僕と松姫ちゃんの妖怪日記

智春

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蟹の化身来る

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7日7日夜


玄関に着物姿の子供がいる。

「昭夫殿はおられるか。きよが参ったと伝えられよ」

「祖父ちゃん?」

気の強そうな面構えの子だな。この雰囲気、やっぱり近所の人じゃない。小さいなぁ。松姫ちゃんくらいかな。

「大希、こやつは蟹じゃ」

「え?」

「毎年、昭夫に相撲を挑んでくる蟹じゃよ」

この子が!?祖父ちゃん、あんた鬼か?こんな小さい子を投げ飛ばしてたの?

「左様。我は川の淵に祀られておる、清蟹権現きよかにごんげんの化身でござる。昭夫殿との約束にて参った」

「祖父ちゃんは怪我をして入院中。今は留守なんだよ」

「留守!」

祖父ちゃんの不在を伝えると、清蟹と名乗った男の子は今にも泣きそうな顔になった。
それでも歯を食いしばって平静を装っている彼に、僕に抱かれている松姫ちゃんが「またちいそうなった」と言った。

「何が小さくなったの?」

「蟹じゃ。昨年より、さらに小そうなった」

「何それ?」

「このまま縮み続ければ、いずれ消えてなくなってしまうであろうな。憐れじゃのう」

松姫ちゃんの言葉に、玄関先で涙をこらえていた男の子の顔はついに崩れた。

「うわぁぁぁん!!」

「え!ちょっと待って、落ち着いて?」

ギャン泣きする男の子を松姫ちゃんと一所に抱えて、取りあえず家の中に入ってもらった。
僕ひとりしかいないはずの家から子供の泣き声なんて聞こえたら、何かいかがわしいことしてるって思われちゃうよ。

「もう大丈夫?」

「か、かたじけない」

冷たい麦茶を飲ませてクールダウンさせた蟹の化身に、どうして取り乱したのか訳を聞いた。彼はしょんぼり下を向いたまま、ポツポツと話してくれた。

「皆がわれを忘れてゆくから、我の存在はね年を追うごとに弱まり、化身となれる霊力も失いつつあるのでござる。ゆくゆくは、松姫の言うとおり、消えてしまうのだろう」

静かに告白した彼の頬にまた涙が伝う。

信仰が廃れた神様の霊力は弱まっていくらしく、この清蟹権現もいつか忘れ去られて消えるのが怖いと言う。
この集落も、父さんのように若い世代は他所へ出て行ってしまい、信仰を引き継ぎ守ること自体が難しくなった。
蟹の伝説を語り継ぐ人もいない。

「忘れて欲しくない」

絞り出すような声に涙があふれた。

「昭夫殿には祟ると脅してしまったが、本心は、ずっと気にかけていて欲しかっただけであるのでござる。情けないが、祟る力もすでに失ってしまっておる」

あぁ、この子は自分を忘れて欲しくなかっただけだったんだ。
毎年集落で貢ぎ物を要求して回ったことも、祠に参りに来なくなった住人たちに、自分の存在を思い出させる行動だったのかもしれない。なりふり構わず、必死で。

「清、最初から素直にそう申せば良いのじゃ。相撲など取らずとも、昭夫たちはいつでも出迎えてくれたであろう」

「寂しかったんだね。みんなが清蟹くんを忘れちゃうことが」

「だが、我は・・・わ、我は、落ちぶれても神の化身であるゆえ、そ、そのようなあさましく私欲のために・・・うぅ」

麦茶が入ったグラスを握って、小さな男の子は肩を震わせた。
神様であると強がっていても、スゴく心細かったんだな。いつか消えてしまっても、誰にも気づかれない神様。

「清蟹くん、年に一度じゃなくても好きなときに家においでよ。祖父ちゃんは留守だけど、今年の夏はずっと僕がいるから、たくさん遊ぼう」

「さ、左様か?」

「うん 。それと祠の場所も教えて。誰かがお参りしてたら消えないんでしょ?なら僕がずっと通うよ」

「!!」

今までは、祖父ちゃんと祖母ちゃんだけが通っていたらしい。あんな乱暴な祖父ちゃんだけど、人情は厚い。

「じゃ、清蟹くんも七夕の短冊書く?神様が願い事をするなんて妙だけど、お祭りってことでどうかな?」

「良いのか?」

「もちろん。まだ短冊あるから、書いてあげるよ」

猿との抗争によって生まれた神様と祖父ちゃんの交流が僕まで繋がった。こういう不思議なモノとの出会いも悪くないと思った。

マッチョな蟹の化身と一族運命を賭けた相撲の勝負をしなくて済んで良かった。


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