上 下
15 / 55
3.そして向き合う原点

3-3

しおりを挟む
 最寄り駅のあたりで嫌な予感はあった。

 中学の学区は違ったけど、同じ小学校に通っていたんだから、直哉と私の家から電車に乗ろうとすると、同じ駅を使う事になる。
 とはいえお互いの家は学区の端と端だったから徒歩だと三十分くらい離れている。
 その最寄り駅で降りてからバスに乗り、なにも説明のないまま降りたバス停は、私達が通った小学校前だった。

「……なんで」
「最初に説明すると、行かないって言われると思ったからさ」
「そりゃ、言うよ。だって金曜日のこの時間って言ったら……」
 薄暗くなった空の下、体育館の灯がついているのがわかる。
 そう、私たちが通ったミニバスチームの練習日だ。
「ごめん! 今日だけ。今日だけ手伝ってよ」
「はあ?」
 両手で拝んでいた直哉が顔をあげて体育館を指さす。

「俺らの時のメグコーチ、まだミニバスのコーチやってるんだよ」
「メグコーチ?」
 懐かしい名前に思わず反応してしまう。
 メグコーチというのは、私たちがミニバスに所属していた時にお世話になったコーチで、自身もママさんバスケチームに所属している現役のプレイヤーだ。
 結構スパルタだったけど、明るくってみんな大好きだった。

「コーチ、元気?」
「それがさ、今朝、連絡があって階段で足を踏み外して挫いちゃったって」
「――ええ!?」
「聞いた限り、歩けないってわけじゃなさそうだけどさ。一応、今日はコーチ休んだら? って言ったんだ。なのに来るって。わかるだろ? あの人、絶対無理するって」
 直哉の言葉を聞き、豪快に笑いながら痛めた足を「へっちゃら!」って言いながら叩いているメグコーチが思い浮かぶ。
 うん、あの人ってそういう人だよね。

「でもコーチが怪我したって、なんで直哉が知ってるの?」
「それは俺、高校受験合格してから、ミニバスのボランティアコーチやってるんだよ」
 直哉がコーチ……。
 想像したことなかったけど、結構面倒見がいいし、向いてるかもしれない。
「俺のことはおいといて。メグコーチ、ほっとくと暴走しそうじゃん。だから夕映、今日だけミニバスの臨時コーチ、引き受けて欲しいんだ」
「へ?」 
 助っ人って、ミニバスのコーチの!?

「む、無理だよ。私、人に教えるなんて出来ないし。それに……」
「バスケから離れていたから、か?」

 図星を指されて、思わず息をのむ。
 そうだよ。直哉は知ってるはずじゃん。私がバスケから離れていたこと。
「わかっててなんで連れてくるのよ。意地悪が過ぎるんじゃない?」
「だって本当は夕映、バスケ好きじゃん」
 ハッキリと言い切られて思わず直哉の顔を見た。
 へへっと昔みたいにイタズラがバレたような顔をしている。
「そりゃ辛くて苦しんでやめたんだろうけどさ、それだってバスケが嫌でやめたんじゃない。自分の限界を感じてやめただけだろう?」
「だけって……」
「それにきっとこれはいいタイミングだ。別にプレイヤーとして戻って欲しいって言っているわけじゃない。今日は人助けだから。子供たちに教えるだけ、な」

 確かに、臨時コーチなら自分がプレーするわけじゃない。
 私が人に教えることができるかどうかはわからないけど、必死にお願いしてくる直哉を見ていたら、断るほうが人でなしみたいじゃない。

「仕方がないなぁ。だけど、こんな急に引っ張ってこられても、私シューズもウエアも持ってないのに」
「それは大丈夫! じゃあ気が変わらないうちに行くぞ!」
「え? 大丈夫って、どういう……」
 話の途中だというのに、また手を引っ張って走り始めた。
 もう、強引すぎるでしょ。そう思いながらも、この強引さに諦めと慣れと、どこか懐かしさを感じる。
 直哉が引っ張っていってくれる先にきっと悪いことはないから。

 でも、少し、緊張する。
 逃げてから近寄らなかった場所に、もう一度足を踏み入れることに。
 触らなかったボールに触れる瞬間が迫っていることに。
 緊張しているのをごまかすように、繋がれた手を、きゅっと握り返した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

男子高校生の休み時間

こへへい
青春
休み時間は10分。僅かな時間であっても、授業という試練の間隙に繰り広げられる会話は、他愛もなければ生産性もない。ただの無価値な会話である。小耳に挟む程度がちょうどいい、どうでもいいお話です。

愛するものと出会えたなら

白い恋人
青春
昔、ある事件により、人を信じる・愛することをやめてしまった主人公、白恋 優一(はくれん ゆういち)。 そんなある日、転校してきた天真爛漫な少女、双葉 ひかり(ふたば ひかり)と出会う。そんなグイグイ迫ってくるひかりを拒絶するつもりの優一だったが………。 優一はこれから人と深く関わり合えるのか、ひかりにいったいどんな過去があったのか、これからどうなってしまうのか………。

【完結】箱根戦士にラブコメ要素はいらない ~こんな大学、入るんじゃなかったぁ!~

テツみン
青春
高校陸上長距離部門で輝かしい成績を残してきた米原ハルトは、有力大学で箱根駅伝を走ると確信していた。 なのに、志望校の推薦入試が不合格となってしまう。疑心暗鬼になるハルトのもとに届いた一通の受験票。それは超エリート校、『ルドルフ学園大学』のモノだった―― 学園理事長でもある学生会長の『思い付き』で箱根駅伝を目指すことになった寄せ集めの駅伝部員。『葛藤』、『反発』、『挫折』、『友情』、そして、ほのかな『恋心』を経験しながら、彼らが成長していく青春コメディ! *この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・他の作品も含めて、一切、全く、これっぽっちも関係ありません。

あしたのアシタ

ハルキ4×3
青春
都市部からかなり離れた小さな町“明日町”この町の私立高校では20年前に行方不明になった生徒の死体がどこかにあるという噂が流れた。

TEN-ent
青春
女子高生5人が 多くの苦難やイジメを受けながらも ガールズバンドで成功していく物語 登場人物 ハナ 主人公 レイナ ハナの親友 エリ ハナの妹 しーちゃん 留学生 ミユ 同級生 マキ あるグループの曲にリスペクトを込め作成

水辺のリフレイン

平木明日香
青春
丹後半島の北東部、漁村伊根町。朗らかな村人たちに囲まれて生まれ育った下村カモメはある日、幼なじみの喜多川唄に海の貝殻を取ってほしいと頼まれる。 海の貝殻を約束の数だけ集めたカモメは、待ち合わせ場所の浜に行く。そこで一匹の小汚い鳥に出会う。その時、彼女は不思議な光に身を包まれた。 待ち合わせ場所に一向に来ない唄。カモメが村に戻ると、村人たちは口を揃えて他人扱いし、冷たく接してくる。更には次の日、学校で会った唄までカモメのことを初対面であるかのように言い出し、「10年前に溺れ死んだ友達」に似ていると言い出す。 唄から友達の墓にお参りに行ってほしいと言われ、カモメは町外れにある岬へと向かう

サンスポット【完結】

中畑 道
青春
校内一静で暗い場所に部室を構える竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部。入学以来詳しい理由を聞かされることなく下校時刻まで部室で過ごすことを義務付けられた唯一の部員入間川息吹は、日課の筋トレ後ただ静かに時間が過ぎるのを待つ生活を一年以上続けていた。 そんな誰も寄り付かない部室を訪れた女生徒北条志摩子。彼女との出会いが切っ掛けで入間川は気付かされる。   この部の意義、自分が居る理由、そして、何をすべきかを。    ※この物語は、全四章で構成されています。

献誌

レオスギ
青春
幼馴染から無視されるようになった男子高校生の話。 短編1万字程度

処理中です...