僕と松姫ちゃんの妖怪日記

智春

文字の大きさ
上 下
54 / 66

たった一人の味方

しおりを挟む
日時不明・3


猩々はとても無垢でおとなしい妖怪だった。

大柄で荒々しい姿や仮面のせいで表情は読み取れないけど、傷つけまいと気遣う指や低くゆっくりした声色でその内面が充分伝わってくる。

彼を集落から遠ざけようとする祖父ちゃんや父さんには共感できないよ。こんな暗い洞窟に隠れるように棲んでいるなんてかわいそうだよ。
僕ら家族を好きだというのに、獣相手に一人寂しく・・・

他の神様や妖怪みたいに、自由に遊びに来てくれたらいいのに。

「そっか。僕が仲を取り持ってあげればいいんだ」

そうだよ、僕が祖父ちゃんたちに猩々は危険な妖怪じゃないって納得させられたらいいんだよ。清蟹くんみたいに、しがらみなんて気にしないで思うままにしていいじゃん。

僕があれこれ考えていると、ずっと丸まっていた猩々が「あきお」と祖父ちゃんの名前を口にした。

「あきお、あし、なおった?くるしい、いたい、なくなった?」

猩々は、毛皮に埋もれた仮面をちょっとだけ覗かせて訊いてきた。泣いていたから、少しだけ声が上ずっている。

「祖父ちゃんが怪我したこと知ってるんだ?」

「しってる。でも、あきお、いない」

「今ね、市街の病院に入院してて家にはいないけど、脱走してくるくらい元気だから大丈夫だよ」

「よかった」

そう言って、猩々はまた丸まった。

ん?そう言えば、祖父ちゃんの怪我の原因って、猿を追っかけて土手を滑落したって言ってなかったっけ?猿って、猩々が連れてる猿たち?いつも祖父ちゃんの田畑を荒らして被害を与えてる猿の集団って、まさか猩々が仕向けているんじゃないよね?

「そう言えば、天狗が大猿に・・・」

枝豆畑を荒らしていた猿の集団に「山に帰って主人に伝えろ」って怒鳴っていた。その主人って、猩々のことだよね?自分で獣の主って言ってたし、人違いじゃないよね。
確かあの時、天狗は僕に手を出すなって言っていたっけ。

優しく穏和な猩々と、集落を荒らして厄介者の猩々・・・
どっちが本当なんだろう?

「そんなの、調べようがないじゃん」

僕の側でじっと丸まっている大きな猩々の背中を撫でた。くすぐったいのか、ピクンっと動いて仮面がこっちを向いた。

「せなか、かゆくない。わしわし、いらない」

「あれ?もしかして、くすぐったいんじゃない?どこ?この辺が弱いの?ねぇ」

「だ、だめ!さわらない、やっ、やめて」

「やだ!」

毛皮をバサバサ揺らして、猩々は身をよじって逃げた。
分厚い毛皮を巻き付けた内側の筋肉質な体は、以外にもかなり敏感みたいだ。特に腰と脇腹が。そのギャップが面白くて、逃げ回る彼に馬乗りになってくすぐりまくった。

ほら、怖くないじゃん。
見た目はデカくてヤバそうけど、スゴく可愛い妖怪じゃん。

「だいき、やめて!しょうじょう、か、からだ、きゅって、なる。しょうじょう、へん、だから」

「くすぐられたことないんだね。猿にはこんなことされないでしょ?全然変じゃないよ。力を抜いて笑えばいいんだよ」

さっきまでしょんぼり身を縮めていた猩々は仰向けになって転がって、仮面の向こうから笑い声が漏れてきた。その声は徐々に大きくなっていって、洞窟内にガンガン響いた。
よかった、やっと笑ってくれた。

「だいき、しょうじょう、きらい?うひひっ、わしわし、ひぃ、やめて!」

「嫌いなわけないよ。猩々は何度も僕を助けてくれてるし、大好きだよ」

「すき?」

「うん」

気を許している相手に体を触られるとくすぐったく感じるって、何かで読んだことがある。それがホントなら、猩々は僕が好きだと言うことになるよね。

「決めたよ。僕が味方になってあげる。みんなが猩々をどう思おうと、僕だけは絶対嫌ったりしないよ」

この妖怪が人の嫌がるようなことをするとは思えないよ。もしそうだったとしても、きっと何かワケがあると思う。

笑い疲れてぐったりした大きな背中に抱きついて、ふかふかの毛皮に頬を乗せた。回した腕にぎゅっと力を込めて、今の決意を心の中で誓った。
その時にふわっと漂う獣の臭いと一緒に、日向の香りがして胸が温かくなった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

人形の中の人の憂鬱

ジャン・幸田
キャラ文芸
 等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。 【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。 【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...