32 / 43
7.最後の一日
7-1
しおりを挟む
ピピッ、ピピッとアラームが鳴っているのを、ベッドに座って聞いている。
止めなくちゃいけないのに、身体が動かない。
この瞬間から、最後の一日が始まってしまう。
だけど、悲しい終わりになんてしたくない。
突然の入れ替わりではじまった、思いがけない現実世界での生活を、最後の一秒まで思いっきり楽しむんだ。
パンッと、気合を入れてアラームを止めた。
音が鳴りやんだ瞬間に、いつもより静かだと思う。
アラームが止まったから? ううん、なにかが違う。
本能的に窓のカーテンを開いたら、外は雨が降っていた。
「雨、かぁ」
入れ替わってから、はじめての雨だ。
窓ガラスに斜めに模様を作りながら、時々雨が当たっていく。
昨日の莉菜の涙を思い出す。
あんな風に泣いているのをはじめて見た。
繋がれなかった間、相当不安だったし、怖かったんだろうな。
不謹慎だけどあの時、泣いている莉菜の涙が綺麗だなって、思った。
ぽろぽろと零れていく粒が、キラキラと輝いているように見えて。
あの涙が、莉菜の素直になれない部分とか、憂鬱な気分を洗い流したんじゃないかなって。
勝手な考えだけど、そう思ったんだ。
涙がそうやって人の心を洗い流すなら、雨はなにを洗い流してくれるのかな?
泣けないわたしのかわりに、雨の涙でわたしのマイナスな気持ちを流してくれるかな。
もう一日って莉菜と約束をしたけれど、どこかで割り切れていない自分の心。
未練とか、そういうものを洗い流してくれたらいいのにな。
「莉菜ーっ。ご飯できたわよー」
階下から呼ぶお母さんの声に、グルグルしていた気持ちが現実に戻っている。
「はぁい」
ちょっぴり悲しくなってしまうのも、雨のせいなのかな?
そう思うことにして、リビングへと駆け下りると、テーブルには朝食がセットされていた。
「おはよう、お母さん」
「おはよう」
わたし用にリンゴジュースを注ぎながら、お母さんが返事をしてくれた。
そういえば中学に入ってから莉菜はいつも忙しなくて、朝食も食べるというより、お腹にとにかく入れる感じ。
こうして朝食を用意されるのが当たり前だったから。
ゆっくりと腰かけて、お母さんが用意してくれた卵トーストを、パクッとかじる。
カリカリに焼けたトーストとふわふわの卵が絶妙で、莉菜の大好物の朝食メニューなんだ。
「美味しい」
【鏡の部屋】に戻ったら、もう食べるということがなくなる。
あの中にいる間は食欲というものがわいてこなくて、お腹が空くこともない。
そもそも食材っていうものが存在しないんだけどね。
だから、ゆっくり味わって食べよう。
食べるっていうのがこんなに美味しくて、幸せなんだって、憶えておこう。
「ふふっ。なんだか最近、素直ね」
「そう?」
「そうよぉ。ちょっと前までは『美味しい』なんて全然言ってくれなかったじゃない」
「それは……」
莉菜だって本当は美味しいと思っていた。
でも、なんだか素直になれなかったんだよね。
「言わなかっただけだよ。言わなくても通じるって思ってたの」
「またまたぁ。調子いいんだから」
ケラケラと笑いながらキッチンの方へと行ってしまった。
本当だよ、お母さん。
きっと莉菜は素直になるのが恥ずかしかっただけなんだよ。
あたたかいトーストから、お母さんの愛情も伝わってくるのを感じながら、ひとくち、ひとくち、大切に味わった。
止めなくちゃいけないのに、身体が動かない。
この瞬間から、最後の一日が始まってしまう。
だけど、悲しい終わりになんてしたくない。
突然の入れ替わりではじまった、思いがけない現実世界での生活を、最後の一秒まで思いっきり楽しむんだ。
パンッと、気合を入れてアラームを止めた。
音が鳴りやんだ瞬間に、いつもより静かだと思う。
アラームが止まったから? ううん、なにかが違う。
本能的に窓のカーテンを開いたら、外は雨が降っていた。
「雨、かぁ」
入れ替わってから、はじめての雨だ。
窓ガラスに斜めに模様を作りながら、時々雨が当たっていく。
昨日の莉菜の涙を思い出す。
あんな風に泣いているのをはじめて見た。
繋がれなかった間、相当不安だったし、怖かったんだろうな。
不謹慎だけどあの時、泣いている莉菜の涙が綺麗だなって、思った。
ぽろぽろと零れていく粒が、キラキラと輝いているように見えて。
あの涙が、莉菜の素直になれない部分とか、憂鬱な気分を洗い流したんじゃないかなって。
勝手な考えだけど、そう思ったんだ。
涙がそうやって人の心を洗い流すなら、雨はなにを洗い流してくれるのかな?
泣けないわたしのかわりに、雨の涙でわたしのマイナスな気持ちを流してくれるかな。
もう一日って莉菜と約束をしたけれど、どこかで割り切れていない自分の心。
未練とか、そういうものを洗い流してくれたらいいのにな。
「莉菜ーっ。ご飯できたわよー」
階下から呼ぶお母さんの声に、グルグルしていた気持ちが現実に戻っている。
「はぁい」
ちょっぴり悲しくなってしまうのも、雨のせいなのかな?
そう思うことにして、リビングへと駆け下りると、テーブルには朝食がセットされていた。
「おはよう、お母さん」
「おはよう」
わたし用にリンゴジュースを注ぎながら、お母さんが返事をしてくれた。
そういえば中学に入ってから莉菜はいつも忙しなくて、朝食も食べるというより、お腹にとにかく入れる感じ。
こうして朝食を用意されるのが当たり前だったから。
ゆっくりと腰かけて、お母さんが用意してくれた卵トーストを、パクッとかじる。
カリカリに焼けたトーストとふわふわの卵が絶妙で、莉菜の大好物の朝食メニューなんだ。
「美味しい」
【鏡の部屋】に戻ったら、もう食べるということがなくなる。
あの中にいる間は食欲というものがわいてこなくて、お腹が空くこともない。
そもそも食材っていうものが存在しないんだけどね。
だから、ゆっくり味わって食べよう。
食べるっていうのがこんなに美味しくて、幸せなんだって、憶えておこう。
「ふふっ。なんだか最近、素直ね」
「そう?」
「そうよぉ。ちょっと前までは『美味しい』なんて全然言ってくれなかったじゃない」
「それは……」
莉菜だって本当は美味しいと思っていた。
でも、なんだか素直になれなかったんだよね。
「言わなかっただけだよ。言わなくても通じるって思ってたの」
「またまたぁ。調子いいんだから」
ケラケラと笑いながらキッチンの方へと行ってしまった。
本当だよ、お母さん。
きっと莉菜は素直になるのが恥ずかしかっただけなんだよ。
あたたかいトーストから、お母さんの愛情も伝わってくるのを感じながら、ひとくち、ひとくち、大切に味わった。
1
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~
友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。
全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。
オオカミ少女と呼ばないで
柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。
空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように――
表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。
佐藤さんの四重奏
makoto(木城まこと)
児童書・童話
佐藤千里は小学5年生の女の子。昔から好きになるものは大抵男子が好きになるもので、女子らしくないといじめられたことを機に、本当の自分をさらけ出せなくなってしまう。そんな中、男子と偽って出会った佐藤陽がとなりのクラスに転校してきて、千里の本当の性別がバレてしまい――?
弦楽器を通じて自分らしさを見つける、小学生たちの物語。
第2回きずな児童書大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます!
【完結】てのひらは君のため
星名柚花
児童書・童話
あまりの暑さで熱中症になりかけていた深森真白に、美少年が声をかけてきた。
彼は同じ中学に通う一つ年下の男子、成瀬漣里。
無口、無表情、無愛想。
三拍子そろった彼は入学早々、上級生を殴った不良として有名だった。
てっきり怖い人かと思いきや、不良を殴ったのはイジメを止めるためだったらしい。
話してみると、本当の彼は照れ屋で可愛かった。
交流を深めていくうちに、真白はどんどん漣里に惹かれていく。
でも、周囲に不良と誤解されている彼との恋は前途多難な様子で…?
悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~
橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち!
友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。
第2回きずな児童書大賞参加作です。
こちら第二編集部!
月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、
いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。
生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。
そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。
第一編集部が発行している「パンダ通信」
第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」
片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、
主に女生徒たちから絶大な支持をえている。
片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには
熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。
編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。
この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。
それは――
廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。
これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、
取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。
スペクターズ・ガーデンにようこそ
一花カナウ
児童書・童話
結衣には【スペクター】と呼ばれる奇妙な隣人たちの姿が見えている。
そんな秘密をきっかけに友だちになった葉子は結衣にとって一番の親友で、とっても大好きで憧れの存在だ。
しかし、中学二年に上がりクラスが分かれてしまったのをきっかけに、二人の関係が変わり始める……。
なお、当作品はhttps://ncode.syosetu.com/n2504t/ を大幅に改稿したものになります。
改稿版はアルファポリスでの公開後にカクヨム、ノベルアップ+でも公開します。
魔法少女はまだ翔べない
東 里胡
児童書・童話
第15回絵本・児童書大賞、奨励賞をいただきました、応援下さった皆様、ありがとうございます!
中学一年生のキラリが転校先で出会ったのは、キラという男の子。
キラキラコンビと名付けられた二人とクラスの仲間たちは、ケンカしたり和解をして絆を深め合うが、キラリはとある事情で一時的に転校してきただけ。
駄菓子屋を営む、おばあちゃんや仲間たちと過ごす海辺の町、ひと夏の思い出。
そこで知った自分の家にまつわる秘密にキラリも覚醒して……。
果たしてキラリの夏は、キラキラになるのか、それとも?
表紙はpixivてんぱる様にお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる