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プロローグ
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しとしと雨の降る森の中に、ギィッと古びた扉の開く音がした。
「おやおや、遭難者でしょうかね。こんな山奥に、こんな天気に・・・」
狐面のような糸目の男は傘を肩に添え、ぬかるみに白衣が汚れぬようにまくり上げ、建物の玄関口に倒れこんでいる者のそばに屈んだ。
木々の梢から落ちた滴が艶やかな髪を芯から濡らしている。どれくらいこの場に倒れていたのか。
白衣の男の気配に気づいたその者は、ゆっくり顔を上げた。
「ここは・・・?」
真っ黒な髪が浅黒い顔を半ば隠している。髪の奥の瞳も闇のように暗いが、生気はなく、虚ろに正面にいる痩身の男を映している。
「ここは僕の研究所です。君はどこから来たの?市街地からは相当離れているけど、歩いてきたの?」
「・・・・・・」
自分でもどこから来たのか、何も覚えていない。
どこから来たか以前に、自分が何者なのかさえはっきり分からない。
起き上がり、自分自身の格好を確認した。
黒色の着物に袴姿、履いている足袋も黒く、足元は長い間歩き続けたような泥じみがいたるところに付いて汚れている。
それ以外の持ち物はなにも身に着けていなかった。
「中へどうぞ。温かいコーヒーでも差し上げましょう。今日は雨ですが、僕はあまり屋外に出ていることが得意ではないので」
しばらく答えを待っていた研究所の所長と名乗る男は、じっと俯いているだけの黒衣の男を誘った。
倒れていた黒づくめの彼とは対照的に、所長は色白で髪の白い男だ。
「遠慮はいりません。さぁ、いらっしゃい」
細めた男の瞳は、一瞬赤く見えた気がした。
・・・この男について行っていいのか?
一瞬、不安がよぎったものの、黒衣の男は白髪の所長に肩を抱えられながら、廃屋のように古びた研究所のドアへ消えていった。
「おやおや、遭難者でしょうかね。こんな山奥に、こんな天気に・・・」
狐面のような糸目の男は傘を肩に添え、ぬかるみに白衣が汚れぬようにまくり上げ、建物の玄関口に倒れこんでいる者のそばに屈んだ。
木々の梢から落ちた滴が艶やかな髪を芯から濡らしている。どれくらいこの場に倒れていたのか。
白衣の男の気配に気づいたその者は、ゆっくり顔を上げた。
「ここは・・・?」
真っ黒な髪が浅黒い顔を半ば隠している。髪の奥の瞳も闇のように暗いが、生気はなく、虚ろに正面にいる痩身の男を映している。
「ここは僕の研究所です。君はどこから来たの?市街地からは相当離れているけど、歩いてきたの?」
「・・・・・・」
自分でもどこから来たのか、何も覚えていない。
どこから来たか以前に、自分が何者なのかさえはっきり分からない。
起き上がり、自分自身の格好を確認した。
黒色の着物に袴姿、履いている足袋も黒く、足元は長い間歩き続けたような泥じみがいたるところに付いて汚れている。
それ以外の持ち物はなにも身に着けていなかった。
「中へどうぞ。温かいコーヒーでも差し上げましょう。今日は雨ですが、僕はあまり屋外に出ていることが得意ではないので」
しばらく答えを待っていた研究所の所長と名乗る男は、じっと俯いているだけの黒衣の男を誘った。
倒れていた黒づくめの彼とは対照的に、所長は色白で髪の白い男だ。
「遠慮はいりません。さぁ、いらっしゃい」
細めた男の瞳は、一瞬赤く見えた気がした。
・・・この男について行っていいのか?
一瞬、不安がよぎったものの、黒衣の男は白髪の所長に肩を抱えられながら、廃屋のように古びた研究所のドアへ消えていった。
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