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5.だれしも過去を抱えている

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 おじいちゃんに二階の部屋を使いなさいと言われて、私とお母さんはおばあちゃんの仏壇が置いてある和室へと足を踏み入れた。
 ……何故か、直哉も。

(なんで、直哉もついてきてるの?)
 仏壇で手を合わせるお母さんの後ろでこっそりと直哉に聞くと、八の字眉になって明らかに困っていた。
(俺だって知らないよ。藤一郎さんについていて欲しいって言われたんだ)

 おじいちゃんが?
 不思議に思っていると、階段をのぼる足音がして、トレーに麦茶を乗せたおじいちゃんが部屋に入ってきた。
 三人分の麦茶をテーブルに静かに置いて、お母さんと向き合う形になった。

「千代子さん。あなたも思うところは色々あるだろう。だけどね、夕映はもう小さな子供じゃない。ここにバイトに来るようになって、夕映と頻繁に顔を合わせるようになったから、わたしも少しは夕映のことも見てきたつもりだ。夕映だってちゃんと自分の思いがあって選択した道を歩いているんだ。どうか聞いてやって欲しい」
 そう、お母さんに向かっておじいちゃんが頭を下げた。

「おじいちゃん……」
「それに、千代子さんだって頭ごなしに反対しているわけじゃないだろう? ちゃんと理由を夕映に話してごらんなさい」

「お義父さん……」
 おじいちゃんの言葉に、お母さんは戸惑ったような表情をしながらも、おじいちゃんに深く頭を下げた。
「色々と、ありがとうございます」
 毎日一緒にいるはずなのに、お母さんの顔をここしばらくちゃんと見ていなかった気がする。
 なんだか、疲れた顔してる? 表情に覇気がなくて、こんなに背中が丸かったっけ?

「あと、直哉君」
「っはい」
 急に声をかけられて、直哉の声が少し上擦った。
「本当はわたしがついていられるといいんだけど、まだ営業中でね。だから申し訳ないけど、君がついていてくれるかな」
「いや、家族の大事な話に俺なんか……」
 直哉の言い分はもっともだ。親子の話し合いに同席するなんて、居心地悪いに決まってる。
 おじいちゃんはそんな直哉に優しく笑った。

「でもねぇ、この二人。似た者同士で、すぐぶつかるんだよ。あんまり白熱し過ぎるようだったら、遠慮なく止めてやってくれないか」
 冗談交じりだと思うけど、おじいちゃんが笑いながらそう言った。
 でもそれでおじいちゃんに迷惑かけてきた私としては、絶対ないと言い切れないのが、なんとも言えないところ。

「あなた、直哉君だったのね」
 お母さんが驚いた顔をして直哉を見つめていた。
 そうか、お母さんは高校生になった直哉に会ったことがなかったのか。

「あらあら~。小学生の頃はあんなに小さかったのに、随分大きくなったのね。それに……そう。あなたも杜野高校の生徒だったの」
 多分、お母さんの記憶では小学生の頃で止まっているんだ。
 私たちはお互いの家を行き来することはなかったけど、お母さんはミニバスの保護者として大会に同行したりとかしてたから、直哉のことは知ってるもんね。

「はい……お互い知らなかったですが、高校で偶然再会しました」
 偶然、ね。実際のところは直哉が私の後をつけてきたのが正解なんだけど。
「そう、不思議な縁ね。今、ここに来ていたということは、今でも夕映と仲良くしてくれているのね」
 仲良く……仲良く、なのかな。
 小学生の頃とは何かが違う。あの頃みたいに無邪気に一緒にいる関係じゃない。だけど、確かに直哉だからこそ話せたことはある。かつての戦友、みたいなものなのかな。過去をさらけ出したあの日、あれは直哉にしか話せなかったと思う。

「仲良いかはわからないけど、直哉は私の理解者、だよ」
 お母さんにはわかってもらえなかったことを、直哉はわかってくれた。
 私のその言葉に、お母さんはハッとした表情を見せて、少しうつむいた。

「そう。それなら、お義父さんもああ言ってるし、直哉君にもいてもらいましょう。私も第三者がいる方が落ち着いて話せるかもしれないわ」
「……わかり、ました。でしたら、ここにいさせていただきますね」
 お母さんにまで言われてしまえば、直哉ももう心を決めたんだろう。
 私たちより少し離れて、部屋の隅の方で正座した。

「ありがとう、直哉君。じゃあ、夕映。千代子さん。今度はお互いの話にちゃんと耳を傾けながら、話し合うんだよ」
 諭すように私たちの顔を見て、おじいちゃんは静かに部屋を出ていった。
 冷房の音だけが響く静かすぎる部屋で、覚悟を決めるために足の上でグッと力を入れた手を見つめていた。
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