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7.最後の一日
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ピピッ、ピピッとアラームが鳴っているのを、ベッドに座って聞いている。
止めなくちゃいけないのに、身体が動かない。
この瞬間から、最後の一日が始まってしまう。
だけど、悲しい終わりになんてしたくない。
突然の入れ替わりではじまった、思いがけない現実世界での生活を、最後の一秒まで思いっきり楽しむんだ。
パンッと、気合を入れてアラームを止めた。
音が鳴りやんだ瞬間に、いつもより静かだと思う。
アラームが止まったから? ううん、なにかが違う。
本能的に窓のカーテンを開いたら、外は雨が降っていた。
「雨、かぁ」
入れ替わってから、はじめての雨だ。
窓ガラスに斜めに模様を作りながら、時々雨が当たっていく。
昨日の莉菜の涙を思い出す。
あんな風に泣いているのをはじめて見た。
繋がれなかった間、相当不安だったし、怖かったんだろうな。
不謹慎だけどあの時、泣いている莉菜の涙が綺麗だなって、思った。
ぽろぽろと零れていく粒が、キラキラと輝いているように見えて。
あの涙が、莉菜の素直になれない部分とか、憂鬱な気分を洗い流したんじゃないかなって。
勝手な考えだけど、そう思ったんだ。
涙がそうやって人の心を洗い流すなら、雨はなにを洗い流してくれるのかな?
泣けないわたしのかわりに、雨の涙でわたしのマイナスな気持ちを流してくれるかな。
もう一日って莉菜と約束をしたけれど、どこかで割り切れていない自分の心。
未練とか、そういうものを洗い流してくれたらいいのにな。
「莉菜ーっ。ご飯できたわよー」
階下から呼ぶお母さんの声に、グルグルしていた気持ちが現実に戻っている。
「はぁい」
ちょっぴり悲しくなってしまうのも、雨のせいなのかな?
そう思うことにして、リビングへと駆け下りると、テーブルには朝食がセットされていた。
「おはよう、お母さん」
「おはよう」
わたし用にリンゴジュースを注ぎながら、お母さんが返事をしてくれた。
そういえば中学に入ってから莉菜はいつも忙しなくて、朝食も食べるというより、お腹にとにかく入れる感じ。
こうして朝食を用意されるのが当たり前だったから。
ゆっくりと腰かけて、お母さんが用意してくれた卵トーストを、パクッとかじる。
カリカリに焼けたトーストとふわふわの卵が絶妙で、莉菜の大好物の朝食メニューなんだ。
「美味しい」
【鏡の部屋】に戻ったら、もう食べるということがなくなる。
あの中にいる間は食欲というものがわいてこなくて、お腹が空くこともない。
そもそも食材っていうものが存在しないんだけどね。
だから、ゆっくり味わって食べよう。
食べるっていうのがこんなに美味しくて、幸せなんだって、憶えておこう。
「ふふっ。なんだか最近、素直ね」
「そう?」
「そうよぉ。ちょっと前までは『美味しい』なんて全然言ってくれなかったじゃない」
「それは……」
莉菜だって本当は美味しいと思っていた。
でも、なんだか素直になれなかったんだよね。
「言わなかっただけだよ。言わなくても通じるって思ってたの」
「またまたぁ。調子いいんだから」
ケラケラと笑いながらキッチンの方へと行ってしまった。
本当だよ、お母さん。
きっと莉菜は素直になるのが恥ずかしかっただけなんだよ。
あたたかいトーストから、お母さんの愛情も伝わってくるのを感じながら、ひとくち、ひとくち、大切に味わった。
止めなくちゃいけないのに、身体が動かない。
この瞬間から、最後の一日が始まってしまう。
だけど、悲しい終わりになんてしたくない。
突然の入れ替わりではじまった、思いがけない現実世界での生活を、最後の一秒まで思いっきり楽しむんだ。
パンッと、気合を入れてアラームを止めた。
音が鳴りやんだ瞬間に、いつもより静かだと思う。
アラームが止まったから? ううん、なにかが違う。
本能的に窓のカーテンを開いたら、外は雨が降っていた。
「雨、かぁ」
入れ替わってから、はじめての雨だ。
窓ガラスに斜めに模様を作りながら、時々雨が当たっていく。
昨日の莉菜の涙を思い出す。
あんな風に泣いているのをはじめて見た。
繋がれなかった間、相当不安だったし、怖かったんだろうな。
不謹慎だけどあの時、泣いている莉菜の涙が綺麗だなって、思った。
ぽろぽろと零れていく粒が、キラキラと輝いているように見えて。
あの涙が、莉菜の素直になれない部分とか、憂鬱な気分を洗い流したんじゃないかなって。
勝手な考えだけど、そう思ったんだ。
涙がそうやって人の心を洗い流すなら、雨はなにを洗い流してくれるのかな?
泣けないわたしのかわりに、雨の涙でわたしのマイナスな気持ちを流してくれるかな。
もう一日って莉菜と約束をしたけれど、どこかで割り切れていない自分の心。
未練とか、そういうものを洗い流してくれたらいいのにな。
「莉菜ーっ。ご飯できたわよー」
階下から呼ぶお母さんの声に、グルグルしていた気持ちが現実に戻っている。
「はぁい」
ちょっぴり悲しくなってしまうのも、雨のせいなのかな?
そう思うことにして、リビングへと駆け下りると、テーブルには朝食がセットされていた。
「おはよう、お母さん」
「おはよう」
わたし用にリンゴジュースを注ぎながら、お母さんが返事をしてくれた。
そういえば中学に入ってから莉菜はいつも忙しなくて、朝食も食べるというより、お腹にとにかく入れる感じ。
こうして朝食を用意されるのが当たり前だったから。
ゆっくりと腰かけて、お母さんが用意してくれた卵トーストを、パクッとかじる。
カリカリに焼けたトーストとふわふわの卵が絶妙で、莉菜の大好物の朝食メニューなんだ。
「美味しい」
【鏡の部屋】に戻ったら、もう食べるということがなくなる。
あの中にいる間は食欲というものがわいてこなくて、お腹が空くこともない。
そもそも食材っていうものが存在しないんだけどね。
だから、ゆっくり味わって食べよう。
食べるっていうのがこんなに美味しくて、幸せなんだって、憶えておこう。
「ふふっ。なんだか最近、素直ね」
「そう?」
「そうよぉ。ちょっと前までは『美味しい』なんて全然言ってくれなかったじゃない」
「それは……」
莉菜だって本当は美味しいと思っていた。
でも、なんだか素直になれなかったんだよね。
「言わなかっただけだよ。言わなくても通じるって思ってたの」
「またまたぁ。調子いいんだから」
ケラケラと笑いながらキッチンの方へと行ってしまった。
本当だよ、お母さん。
きっと莉菜は素直になるのが恥ずかしかっただけなんだよ。
あたたかいトーストから、お母さんの愛情も伝わってくるのを感じながら、ひとくち、ひとくち、大切に味わった。
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