奴隷だった私が四天王の嫁になるまで

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四章

奴隷だった私は四天王の嫁になる3

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「兄って……まさか、エリオット殿下ですか?」

イーラは驚く。
まともに話した事もない人物だが、物腰柔らかで優しそうという印象だったから、想像もしていなかった。
ピアーズは、淡々と話し始めた。

「エリオットは穏やかな見た目と態度だから、誰も疑ったり想像もしないだろうが、兄は昔からそういう奴だったんだ」
「昔からって……」

イーラは言葉を失う。
ピアーズは暗い表情で淡々と話し始めた。

「どうやら、俺の事が邪魔のようで。いつも何かしら嫌がらせをしてきた。しかも、証拠も残さないから誰も気が付かないんだ」
「そんな事が……?」

ピアーズは語り始める。
最初はピアーズも気が付かなかったそうだ。何かおかしいと感じたのは母親が死んだ後からだった。明らかに命に関わるような事故が、度々ピアーズを襲うようになった。
気になって詳しく調べてみたら、明らかに意図的に起こされていることがわかり、しかも兄が関係していた事が分かった。
しかし、さっき言ったように証拠はなにも残っていない。しかも、エリオットは危険な目に遭っているピアーズに対して、本気で弟を心配している兄を演じて接してくる。
だから、周りからは弟想いの兄としか思われていなかった。

「だから俺は身を守るために武術を身に着け、体を鍛えるようになった。さらに、何があっても対処出来るように、賢くならねばと勉学にも力をいれた」
「それで……」

ピアーズが武にも知にも秀でているのは、本人の資質もあるだろうがそういう経緯もあったのか。
ピアーズはさらに続ける。

「俺が竜騎士団に入ったのも、望んだことじゃなかった」
「そうなんですか?」
「あそこは、本当に危険が伴う部隊なんだ。だから入りたいとは一度も言った事はない。だけど、いつの間にか俺は入隊することになっていて、しかも俺が望んで入ったと言うことにされていた」

王の息子としては継承権は低いが、何かあった時は王になる可能性もあるのに、何故そんな危険な隊に入ったのだろうかと思っていたが、そんな経緯があったとは。

「あの時は本当に死に物狂いの毎日だった。生き残れたのは運もあった。まあ、そのお陰で強くなれたがな。……それからグズート州に配属されたのもエリオットの策略だ」
「それもですか?」
「ああ、当時は今では考えられないくらい荒れた土地だったんだ。僻地だから物流も乏しく、国境も近いから誰も着任したいとは思わなかった」

昔もっと荒れた土地だったとは聞いていたが、そこまでとは知らなかった。ということはピアーズは僻地に追いやられたということか。

「最初は本当に苦労したんだ。行政もまともに動いてないし産業も何もなかった、街は荒くれ者だらけで無法地帯で。やむを得ず手荒な手法を取ったこともあった」

ピアーズは苦笑気味に言った。

「そうだったんですね」

イーラは関心しながら頷く。

「アーロンに出会ったのもその頃だったな。あいつは街で名の知れた剣士で、裏で街を仕切ってたんだ」
「え?そんなに凄い人だったの?」

イーラは驚く。屋敷でのんびりと警備をしている姿からは想像できない。
ピアーズは少し懐かしそうに目を細める。

「だから、取り敢えずこいつを叩きのめせば街を掌握出来ると思って、あえて戦いを挑んだ」
「それで勝ったんですか?」

まあ、だから今の街があるんだろうが。

「なんとかギリギリな。アーロンは剣の腕だけなら本当に強いんだ。俺が勝てたのは運と魔力の差によるところが大きい。それで、こいつは使えると思ってそのまま雇うことにしたんだ」
「なるほど……そんな経緯があったんですね」
「色々大変だったが、今思うと、街を変えていくのは面白さもあったし楽しかった。なにより王都から離れられて、エリオットとも関りが薄くなったのはありがたかった」

そういえば、ピアーズは王都に行くのがあまり好きそうじゃなかった。しかし、そういう理由があったと知れば納得だ。
そういえば昔、ピアーズがエリオットと話しているのを見たたことがあるが、やけによそよそしかった。

「それにしても、なんでそんなことを?」

エリオットがそんな事をする理由がよくわからない。ピアーズは確かに優秀で以前はこのまま王になるのではとも言われていたが、王位継承権はエリオットに比べるとはるかに低い。何もしなくてもこのままいけばエリオットが王になるはずだ。
それとも、他に理由があるのか。

「さあね、本当のところは本人聞いてみないと分からない。しかし、標的が他の兄弟にも及んでいるのを見ると、自分の地位を脅かす存在が気に食わないんだろう」
「他の御兄弟も……?」

ピアーズの他にも王子はいる。しかし、言われてみるとあまり話を聞かない。そういえばこの間の舞踏会でも姿をみなかった。

「二番目の兄は病弱で静養地にずっとこもっている。三番目の兄は俺と同じで僻地に飛ばされていて今、何をしているのかもわからない。最後の四番目の兄は俺が子供の頃に死んでる」
「まさか、その方は……」

ピアーズの話を聞いて、その事実を知ると大分見え方が変わってくる。

「証拠は何もないし、事故という話だ。かなり昔の話だから調べようもないが、俺はあいつが何か関わっているんじゃないかと疑ってる。他の兄弟も気が付いているから目立たないようにしているのかもしれない」
「そういう理由が……」

ピアーズは眉間に皺をよせ言った。

「今回のことも関わっているのは確実だろうな」
「でも、どうして分かったんですか?」

今回の事は、エリオットが関わっているように思えない。

「まず、ミュリエルに詳細な作戦が筒抜けなのがおかしいんだ。合図を出す兵士のことやその兵の場所は、一部の人物しか知らないはずだ」

確かにそうだ。イーラも作戦の大枠は知っていたが、秘書として準備に参加したからであってピアーズに関わらない細かい作戦の状況は知らない。

「じゃあ、それを教えた人物が……」
「エリオットなら知っている。むしろこの作戦の中心人物だからな。それに、イーラも言っていただろう」
「私が?」

イーラは聞き返す。

「デニセは”なんでばれないと思ったのか”って」
「……確かに言いました」

そうだ、イーラも疑問だった。
大量の兵を動かして目立つ形で屋敷を襲ったりしていたし、ミュリエルもわざわざイーラを攫って、何が起こるかまで懇切丁寧に説明してくれた。逃げられる危険もあるのに不用心過ぎる。実際、イーラは逃げ出してピアーズに知らせる事ができた。

「普通に考えれば、こんなやばいことしたらすぐにバレてしまうことは思い至る。デニセも性格に難はあるが決して馬鹿じゃない。……しかし、裏に次期王になるかもしれない王子がいたらどうだ?」
「あ……」

確かにそう考えると納得できた。エリオットなら多少のことならもみ消せるだろう。

「しかし、エリオットはデニセを庇うつもりはなかったんだろう。だからデニセは捕まって、口封じのためにすぐに処刑されたんだ」
「だから……」
「そう、王族を手にかけるのはたしかに重罪だが、なんの裁判も手続きもなく処刑されるされるなんてあり得ない。ミュリエルも人間に襲われたという話だが、本当かどうか怪しいところだ。まあ、どちらにしてもろくな目にはあってないだろう」
「なるほど……」
「エリオットは、今頃喜んでいるだろう。俺は死んでると思っているだろうし、邪魔者はいなくなった。それに国の貴族たちは、この間の婚約者騒動で俺とデニセの間に色々あった事は知っている。誰もエリオットを疑わないだろう」
「確かに……」

客観的に見ればデニセが逆恨みをして、犯行を実行したようにしか見えない。
イーラもこの話を聞かなければそう思っていた。

「このおかげで、企みは誰にもばれてない。それにデニセの財産も没収して財政も潤う」

ピアーズは皮肉めいた表情で笑う。しかし、目は暗いままだ。

「ピアーズ……」
「国の財政が逼迫しているのは事実だった。もしかしたらミュリエルが婚約者騒動を起こしたのも裏でエリオットが関係しているのかもしれない。デニセと繋がりが出来れば金の当てができるからな」
「そんな事まで?」
「ミュリエルは思い込みの激しい性格みたいだから利用されたんだろう。何を言われたか知らないがエリオットにそれらしいことを言われたら信じ込んでも無理はない。デニセ親子は最初っから利用されてたんだ。……まあ、同情はしないがな」
「それは私も同感です」
「これくらいのいやがらせは、本当に昔から沢山あったんだ」

ピアーズは少し間を置いて、目を伏せると暗い声で言った。

「オッドアイが不吉だと噂を流したのもあいつだ」
「……」

イーラは何も言えなかった。ピアーズが昔、言っていた母親の話しを思い出した。
その噂の所為でピアーズの母親は死んだのだ。

「エリオットとは最近は会うことも少なくなったし。いやがらせも婚約者騒動くらいだったから、まさかここまでするとは思わなかった……」

悔しそうにピアーズは呟き切られた腕をさする。眉間の皺がまた深くなった。
腕は肘から少し下を切られた。血はなんとか止まって切痕は塞がってきているものの、まだた痛むようだ。

「ピアーズ……」

イーラは何か言おうとしたが何も言えなかった。ピアーズは俯いたまま、静かに言った。

「すまない。少し一人にさせてくれ……」
「……はい」

イーラはそう言って、その場を離れることしか出来なかった。
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