して、研究所へ足を向けた。
その視界に、気になるものがあった。
「なんだ、あれ?」
樫の老木の下にポツンと置かれた石がある。
こんな山奥の森の中では見かけない、人の頭ほどの白く丸い石が、木の根元のこんもりと隆起した地面の天辺に乗っている。いや、据えられていると言った方がしっくりくるか。
「何かの墓か?」
そういえば、シロが飼育していた実験動物の死骸を森のどこかに埋葬したと聞いたことがあった。
今現在は、白貂の茜を数に入れないならば、飼育されている動物は一匹もいない。人間の特殊能力者を研究しているという男が、動物を使って何を研究しているだろう・・・
「ま、俺には関係ねぇや」
雇い主の目的など、自分にはどうでもいい。自分の過去を思い出せる日まで、食べて、寝て、退屈しない程度の仕事があればそれでいい。今は。
「茜がベラベラしゃべるのも、オヤジが何か実験したからなのかな?」
くわえていた煙草の灰を落としながら、今度そのことを訊いてみようかなんてぼんやり考えた。そして、いまいち腹の中を読めないシロの人を小馬鹿にしたような狐顔を思い浮かべ、歩き始めた。
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