7 / 41
千歳の娘・二
しおりを挟む
背中の毛がぞわぞわ波打っている。
茜は苛立つ気持ちを隠そうともせず、抗議するように尻尾で書棚を叩いた。そんな彼女を気にする様子もない所長のシロと調査員のクロは、資料として使っている古文書を広げ、今回の調査についての打ち合わせをしている。
「なぁ、オヤジ。対象者の魚住の女が男嫌いって、それマジなの?」
クロは口に煙草をくわえたまま、器用に質問した。「オヤジ」という単語に一瞬顔を引きつらせたシロは、その件には触れず、答えた。
「詳しくは知りませんが、おそらく魚住の血筋の特徴ではなく、対象者個人の気質なのだと思います。過去に何か嫌な経験をしたのか、そのように育てられてきたのか・・・僕の予想では、魚住ユミの年齢は推定40歳、行方不明になった前回の対象者である彼女の母親は当時70近い年齢を参考にしたものですが・・・いつ子供を出産したか不明ですよ」
シロはブラックコーヒーを一口啜り、また資料を読み始めた。
「40?・・・全然そんな年には見えなかったけどな。化粧でごまかしているって感じもねぇし、背は高ぇけど、かなり華奢で、腕なんか折れそうなくらいだったし、肌も真っ白で・・・」
「え?クロ君、対象者に接触したのですか?今回は能力の詳細は多くの資料が残っているので、前回同様に失踪されてしまった二の舞にならないように、男性不信の傾向を踏まえ、不用意に接触せず、彼女と母親との現在の関係や、その生活形態など身辺調査をするようにと指示したはずですが」
いつもは空いているか閉じているか判断できない糸目を、飛び切り開いてクロを見つめた。
「いつも対象者への接触を億劫がるクロ君が、進んで関わり合おうとした、と・・・それで茜嬢がご立腹なのですね」
と納得したように書棚の天辺でヘビのようにとぐろを巻いている白貂を見上げた。
「美人だから、ちょっかい出したくなったのよね!いやらしい!」
「はぁ?対象者が危険にさらされたら・・・いや、男として、女性が襲われかけたら助けるって普通じゃねぇ?お前はあの場にいなかったから、あの緊迫した状況が判らないんだよ」
「へぇ~どんな人でも助けるのね?ゴリゴリのヤンキーでも?世間を斜に見ているようなスレたおっさんでも?」
「ったり前だろ?たとえ俺よりでけぇ野郎でも、アメコミヒーロー並みに駆けつけて救ってやるよ」
「嘘くさいわ~、絶対面倒くさがって傍観してるだけよ」
「んだと、ババァ!降りてこい!」
二人の口喧嘩に気を取られることなく、シロは資料の確認に没頭していた。
〈人魚〉の血を引くとされ、不老長寿の者が生まれやすい魚住一族の生活形態の詳細は不明だった。
今回の対象者であるユミの母にもコンタクトを取ろうと苦労の末に接触には成功したが、調査開始した翌日、忽然と姿を消してしまった。
まるで神隠しにでもあったかのように。
特殊な能力を隠しながら、常人として暮らし続けられる方法が謎だ。彼らの一生は、人間の寿命を比べ桁違いに長いと言われている。
一体どうやって、この現代を生き抜いているのか・・・
ふふっ、とシロは笑った。
自分とは、真逆の体質の一族の知恵。
シロは目を閉じ、天井を仰いだ。望むものと授かるものは、どうしてこうもかけ離れているのだろうか。
「おい、オヤジ!アンタからも言ってくれよ。緊急事態に直面したら、接触不要だった対象者に接することになっても仕方ないものだったって。アンタも男なら、女性が怖い思いしてたら助けるだろ?」
静かな思考を、乱暴な大声で邪魔されたシロは、白貂に喉元をひっかかれているクロを恨みがましく睨んだ。
「誰がオヤジですか!僕は君の父親ではないし、そんな年でもありませんよ!」
「やっぱりシロも美人だったら積極的に近づこうとするの?美人の前だったら虚弱体質でも口説き落とそうって、スケベ根性が湧いてくるの?」
「あ、茜さん。それは少々ひどくないですか?僕のこの紳士的で知的な振る舞いをいつも見ていれば分るでしょう?」
「分かんねぇぞ?並みの男より群を抜いてスケベかもしれねぇよ、こういう変態チックなインテリは」
「クロくん!」
口喧嘩は1対1から三つ巴戦となり、山奥に騒がしい声が響き渡った。
茜は苛立つ気持ちを隠そうともせず、抗議するように尻尾で書棚を叩いた。そんな彼女を気にする様子もない所長のシロと調査員のクロは、資料として使っている古文書を広げ、今回の調査についての打ち合わせをしている。
「なぁ、オヤジ。対象者の魚住の女が男嫌いって、それマジなの?」
クロは口に煙草をくわえたまま、器用に質問した。「オヤジ」という単語に一瞬顔を引きつらせたシロは、その件には触れず、答えた。
「詳しくは知りませんが、おそらく魚住の血筋の特徴ではなく、対象者個人の気質なのだと思います。過去に何か嫌な経験をしたのか、そのように育てられてきたのか・・・僕の予想では、魚住ユミの年齢は推定40歳、行方不明になった前回の対象者である彼女の母親は当時70近い年齢を参考にしたものですが・・・いつ子供を出産したか不明ですよ」
シロはブラックコーヒーを一口啜り、また資料を読み始めた。
「40?・・・全然そんな年には見えなかったけどな。化粧でごまかしているって感じもねぇし、背は高ぇけど、かなり華奢で、腕なんか折れそうなくらいだったし、肌も真っ白で・・・」
「え?クロ君、対象者に接触したのですか?今回は能力の詳細は多くの資料が残っているので、前回同様に失踪されてしまった二の舞にならないように、男性不信の傾向を踏まえ、不用意に接触せず、彼女と母親との現在の関係や、その生活形態など身辺調査をするようにと指示したはずですが」
いつもは空いているか閉じているか判断できない糸目を、飛び切り開いてクロを見つめた。
「いつも対象者への接触を億劫がるクロ君が、進んで関わり合おうとした、と・・・それで茜嬢がご立腹なのですね」
と納得したように書棚の天辺でヘビのようにとぐろを巻いている白貂を見上げた。
「美人だから、ちょっかい出したくなったのよね!いやらしい!」
「はぁ?対象者が危険にさらされたら・・・いや、男として、女性が襲われかけたら助けるって普通じゃねぇ?お前はあの場にいなかったから、あの緊迫した状況が判らないんだよ」
「へぇ~どんな人でも助けるのね?ゴリゴリのヤンキーでも?世間を斜に見ているようなスレたおっさんでも?」
「ったり前だろ?たとえ俺よりでけぇ野郎でも、アメコミヒーロー並みに駆けつけて救ってやるよ」
「嘘くさいわ~、絶対面倒くさがって傍観してるだけよ」
「んだと、ババァ!降りてこい!」
二人の口喧嘩に気を取られることなく、シロは資料の確認に没頭していた。
〈人魚〉の血を引くとされ、不老長寿の者が生まれやすい魚住一族の生活形態の詳細は不明だった。
今回の対象者であるユミの母にもコンタクトを取ろうと苦労の末に接触には成功したが、調査開始した翌日、忽然と姿を消してしまった。
まるで神隠しにでもあったかのように。
特殊な能力を隠しながら、常人として暮らし続けられる方法が謎だ。彼らの一生は、人間の寿命を比べ桁違いに長いと言われている。
一体どうやって、この現代を生き抜いているのか・・・
ふふっ、とシロは笑った。
自分とは、真逆の体質の一族の知恵。
シロは目を閉じ、天井を仰いだ。望むものと授かるものは、どうしてこうもかけ離れているのだろうか。
「おい、オヤジ!アンタからも言ってくれよ。緊急事態に直面したら、接触不要だった対象者に接することになっても仕方ないものだったって。アンタも男なら、女性が怖い思いしてたら助けるだろ?」
静かな思考を、乱暴な大声で邪魔されたシロは、白貂に喉元をひっかかれているクロを恨みがましく睨んだ。
「誰がオヤジですか!僕は君の父親ではないし、そんな年でもありませんよ!」
「やっぱりシロも美人だったら積極的に近づこうとするの?美人の前だったら虚弱体質でも口説き落とそうって、スケベ根性が湧いてくるの?」
「あ、茜さん。それは少々ひどくないですか?僕のこの紳士的で知的な振る舞いをいつも見ていれば分るでしょう?」
「分かんねぇぞ?並みの男より群を抜いてスケベかもしれねぇよ、こういう変態チックなインテリは」
「クロくん!」
口喧嘩は1対1から三つ巴戦となり、山奥に騒がしい声が響き渡った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
女性画家と秘密のモデル
矢木羽研
大衆娯楽
女性画家と女性ヌードモデルによる連作です。真面目に絵を書く話で、百合要素はありません(登場人物は全員異性愛者です)。
全3話完結。物語自体は継続の余地があるので「第一部完」としておきます。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
後悔と快感の中で
なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私
快感に溺れてしまってる私
なつきの体験談かも知れないです
もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう
もっと後悔して
もっと溺れてしまうかも
※感想を聞かせてもらえたらうれしいです
【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》
小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です
◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ
◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます!
◆クレジット表記は任意です
※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください
【ご利用にあたっての注意事項】
⭕️OK
・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用
※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可
✖️禁止事項
・二次配布
・自作発言
・大幅なセリフ改変
・こちらの台本を使用したボイスデータの販売
渚のバースデー(3/22編集)
狂言巡
大衆娯楽
Happy birthday. I always hope your happiness. A year full of love.
『後輩/徒し世』シリーズの登場人物のお誕生日にまつわる短編小説です。恋愛要素が濃い目。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる