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7.最後の一日
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傘をさしながら、一歩一歩、水たまりを避けて歩いていく。
普段とは少し違う灰色な景色。だけどなんか悪くないな。
雨が傘に当たるとこんな音がするんだね。
時折、街路樹の下を歩くとまとまって、バラバラッて激しく落ちてくる。
地面の水って、思ったより跳ねるんだ。
何気なく鏡から覗いていた時には、こんなこと気づきもしなかった。
ひとつひとつの発見が楽しい。
傘にはねる雨のリズムが心地いい。
うん、雨って悪くない……なんて思っていたのは、学校に着くまでだった。
昇降口に到着して傘を閉じたところで、自分が思ったより濡れていることに気がついた。
腕も、スカートも、靴も。
歩いている時は妙に雨で浮かれていて、気づかなかったんだ。
うわぁ、ちょっと気持ち悪いなぁ。
スカートを軽くつまんでみると、なんだか重たい。
完全にぬれたわけじゃないけど、思ったより雨が染みこんだみたい。
「傘さすの、下手過ぎじゃね?」
「え?」
下駄箱の前に、鳴海が呆れ顔で立っていた。
「鳴海、早くない?」
今日は鳴海より先に来ようと思って、いつもより十分早く家を出てきたのに。
「お前が遅いんだろう?」
「そんなことないよ。だって……」
言葉を続けようとしたら、顔に何かが当たった。
思わず抑えようとしたら、思ったより柔らかくて、当たったのがタオルだって気がついた。
「教室水浸しにされても困るからな」
いやみったらしく笑いながら鳴海は階段を昇っていった。
そこまで濡れてないっつーの。
あれ? そういえば鳴海、鞄を持っていなかった。
ひょっとして、わざわざタオルを届けに来たの?
「わかりにくっ」
思わず口にして笑ってしまう。
莉菜も素直じゃないけど、鳴海も本当に素直じゃない。
せっかくだから、ありがたくタオルを使わせてもらって、濡れた腕を拭いていく。
そういえば【鏡の部屋】から飛び出した初日も、ずぶ濡れになってお母さんがタオルで優しく拭いてくれたな。
トン、トンと、今は自分で拭いながら、あの日のお母さんの優しさを思い出した。
しっかりタオルで拭き取って教室に入ったら、鳴海はいつもの席で待っていた。
朝勉はじめてからの定位置。窓際の前から三番目に後ろ向きで。
たった数日なのに、その景色が当たり前すぎて、なんだかホッとする。
「ちゃんと拭いたか?」
「うん、ありがとう。タオルは……洗って、返すね」
返すのは、わたしじゃないけど。
手にしていたタオルを思わず両手で強く握りしめる。
こうして人に優しくされることも、もう、ないんだ。
こうして朝、一緒に勉強することも、もう、ないんだ。
勉強して怒られることも、さっきみたいに嫌味っぽく言われることも。
皮肉気に笑う顔も、時折見せる真剣な顔も。
全部全部、もう、これで終わりなんだ。
「……どうした?」
鳴海が驚いた表情をして、席から立ち上がっていた。
「え? なんにも……」
なんにもないと言おうとして、タオルを握りしめた手に、雫が落ちたことに気がついた。
「あれ? まだちゃんと拭けてなかった、かな」
違う……。
これは、雨じゃない。
そっと指を頬に持っていけば、濡れていることを実感する。
「涙……」
そっか。これが、泣く、ってことなのか。
なんで泣いているのかわからない。
でも、胸の奥がギュッとして、こらえきれないものがある。
最後の日なのに。だからしっかり勉強したかったのに。
「ごめんっ」
その場にいるのが苦しくて、たまらなくなって。
鳴海の顔をみられなくって、わたしは教室から飛び出した。
普段とは少し違う灰色な景色。だけどなんか悪くないな。
雨が傘に当たるとこんな音がするんだね。
時折、街路樹の下を歩くとまとまって、バラバラッて激しく落ちてくる。
地面の水って、思ったより跳ねるんだ。
何気なく鏡から覗いていた時には、こんなこと気づきもしなかった。
ひとつひとつの発見が楽しい。
傘にはねる雨のリズムが心地いい。
うん、雨って悪くない……なんて思っていたのは、学校に着くまでだった。
昇降口に到着して傘を閉じたところで、自分が思ったより濡れていることに気がついた。
腕も、スカートも、靴も。
歩いている時は妙に雨で浮かれていて、気づかなかったんだ。
うわぁ、ちょっと気持ち悪いなぁ。
スカートを軽くつまんでみると、なんだか重たい。
完全にぬれたわけじゃないけど、思ったより雨が染みこんだみたい。
「傘さすの、下手過ぎじゃね?」
「え?」
下駄箱の前に、鳴海が呆れ顔で立っていた。
「鳴海、早くない?」
今日は鳴海より先に来ようと思って、いつもより十分早く家を出てきたのに。
「お前が遅いんだろう?」
「そんなことないよ。だって……」
言葉を続けようとしたら、顔に何かが当たった。
思わず抑えようとしたら、思ったより柔らかくて、当たったのがタオルだって気がついた。
「教室水浸しにされても困るからな」
いやみったらしく笑いながら鳴海は階段を昇っていった。
そこまで濡れてないっつーの。
あれ? そういえば鳴海、鞄を持っていなかった。
ひょっとして、わざわざタオルを届けに来たの?
「わかりにくっ」
思わず口にして笑ってしまう。
莉菜も素直じゃないけど、鳴海も本当に素直じゃない。
せっかくだから、ありがたくタオルを使わせてもらって、濡れた腕を拭いていく。
そういえば【鏡の部屋】から飛び出した初日も、ずぶ濡れになってお母さんがタオルで優しく拭いてくれたな。
トン、トンと、今は自分で拭いながら、あの日のお母さんの優しさを思い出した。
しっかりタオルで拭き取って教室に入ったら、鳴海はいつもの席で待っていた。
朝勉はじめてからの定位置。窓際の前から三番目に後ろ向きで。
たった数日なのに、その景色が当たり前すぎて、なんだかホッとする。
「ちゃんと拭いたか?」
「うん、ありがとう。タオルは……洗って、返すね」
返すのは、わたしじゃないけど。
手にしていたタオルを思わず両手で強く握りしめる。
こうして人に優しくされることも、もう、ないんだ。
こうして朝、一緒に勉強することも、もう、ないんだ。
勉強して怒られることも、さっきみたいに嫌味っぽく言われることも。
皮肉気に笑う顔も、時折見せる真剣な顔も。
全部全部、もう、これで終わりなんだ。
「……どうした?」
鳴海が驚いた表情をして、席から立ち上がっていた。
「え? なんにも……」
なんにもないと言おうとして、タオルを握りしめた手に、雫が落ちたことに気がついた。
「あれ? まだちゃんと拭けてなかった、かな」
違う……。
これは、雨じゃない。
そっと指を頬に持っていけば、濡れていることを実感する。
「涙……」
そっか。これが、泣く、ってことなのか。
なんで泣いているのかわからない。
でも、胸の奥がギュッとして、こらえきれないものがある。
最後の日なのに。だからしっかり勉強したかったのに。
「ごめんっ」
その場にいるのが苦しくて、たまらなくなって。
鳴海の顔をみられなくって、わたしは教室から飛び出した。
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