一度寝ただけの同僚に軟禁されました

ブッカー

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知らなかったこと

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「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」

もうすっかり、慣れてしまった挨拶をして、俺はフィストを仕事に送り出した。
フィストはわざわざ頬にキスをして出て行く。
相変わらず軟禁されているような気がしないし、新婚夫婦のように接してくるフィストにあきれる。
しかし、フィストに言っても不思議そうな顔をするだけで止める気配もないので諦めた。

「相変わらず、フィストの行動原理がわからないな……」

奥さんの代わりにでもしているのかとも思ったが……。

「でも、もしそうだとしてもわざわざ男を軟禁してまでする事じゃないよな……」

それが目的なら、女性を軟禁しそうなものだ。というか、フィストなら普通に他の女性と付き合って再婚も簡単に出来るだろう。

「うーん……それにしても流石にずっと家の中なのも飽きてきたな……」

暇つぶしも、運動もできるから気を紛らわせる事は出来るのだが、やはりまったく外に出ないのは精神的に辛くなってきた。
以前はまったく、何も気にすることなく外に出られたから、出られない事でストレスが溜まってきたのだ。

「鍵があるから、外してこっそり散歩にでも出てみるか……フィストが帰って来る前に戻ればバレることもないだろう」

フィストは相変わらず俺がいつでも逃げられることに気が付いてない。仕事は出来る男なのに何で、この事に関してはこんなに抜けているのか。
最初も簡単に俺に逃げられるし、追いかけて車に轢かれそうになっていた。その後も俺が鍵を拾っていることも気が付かなかった。
驚いたことに、銃や鎖を切れるチェーンカッターも家に放置していた。掃除をしていて、見つけた時は驚いた。
せめて隠すとかしておけと呆れてしまった。

「よし!そうと決まれば行くか」

そうして、俺は片付けを済ませ。簡単に掃除を終わらせると、着替えて外に出た。
フィストは俺の荷物もそのままにしていたのでお金もある。

「やっぱり、外の空気は家の中とは違う気がするな」

一つ伸びをして、深呼吸する。思った以上に解放感を感じる。
運のいいことに今日は天気も爽快で気持ちのいい晴れだった。
立っているだけでも気持ちがいい。

「とりあえず、今日は街の方に散歩がてら歩いてカフェで昼食でも食べようかな」

久しぶりに人が作った料理とコーヒーを飲みたい。解放感も相まって今なら、どんなに美味しく感じられそうだ。
この街に来て、一日でフィストに軟禁されたから道がよくわからないが、事前に調べていたので大体の街の地形は分かっている。
多少迷ってもどうにかなるだろう。
しばらく歩いていると、住宅以外の建物が並び始めた。お腹も空いてきたので、よさそうなカフェを探す。
フィストが住んでいるところは郊外にあり、少し田舎だ自然も多い。
街と言って少し小さめだ。しかし、車に乗れば大きな街に出られるので暮らしに不自由はないし、むしろ子供を育てるにはいい環境だろう。
少し歩くとコーヒーのいい香りがしてきた。

「ここ、良さそうだな」

そこには、丁度よさそうなカフェがあった。建物は年季がはいっているが手入れされていて綺麗雰囲気もいい。店には常連客っぽい客が数人いた。
店内も清潔そうでこれなら期待できそうだ。そう思いながら扉に手をかけようとしたところ、同時に入ろうとした人とぶつかりそうになった。

「あ、すいませ……あれ?」

慌てて謝ろうとして、相手の顔を固まる。見覚えのある顔だったのだ。
相手は俺が驚いたのを見て不思議そうにこちらを見る。

「なにか?」
「えっと……フィストの奥さんですよね……?」

そうなのだ、目の前の女性はフィストの奥さんだった。
会ったことはないが、家にあるアルバムやベッド横に置いてあった写真に映っていた。結婚式の写真も見たから奥さんであることは確実だった。

「あなたは?」

奥さんは、不思議そうに聞いた。

「えーっと、俺はフィストの元同僚で……今、家で泊まらせて貰ってまして……ヤンと言います」

軟禁されているとは言えないので、誤魔化しつつ言った。

「そう……フィストの……。私はリリアスよ、良かったら一緒にどう?」

彼女はそう言って俺をカフェを指さす。俺はまさかこんな所で奥さんと会えると思ってなかったので混乱していたが、とりあえず頷いた。
ダイナーではBGMにラジオがかかっていて、落ち着いた声のDJが曲の紹介をしている。
俺達は窓際の明るい席に座った。
適当にランチを頼んで、あらためてフィストの奥さんを見る。
彼女は写真の通り、とても綺麗な人だった。青い瞳に薄いブロンドの髪。全体的に細いのに出ているところは出ていてとてもグラマーだ。
俺は心の中で死んでいなかったんだとホッとする。変な想像をしてしまって申し訳なくなる。
しかし、ここで新たな問題も出てきた。
奥さんはどう見ても妊婦には見えないのだ。
お腹も大きくないし、どちらかというと体の線が見える服を着ていて高いヒールを履いている。
彼女にはとても似合っているが、妊娠している時に身につけるものに見えない。
俺は男だし独身で妊婦には詳しくないが、とてもじゃないが妊娠しているように見えない。
もしかしたら、まだお腹が大きくないだけかもしれないが……
しかし、実家に帰るくらいならかなりお腹が大きいはずだ。
一体どういう事なんだと思っていると、彼女は頼んだコーヒーを一口飲んだ後、不思議そうに俺に質問をした。

「フィストから、私の事はなんて聞いているの?」
「え?えーっと、なんでそんなことを聞くんですか?」

俺は、警戒しつつ聞いた。状況が聞いていた話と違うのは確かだ、変なことを言ってさらに状況を混乱させたくない。

「あなたが、私を見て奥さんなんて言うからよ」
「どういう事ですか?」
「フィストと私はもう離婚して、もう奥さんじゃないからよ」

俺は驚いて固まる。

「……え?!離婚?」
「そうなの、だから奥さんだなんて言われて、変だと思って……やっぱり知らなかったのね」

リリアスは少し困惑した表情になる。

「い、いや。なんでフィストは結婚してるなんて嘘を?」
「それは私が聞きたいわ」

俺は唖然としてこの事実をどう考えればいいかわからない。離婚をしていたとは思わなかった、フィストは何故嘘までついて隠したんだろうか。
考え込んでいると注文した料理がきた。
驚きが大きくて食欲なんてなくなったが、落ち着くためにとりあえず食べる。料理はとても美味しそうだったが落ち着いて味わえなかった。

「その……離婚した原因はなんだったんですか?」

少しの沈黙の後、俺は恐る恐る聞いた。

「え?原因?」
「あ……すいません立ち入った事を聞いて……」

思わず聞いてしまって、いくら何でも初対面で聞くことではなかったと慌ててそう言う。
しかし、リリアスは気にした風もなく答える。

「別にいいわよ、むしろ知らない人に聞いて欲しかったのよね。こんな話、簡単に知り合いには出来なかったから……」
「そ、そういうものですか……」

ホッとしつつそう言う。

「彼と別れた原因ね……まあ、色々あったし私にも原因はあると思う。でも一番のきっかけは私が子供が欲しいって言ってたのに、それにフィストが協力してくれなかったのよ」
「え?フィストが、えーっと、子供って事はその……夜の営みをしてくれなかったって事ですか?」

俺はもごもご言った。女性相手に、しかも真昼間にする話じゃない。
フィストの奥さんは苦笑しつつも頷く。

「そう、新婚当初からだったんだけど、彼はそういったことは欲求が少ないみたいで、こちらから言わなきゃ何もしない人だったの。その事にも不満だったのに、子供が欲しいと言っても協力してくれなくて……」
「確かに、こんな話は知り合いには簡単に言えませんね……」

俺は顔を引き攣らせながら言った。
フィストを知っているだけに変な気分だ。しかも、フィストの性欲があまりないっていう話も意外過ぎる。本当に同じ人物のことなのだろうか。
フィストの奥さんは過去の事を思い出したのかため息をついた。

「最後の方には何をしても勃ちもしなくなって、私一人が頑張って空回りしてるみたいで疲れてきて、別れを切り出したの」

奥さんは悲しそうに言った。確かにこの手のことを一人で頑張って、何も成果がなかったら虚しさは相当だろう。

「そうだったんですか……」

俺はなんと言っていいかわからず、言葉を濁す。

「今思えば私も焦り過ぎてたのかもしれない。それでもあんな状態をずっと続けるのは私は無理だったと思うわ」

奥さんは辛そうな表情をしつつも、どこかスッキリした顔で言った。離婚してどれくらい経っているのか知らないが、リリアスは離婚の事は過去のこととして吹っ切れているようだ。
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