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3.そして向き合う原点
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「メグコーチ!」
モップ掛けをしている子供たちの賑やかな声が響いている中、かき消されないかのように大声を張った直哉の声。
舞台側からこっちへと駆け寄ってきた。
「やーっぱり」
メグコーチの前にしゃがみ込むと、直哉はコーチの足首に巻かれているテーピングに触れた。
「なんすか、このダルダルのテーピング。相変わらず自分のは下手ですね」
「いやぁー、とりあえず巻けばいいかなって」
「子供たちにだったらこんなことしないくせに」
憎まれ口を叩きながらも、直哉は手際よくテーピングを新しく巻き直していく。
その手つきはとても滑らかで、思わず見入ってしまった。
「はい、終わり。ちゃんと自分の身体も大切にしてくださいよ。もう年なんですからね」
「なにを~っ!」
メグコーチに攻撃されるより早く、直哉は笑いながら舞台側に逃げていった。
――あんな無邪気な笑い顔、久しぶりに見たかもしれない。
「ったく。生意気だけど、腕は確かなんだよね」
メグコーチもフッと笑いながら、直哉のテーピングを撫でて確かめる。
「よくあるんですか? 直哉がテーピングすること」
「あ……」
口が滑ったみたいにわかりやすく、メグコーチは顔を強張らせた。
「あんたたち、昔はすごく仲良かったし、今日も一緒に来たみたいだから知ってると思ったんだけど。夕映は直哉から中学生時代のこと、聞いてない?」
直哉の中学生時代?
そういえば私、自分の話はしたけれど、直哉の話は聞いていなかった。
自分の気持ちを吐き出したことで、前より楽になったっていうのに。
情けない。自分のことしか考えていないんだな。
直哉が藤咲じゃなくて杜野高校に来ていて、しかも部活に入っていないってことは、直哉にも何かがあったってことだ。
……聞いたら、教えてくれるのかな。
私の様子をみて察したのか、メグコーチが今度は優しく頭を撫でてくれた。
「直哉も隠しているわけじゃないだろうけど、改めて話すとなるとタイミングとか色々合わなかったのかもね」
そうなのかな。
再会してから、直哉のことはよくわからない。
昔とは違う距離感。それが中学生時代、お互い知らない時間を過ごしたせいなのか。純粋な子供時代を卒業してしまったせいなのか。
ここで過ごした小学生時代は、お互い難しい話をしなくったって、いつも笑いあっていられたのに。
「小学生のまま、いたかったなぁ」
そうすれば、きっと楽しい時間を過ごせていた。
中学で自分の限界と向き合うこともなかった。
キラキラして、楽しかったあの時間が、今はもう遠くて手が届かない。
「なーに言ってんの!」
加減しているだろうものの、メグコーチからの叱咤が背中に届く。
「──いっったぁ~っ」
「あ、ごめん。力加減間違えたかな? ハラスメントとか暴力になっちゃうかしら」
「ふふっ、メグコーチでもそんなこと気にするんですか?」
「するわよ~。コーチとして子供を預かっているんだもの。時代に合った育て方をしていかなくちゃね。日々勉強よ」
時代に合った育て方……。そういえばお母さんとかもよく言ってたなぁ。お母さんが子供の頃は部活の上下関係が厳しかったり、今だったら信じられないような変なルールがあったりしたとか。
「そっか。メグコーチみたいな大人になっても、勉強するのか」
「そうよぉ。夕映なんてまだまだよ。これからいっぱい色んなことを経験して知っていくの。そりゃあ辛いこともいっぱいあるだろうけどね。でも今日さ、ひよりの笑顔、どうだった?」
ひよりちゃん……。
最初に気づいた時には、身体も表情もガチガチで。失敗を怖がっているのがすぐわかった。
周りが上手であればあるほど、自分がここにいるのが場違いなんじゃないかって。
その思いはきっと、今の私だから、気づいてあげられたのかもしれない。
自分より上がいるって思い知った中学生時代の経験があるから……。
「そっか」
「んー? どうした?」
メグコーチには、私の中学生時代の話はしていなかった。でも、なんとなく気づいているんだろうな。
だって子供時代をずっと育ててくれたコーチだもん。
そもそも藤咲に通っていたら、この時間にここにいるはずがないんだ。きっと部活で汗を流しているだろう。
「小学生のままだったら、今日のひよりちゃんを見ても、私は何も感じなかったかもしれない。日々勉強、日々成長ってこういうことかなって」
メグコーチは、私が中学生時代に逃げたしたことを話しても、きっと怒りはしない。
でも私が、メグコーチに呆れられたくなかった。ガッカリされたくなかった。
だから『元気?』の問いに答えられなかったんだ。
やっぱり私は自分が大事で傷つきたくなくて弱虫なんだけど、そんな私を見守ってくれる人が、ここにもいたんだ。
「メグコーチ、今日はありがとうございました」
直哉に強引に連れてこられたけれど、ミニバスの子供たちの笑顔や、久しぶりに会えたメグコーチと話せたことは、私にとってまた少し、前を向けた気がする。
「……少し吹っ切れたみたいね。またおいで。待ってるから」
メグコーチらしい豪快な笑顔に、私は大きく頷いた。
モップ掛けをしている子供たちの賑やかな声が響いている中、かき消されないかのように大声を張った直哉の声。
舞台側からこっちへと駆け寄ってきた。
「やーっぱり」
メグコーチの前にしゃがみ込むと、直哉はコーチの足首に巻かれているテーピングに触れた。
「なんすか、このダルダルのテーピング。相変わらず自分のは下手ですね」
「いやぁー、とりあえず巻けばいいかなって」
「子供たちにだったらこんなことしないくせに」
憎まれ口を叩きながらも、直哉は手際よくテーピングを新しく巻き直していく。
その手つきはとても滑らかで、思わず見入ってしまった。
「はい、終わり。ちゃんと自分の身体も大切にしてくださいよ。もう年なんですからね」
「なにを~っ!」
メグコーチに攻撃されるより早く、直哉は笑いながら舞台側に逃げていった。
――あんな無邪気な笑い顔、久しぶりに見たかもしれない。
「ったく。生意気だけど、腕は確かなんだよね」
メグコーチもフッと笑いながら、直哉のテーピングを撫でて確かめる。
「よくあるんですか? 直哉がテーピングすること」
「あ……」
口が滑ったみたいにわかりやすく、メグコーチは顔を強張らせた。
「あんたたち、昔はすごく仲良かったし、今日も一緒に来たみたいだから知ってると思ったんだけど。夕映は直哉から中学生時代のこと、聞いてない?」
直哉の中学生時代?
そういえば私、自分の話はしたけれど、直哉の話は聞いていなかった。
自分の気持ちを吐き出したことで、前より楽になったっていうのに。
情けない。自分のことしか考えていないんだな。
直哉が藤咲じゃなくて杜野高校に来ていて、しかも部活に入っていないってことは、直哉にも何かがあったってことだ。
……聞いたら、教えてくれるのかな。
私の様子をみて察したのか、メグコーチが今度は優しく頭を撫でてくれた。
「直哉も隠しているわけじゃないだろうけど、改めて話すとなるとタイミングとか色々合わなかったのかもね」
そうなのかな。
再会してから、直哉のことはよくわからない。
昔とは違う距離感。それが中学生時代、お互い知らない時間を過ごしたせいなのか。純粋な子供時代を卒業してしまったせいなのか。
ここで過ごした小学生時代は、お互い難しい話をしなくったって、いつも笑いあっていられたのに。
「小学生のまま、いたかったなぁ」
そうすれば、きっと楽しい時間を過ごせていた。
中学で自分の限界と向き合うこともなかった。
キラキラして、楽しかったあの時間が、今はもう遠くて手が届かない。
「なーに言ってんの!」
加減しているだろうものの、メグコーチからの叱咤が背中に届く。
「──いっったぁ~っ」
「あ、ごめん。力加減間違えたかな? ハラスメントとか暴力になっちゃうかしら」
「ふふっ、メグコーチでもそんなこと気にするんですか?」
「するわよ~。コーチとして子供を預かっているんだもの。時代に合った育て方をしていかなくちゃね。日々勉強よ」
時代に合った育て方……。そういえばお母さんとかもよく言ってたなぁ。お母さんが子供の頃は部活の上下関係が厳しかったり、今だったら信じられないような変なルールがあったりしたとか。
「そっか。メグコーチみたいな大人になっても、勉強するのか」
「そうよぉ。夕映なんてまだまだよ。これからいっぱい色んなことを経験して知っていくの。そりゃあ辛いこともいっぱいあるだろうけどね。でも今日さ、ひよりの笑顔、どうだった?」
ひよりちゃん……。
最初に気づいた時には、身体も表情もガチガチで。失敗を怖がっているのがすぐわかった。
周りが上手であればあるほど、自分がここにいるのが場違いなんじゃないかって。
その思いはきっと、今の私だから、気づいてあげられたのかもしれない。
自分より上がいるって思い知った中学生時代の経験があるから……。
「そっか」
「んー? どうした?」
メグコーチには、私の中学生時代の話はしていなかった。でも、なんとなく気づいているんだろうな。
だって子供時代をずっと育ててくれたコーチだもん。
そもそも藤咲に通っていたら、この時間にここにいるはずがないんだ。きっと部活で汗を流しているだろう。
「小学生のままだったら、今日のひよりちゃんを見ても、私は何も感じなかったかもしれない。日々勉強、日々成長ってこういうことかなって」
メグコーチは、私が中学生時代に逃げたしたことを話しても、きっと怒りはしない。
でも私が、メグコーチに呆れられたくなかった。ガッカリされたくなかった。
だから『元気?』の問いに答えられなかったんだ。
やっぱり私は自分が大事で傷つきたくなくて弱虫なんだけど、そんな私を見守ってくれる人が、ここにもいたんだ。
「メグコーチ、今日はありがとうございました」
直哉に強引に連れてこられたけれど、ミニバスの子供たちの笑顔や、久しぶりに会えたメグコーチと話せたことは、私にとってまた少し、前を向けた気がする。
「……少し吹っ切れたみたいね。またおいで。待ってるから」
メグコーチらしい豪快な笑顔に、私は大きく頷いた。
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