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千歳の娘・四
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魚住ユミの母・ハルはユミの母ではなかった。
ハルは、身分を移し替える前のユミ本人だった。
不老長寿の〈人魚〉の肉を食べた者の血を引き、常人よりも長寿の女が生まれやすい魚住家は、その特異な一族が好奇の目に晒されないよう、奥座敷に匿い、決して表に出さないように暮らしてきた。もしその正体が周囲に知れてしまったら、どんな災いが一族に及ぶか・・・
その者が存在しなかったことにする、苦肉の策だった。
ユミこと、ハルが生まれた頃には、一族に〈人魚〉の特性を強く引き継いだ者はいなくなっていた。
彼女が成人して数十年経った頃には、近い親類は年老いて、身の回りを世話できる者もいなくなっていた。
自分の年よりも若い家族、自分の祖父母のような容姿になってしまった甥や姪、その子、その孫たちをこれ以上煩わせてはいけない・・・
そう決心したハルは、何十年も閉じこもっていた座敷を抜け、海辺の故郷から逃げたのだった。
その後、縁あって知り合った旧家の跡取り息子の口利きにより、一般社会で自立できるように支援してもらい暮らしていたそうだ。身分証も必要に応じて差し替えていくので、シロもハルとユミを別人と認識していたようだ。
ユミの後見人となったその旧家は、代々不思議なモノを取り仕切る役目を負っているのだから、いつでも頼ってきてかまわないと彼女を支えてくれていたそうだった。
「魚住」の姓を名乗り続けることは、彼女が自分が何者であるのかを見失わないためなのだという。
戸籍にない時代には、もっと自由な生き方ができたのだろうか・・・
クロが事件後、研究所の調査員だったと身元を明かした時のひどく落胆した瞳で、「もう二度と会うことはないでしょう」と告げた、別れ際の彼女が必死につくった笑顔が痛々しくて忘れられそうになかった。
彼女がこれからの長い生涯で、いつの日か、心から愛せる本当の相手に出会えることを願うことしかできなかった。
「結局は、あの家の庇護の下暮らしていたということですか。またあの家が関わって・・・迂闊には手出しできないということですね。まぁ、予想はしていなくもなかったのですが、実に面白くない真相です」
心底不愉快だというふうに口を結んで、「ご苦労様でした」とぞんざいに報告書を机に放り、湯飲みを手に取った。
「それより、クロくん。君には何か、特殊な能力がそうじゃないですか。ぜひ調査させていただきたいですね」
今まで見せたことのない満面の笑みを浮かべ、シロは自分に背を向けて煙草を吸うクロに声をかけた。優し気な表情とは裏腹に、その声には拒絶を許さないという圧力を感じる。
「そんなこと言われたって、俺だってなんだか分かんねぇよ。無我夢中だったし、今やってみろって言われても何も出ないしさ」
クロはそう言って、腕で空を切って見せた。
あの時、対象者を守ろうとしたクロは、暴漢の突きつけたナイフを素手で跳ね飛ばした。彼の手のひらから、まるで風の刃が放たれたかのように、男の腕ごと中空を切り裂いたのだった。
「かまいたち・・・」
その状況を興奮気味に報告した茜に、シロは目を輝かせて呟いた。
とても貴重なオモチャを目の前にした子供もように青白い狐顔をほんのり紅潮させて。
その時のシロの様子を思い返し、茜は胸騒ぎがした。もしかしたら、自分は何か大きな間違いを犯してしまったのではないか・・・?
暴漢を撃退した時の状況を再現するように指示され、億劫がりながらも失った記憶を呼び起こす手がかりになればとクロも従い、何度も腕を振り回している。
「アタシの杞憂ならいいけど」
漠然とした不安を胸の奥に押し沈めて、茜は腕をぶんぶん振り切り続ける男たちの滑稽な姿を見守った。
特殊能力者の調査が1件、終了した。
ハルは、身分を移し替える前のユミ本人だった。
不老長寿の〈人魚〉の肉を食べた者の血を引き、常人よりも長寿の女が生まれやすい魚住家は、その特異な一族が好奇の目に晒されないよう、奥座敷に匿い、決して表に出さないように暮らしてきた。もしその正体が周囲に知れてしまったら、どんな災いが一族に及ぶか・・・
その者が存在しなかったことにする、苦肉の策だった。
ユミこと、ハルが生まれた頃には、一族に〈人魚〉の特性を強く引き継いだ者はいなくなっていた。
彼女が成人して数十年経った頃には、近い親類は年老いて、身の回りを世話できる者もいなくなっていた。
自分の年よりも若い家族、自分の祖父母のような容姿になってしまった甥や姪、その子、その孫たちをこれ以上煩わせてはいけない・・・
そう決心したハルは、何十年も閉じこもっていた座敷を抜け、海辺の故郷から逃げたのだった。
その後、縁あって知り合った旧家の跡取り息子の口利きにより、一般社会で自立できるように支援してもらい暮らしていたそうだ。身分証も必要に応じて差し替えていくので、シロもハルとユミを別人と認識していたようだ。
ユミの後見人となったその旧家は、代々不思議なモノを取り仕切る役目を負っているのだから、いつでも頼ってきてかまわないと彼女を支えてくれていたそうだった。
「魚住」の姓を名乗り続けることは、彼女が自分が何者であるのかを見失わないためなのだという。
戸籍にない時代には、もっと自由な生き方ができたのだろうか・・・
クロが事件後、研究所の調査員だったと身元を明かした時のひどく落胆した瞳で、「もう二度と会うことはないでしょう」と告げた、別れ際の彼女が必死につくった笑顔が痛々しくて忘れられそうになかった。
彼女がこれからの長い生涯で、いつの日か、心から愛せる本当の相手に出会えることを願うことしかできなかった。
「結局は、あの家の庇護の下暮らしていたということですか。またあの家が関わって・・・迂闊には手出しできないということですね。まぁ、予想はしていなくもなかったのですが、実に面白くない真相です」
心底不愉快だというふうに口を結んで、「ご苦労様でした」とぞんざいに報告書を机に放り、湯飲みを手に取った。
「それより、クロくん。君には何か、特殊な能力がそうじゃないですか。ぜひ調査させていただきたいですね」
今まで見せたことのない満面の笑みを浮かべ、シロは自分に背を向けて煙草を吸うクロに声をかけた。優し気な表情とは裏腹に、その声には拒絶を許さないという圧力を感じる。
「そんなこと言われたって、俺だってなんだか分かんねぇよ。無我夢中だったし、今やってみろって言われても何も出ないしさ」
クロはそう言って、腕で空を切って見せた。
あの時、対象者を守ろうとしたクロは、暴漢の突きつけたナイフを素手で跳ね飛ばした。彼の手のひらから、まるで風の刃が放たれたかのように、男の腕ごと中空を切り裂いたのだった。
「かまいたち・・・」
その状況を興奮気味に報告した茜に、シロは目を輝かせて呟いた。
とても貴重なオモチャを目の前にした子供もように青白い狐顔をほんのり紅潮させて。
その時のシロの様子を思い返し、茜は胸騒ぎがした。もしかしたら、自分は何か大きな間違いを犯してしまったのではないか・・・?
暴漢を撃退した時の状況を再現するように指示され、億劫がりながらも失った記憶を呼び起こす手がかりになればとクロも従い、何度も腕を振り回している。
「アタシの杞憂ならいいけど」
漠然とした不安を胸の奥に押し沈めて、茜は腕をぶんぶん振り切り続ける男たちの滑稽な姿を見守った。
特殊能力者の調査が1件、終了した。
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