西上総神通力研究所

智春

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千歳の娘・二

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背中の毛がぞわぞわ波打っている。

茜は苛立つ気持ちを隠そうともせず、抗議するように尻尾で書棚を叩いた。そんな彼女を気にする様子もない所長のシロと調査員のクロは、資料として使っている古文書を広げ、今回の調査についての打ち合わせをしている。

「なぁ、オヤジ。対象者の魚住の女が男嫌いって、それマジなの?」

クロは口に煙草をくわえたまま、器用に質問した。「オヤジ」という単語に一瞬顔を引きつらせたシロは、その件には触れず、答えた。

「詳しくは知りませんが、おそらく魚住の血筋の特徴ではなく、対象者個人の気質なのだと思います。過去に何か嫌な経験をしたのか、そのように育てられてきたのか・・・僕の予想では、魚住ユミの年齢は推定40歳、行方不明になった前回の対象者である彼女の母親は当時70近い年齢を参考にしたものですが・・・いつ子供を出産したか不明ですよ」

シロはブラックコーヒーを一口啜り、また資料を読み始めた。

「40?・・・全然そんな年には見えなかったけどな。化粧でごまかしているって感じもねぇし、背は高ぇけど、かなり華奢で、腕なんか折れそうなくらいだったし、肌も真っ白で・・・」

「え?クロ君、対象者に接触したのですか?今回は能力の詳細は多くの資料が残っているので、前回同様に失踪されてしまった二の舞にならないように、男性不信の傾向を踏まえ、不用意に接触せず、彼女と母親との現在の関係や、その生活形態など身辺調査をするようにと指示したはずですが」

いつもは空いているか閉じているか判断できない糸目を、飛び切り開いてクロを見つめた。

「いつも対象者への接触を億劫がるクロ君が、進んで関わり合おうとした、と・・・それで茜嬢がご立腹なのですね」

と納得したように書棚の天辺でヘビのようにとぐろを巻いている白貂を見上げた。

「美人だから、ちょっかい出したくなったのよね!いやらしい!」

「はぁ?対象者が危険にさらされたら・・・いや、男として、女性が襲われかけたら助けるって普通じゃねぇ?お前はあの場にいなかったから、あの緊迫した状況が判らないんだよ」

「へぇ~どんな人でも助けるのね?ゴリゴリのヤンキーでも?世間を斜に見ているようなスレたおっさんでも?」

「ったり前だろ?たとえ俺よりでけぇ野郎でも、アメコミヒーロー並みに駆けつけて救ってやるよ」

「嘘くさいわ~、絶対面倒くさがって傍観してるだけよ」

「んだと、ババァ!降りてこい!」

二人の口喧嘩に気を取られることなく、シロは資料の確認に没頭していた。

〈人魚〉の血を引くとされ、不老長寿の者が生まれやすい魚住一族の生活形態の詳細は不明だった。
今回の対象者であるユミの母にもコンタクトを取ろうと苦労の末に接触には成功したが、調査開始した翌日、忽然と姿を消してしまった。
まるで神隠しにでもあったかのように。

特殊な能力を隠しながら、常人として暮らし続けられる方法が謎だ。彼らの一生は、人間の寿命を比べ桁違いに長いと言われている。

一体どうやって、この現代を生き抜いているのか・・・

ふふっ、とシロは笑った。

自分とは、真逆の体質の一族の知恵。
シロは目を閉じ、天井を仰いだ。望むものと授かるものは、どうしてこうもかけ離れているのだろうか。

「おい、オヤジ!アンタからも言ってくれよ。緊急事態に直面したら、接触不要だった対象者に接することになっても仕方ないものだったって。アンタも男なら、女性が怖い思いしてたら助けるだろ?」

静かな思考を、乱暴な大声で邪魔されたシロは、白貂に喉元をひっかかれているクロを恨みがましく睨んだ。

「誰がオヤジですか!僕は君の父親ではないし、そんな年でもありませんよ!」

「やっぱりシロも美人だったら積極的に近づこうとするの?美人の前だったら虚弱体質でも口説き落とそうって、スケベ根性が湧いてくるの?」

「あ、茜さん。それは少々ひどくないですか?僕のこの紳士的で知的な振る舞いをいつも見ていれば分るでしょう?」

「分かんねぇぞ?並みの男より群を抜いてスケベかもしれねぇよ、こういう変態チックなインテリは」

「クロくん!」

口喧嘩は1対1から三つ巴戦となり、山奥に騒がしい声が響き渡った。

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