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三章
奴隷だった私は舞踏会に行く5
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「お呼びですか陛下」
呼び出されたピアーズは、王の部屋に入ってそう言った。
ピアーズの父でもあるアドルフ・ウッドビルがその声で、顔を上げた。どうやらお酒を飲んでいたようだ。少し顔が赤い。
部屋には兄のエリオットもいた。
王は呆れたように言った。
「ああ、きたか。せっかく王都に帰ってきたのに、挨拶も来ないから呼び出したんだ」
「申し訳ありません。色々忙しくて……」
ピアーズは目を伏せそう言った。
「しかも、婚約者ができたとは。噂では聞いていたが、まさかハーフを連れて来るとは思わなかったぞ」
アドルフは呆れたように言った。
「何も問題はないでしょう?」
ピアーズは何でも無い事のように言った。アドルフは眉を顰める。
「問題はあるだろう。元老院や貴族達に何を言われるかわからんぞ。あまり軽々しいことはするな」
「私は王を継ぐわけではないですし。誰を娶っても変わらないでしょう」
「しかしな……ミュリエル嬢はどうするんだ?」
「どうするもなにも、彼女とは一度話したことがあるくらいで、変な噂を流されてこちらは迷惑しているんです……まさか貴方が裏でカリストに婚約を了承したとかではないですよね?」
「まさか。そんなことはしとらんよ……ただ」
「……ただ?」
「いつだったか、カリストと話した時、話の流れでお前の結婚話しになってな。適当にいいんじゃないか?と言ってな……」
「まさか、そんな会話でカリストが真に受けたんですか?」
ピアーズはそう言って頭を抱えた。
「い、いや。まさか……そんな……」
アドルフはもごもご言って誤魔化す。
しかし、カリストとはそういう言質を取って、何かしそうな男なのだ。まさか、こんなくだらないきっかけが原因だったとは思わなかった。たまったものでははい。
すると、アドルフがとりなすように言った。
「いいんじゃないか。ミュリエル嬢は美人だし、カリストは商人上がりで財産はそこらの貴族をしのぐんだぞ」
「そういう問題ではないです。俺はあんな者に頼らなくてもどうにか出来ます」
「しかしな……財政もあまりよくない昨今、ああいう者も使っていかないと……」
「それなら。そもそも、今なんでこんな金の掛かる催しを開いたんですか?」
「まあ、まあ。今更言っても仕方ないだろう」
言い合いになっていた二人を見かねたのか、エリオットがそう言って、間に割り込んできた。
「そうだぞ。それにこれは毎年行っているものだし、権威を示すためにも必要なんだ」
アドルフは味方を得たと思ったのか、そう言い返す。
「今はそんな事を言っている場合じゃないでしょう。舐めてかかると人間に負けて、権威なんて意味もなくなる。あの勇者は手ごわいですよ」
ピアーズはため息を吐きつつ言った。
「それに関しては策がある」
エリオットが言った。
「なんです?それは」
「お前がエルフから聞いて、持ち帰った技術があるだろ?あれを使おうと計画している」
「あれを?」
「まだ計画の段階だが、実行する時はお前にも協力してもらおうと思っている」
「分かりました……」
「話しは終わったか?わしはもう行くぞ」
アドルフはまるで自分には関係ないとばかりにそう言うと部屋を出ていった。
それを見てピアーズはため息をつく。
噂によると王は最近、執務もまともにせずエリオットに押し付けて、酒を飲んでばかりなのだそうだ。
エリオットも苦笑する。
その時、部屋に護衛のために来ていたルカスが、少し焦ったように入ってきた。
「どうした?」
「失礼します。実は……」
ルカスはそう言ってピアーズに耳打ちをした。
ピアーズは眉をひそめる。
何かを察したのかエリオットが言った。
「何かあったなら行っていいぞ。詳しいことは、また後日連絡する」
「……分かりました」
ピアーズはそう言って、急いで部屋を出た。
**********
一方その頃、イーラはミュリエルに話しかけられ、思わぬ対峙を強いられていた。
「何か、御用でしょうか?」
イーラはミュリエルにそう返す。まさか直接話しかけて来るなんて思っていなかったから、緊張が走る。ピアーズがいなくなるを待っていたのかもしれない。
エミリーも顔をしかめている。しかし、人の目もあるし無視も出来ないのだ。
ミュリエルは眉をひそめ、汚らわしい物を見るようにイーラを睨む。
「貴方もう少し身の程をわきまえたらどうなの?」
「え?」
「ピアーズ様がいいと仰ったんだとしても、遠慮するのが常識でしょ?」
「あの……何のことでしょう?」
「身分の高い方が、妾や愛人を持つ事は当然ですし私もある程度は了承しています。でも、こんな風に私という婚約者を差し置いて出しゃばるのは辞めてくださる?」
その言葉にイーラは困惑する。いったいこの人の中で事実とは、どういう形になっているのだろうか。
「あの……ピアーズ様は貴方とは婚約関係でもないし。婚約する予定も無いって仰ってましたけど?」
「っ!嘘をつくのはやめなさい。卑しい身分のくせに図々しい!」
ミュリエルはさらに顔を歪め、怒鳴ると持っていた飲み物を突然かけた。
「っ!」
しかし、イーラは反射的に魔法を使ってそれを跳ね返す。
「きゃあ!」
「あ……」
飲み物は見事に跳ね返り、ミュリエルのドレスにかかった。しかも濃い色の飲み物だったから綺麗なドレスは台無しになってしまう。
「何をするの!」
「何って……」
思わずやってしまったがミュリエルが始めた事だ。しかし、ミュリエルはさらに大きな声で怒鳴る。
「なんて下劣で野蛮なのかしら!これだから知性も教養もないハーフは嫌なのよ!!」
ミュリエルが騒いだので、周りの人たちがこちらに気付いた。ざわざわと人が集まってきた。
「何をしている」
「ピアーズ様!」
その時、ピアーズが二人の間に割り込むように現れた。
「ピアーズ様!この無礼なハーフが私にいきなり飲み物をかけてきたんです。罰して下さい!」
ミュリエルが顔を真っ赤にさせながらイーラを指差して言った。
ピアーズは眉を潜めイーラを見た。イーラは困惑した表情でピアーズを見返す。
ピアーズはため息をついて、ミュリエルの方を向いて言った。
「イーラのグラスにはまだ飲み物が入っているようだが?どうやってかけたんだ?」
ピアーズはミュリエルのグラスをチラリを見る。当然空っぽだ。
「怪しい術を使ったんです!卑しい生まれのものはやることも卑しいんですわ!」
ミュリエルはさらに腕を振って、興奮したように怒鳴った。
ピアーズはそれを見て、何が起こったのか大体推測できたようだ。イーラの魔法の技術は普通の魔族より遥かにしのぐのだ。
一見すると呪文を唱えていないように見えるほど早く、それでいて正確なのだ。
とは言え、そんな事がなくてもミュリエルは何かしら難癖を付けてきただろうということは簡単に推測できた。
それにしてもと、ピアーズは呆れる。
こんなに子供のような理屈で、難癖をつけてくるとは思っていなかった。
「私からは何もしてません。使ったのも普通の魔法です」
イーラがきっぱりとそう言う。しかし、ミュリエルはその態度にさらに腹を立てたようだ。
「ハーフのくせになんて生意気なの!私が嘘を付いてるって言いたいの!!」
ミュリエルはそう言って持っていた空のグラスをイーラに投げつけた。しかし、当たる寸前にピアーズが割り込みイーラを庇う。
「ピアーズ様!」
グラスはピアーズにぶつかり、床に落ちて割れる。
割れた音は会場に響いて、さらに人の注目を集めた。
「カリスト・ミュリエル。いい加減にしろ、あまり私を怒らせない方がいいぞ……」
ピアーズがあまり聞いたことがない低い声で言ってミュリエルを睨みつけた。周りにピリピリとした空気が流れる。
イーラは思わず固まった。こんなに怒ったピアーズを見るのは初めてだ。
ミュリエルも流石に勢いをなくし、顔を真っ青にして固まった。
ピアーズの怒気に気圧されているのだ。
それはそうだ、後にいるイーラでも恐ろしいと感じるのだ正面からそれをまともに受けたら恐ろしいだろう。
「ミュリエル!一体何があったんだ?」
ミュリエルの父親、カリスト・デニセが騒ぎを聞きつけたのか、慌てた様子でやってきた。
「お、お父様……そ、その……」
「ピアーズ様?あ、あのこれは一体どういうことですか?」
デニセはオロオロしながら言った。
「それは私のセリフだ。お前の娘は私の連れに飲み物を掛けようとした上に、難癖を付けて来たんだ。どういうことだ」
その言葉にデニセは更にオロオロする。しかし、ピアーズ追い詰めるようにさらに言った。
「それから、私とミュリエル嬢が婚約しているという根も葉もない噂が流れているようだが、誰が流しているか知っているか?」
「そ、それは……」
デニセはとうとう脂汗を流しながら目を泳がせ始めた。
「お父様!お父様が言ったんでしょう?こうすればピアーズ様の婚約者になれるって」
「ミュリエル!お前は余計なことを言うな!」
「で、でも……」
どうやら、これを画策したのは父親のようだ。
「デニセ」
「あ、あの、これはですね……」
デニセが何か言おうとしたが、遮るようにピアーズが言った。
「今なら誰かが勘違いで噂を流したということで、この話を終わらせてやってもいい。それとも、まだなにか言いたい事でもあるのか?」
「っ……い、いえ。何も……」
デニセは項垂れ、そう言った。
ピアーズは呆れたようにため息を吐く。
「そうか、わかった。イーラ、用事は終わった。帰るぞ」
「は、はい」
「あ、因みに本物の婚約者はこの子だ。覚えておけ」
そう言って、ピアーズはイーラを連れて城から出ていった。
王城を出て馬車に乗る。
突然ピアーズがクスクス笑った。
「どうしたんですか?」
「いや、なかなか面白かったなと思って……」
「……そうですか?」
イーラは眉をひそめる。今日はピアーズに付いて回っただけだが、やたらと疲れた。
それに最後に現れたミュリエルは印象が強烈過ぎて、いまだに脳裏に焼き付いている。
「なかなか、見られない反応ばかりで興味深い。それに、カリストのあの顔見たか?いつも付きまとわれてたから清々した」
ピアーズはスッキリしたような表情で言った。デニセには相当迷惑していたようだ。
「それにしても、本当に良かったんですか?」
「何がだ?」
「私が婚約者だって。あそこまで断言してしまったら、今後に影響があるのでは?」
今のところ予定はないが、ピアーズに他に結婚したい相手が今後出来るかもしれない。
それに、急遽家の繋がりを得るために、誰かと婚約関係にならないといけないくなるなんてこともありうる。
まあ、王族であるピアーズが気が変わったと言えばこの話が無くなっても問題にはならないだろうし、ハーフであるイーラを捨てたと噂されても、当然だと思われるだけだ。
「大丈夫だ。むしろ、今後結婚や婚約のことをうるさく言われなくて助かる。なんなら近いうちに、盛大に結婚式でもするか?」
ピアーズはいたずらっぽく笑って言った。
「また、思い付きでそういう事を……」
イーラは呆れた表情になる。
「いい考えだと思うんだがな」
ピアーズは相変わらずクスクス笑いながら言った。
「少し思ったんですけど……」
「なんだ?」
「別に、ミュリエルと結婚してもよかったんじゃないかって思って……」
イーラがそう言うとピアーズは呆れた顔をする。
「お前までそんな事言うのか……」
「だってミュリエルってピアーズ様が言ってた結婚の条件に当てはまってるし」
「そうか?」
「美人だし頭もいいと思いますよ。やり方は悪いかもしれないですが、放っておいたら確実に向こうの目的は達成されてましたし」
外堀から埋めて確実に追い詰めるやり方で、油断していたら思う壺だった。
こんな事、頭が悪かったら出来ない。
「それに貴族だから教養も礼儀もありますし。目的を達成したいという自分の意志はきちっと持っていたみたいですし……」
最後の方は乱暴で支離滅裂ではあったが、その動作は最後まで優雅さがあった。
「家の地位もそんなに高くないですが、ピアーズ様はそれはどうでもいいって言ってましたし」
ピアーズが以前言っていたが、カリスト家は歴史も浅く、格はそんなに高くない。しかし資産が多く、あまり好かれてはいないが影響力もある。
結婚しても損はしない。
そう言うとピアーズは少し考えこむ。
「確かに言われてみれば、条件には当てはまるかもな……」
「ですよね……」
「それでも、あり得ないな」
ピアーズはきっぱり言った。
「だめなんですか?」
「まず、信用出来ない。確かに顔はいいかもしれないが、そんな奴を自分の屋敷に、その上自分のベッドに入れるなんて想像するだけで虫唾が走る」
「……それは……確かに」
思わずイーラはミュリエルと添い寝する絵を想像してみた。安眠は出来そうにないと思った。
「目的のために手段を選ばないというのは、確かに確実で頭のいいやり方かもしれないが、それは短期的に見たらいいってだけだ。長期的に見たら最終的には誰にも信用されなくなる。いつか大損するか、大きな代償を払わされるはめになる」
確かに、今回の件でもかなりの信用は失っただろう。
それでもピアーズは、逃げ道を作って”誰かが噂を流した”と言って”暗にこの事はもう触れないからお前らはもう何もするな”と言ったのだ。
流石に、これでまだ何かしてきたら、相当頭が悪いことになる。
「とりあえず、面白かったがもうあいつらとは関わりたくないな」
「……そうですね」
イーラは同意して心から頷く。
そんな事を話していたら、馬車がホテル着いた。
部屋に着くとホッとしたのか、着替え終わるとイーラはすぐに寝てしまった。
こうして、波乱もあったが舞踏会は無事に終了した。
呼び出されたピアーズは、王の部屋に入ってそう言った。
ピアーズの父でもあるアドルフ・ウッドビルがその声で、顔を上げた。どうやらお酒を飲んでいたようだ。少し顔が赤い。
部屋には兄のエリオットもいた。
王は呆れたように言った。
「ああ、きたか。せっかく王都に帰ってきたのに、挨拶も来ないから呼び出したんだ」
「申し訳ありません。色々忙しくて……」
ピアーズは目を伏せそう言った。
「しかも、婚約者ができたとは。噂では聞いていたが、まさかハーフを連れて来るとは思わなかったぞ」
アドルフは呆れたように言った。
「何も問題はないでしょう?」
ピアーズは何でも無い事のように言った。アドルフは眉を顰める。
「問題はあるだろう。元老院や貴族達に何を言われるかわからんぞ。あまり軽々しいことはするな」
「私は王を継ぐわけではないですし。誰を娶っても変わらないでしょう」
「しかしな……ミュリエル嬢はどうするんだ?」
「どうするもなにも、彼女とは一度話したことがあるくらいで、変な噂を流されてこちらは迷惑しているんです……まさか貴方が裏でカリストに婚約を了承したとかではないですよね?」
「まさか。そんなことはしとらんよ……ただ」
「……ただ?」
「いつだったか、カリストと話した時、話の流れでお前の結婚話しになってな。適当にいいんじゃないか?と言ってな……」
「まさか、そんな会話でカリストが真に受けたんですか?」
ピアーズはそう言って頭を抱えた。
「い、いや。まさか……そんな……」
アドルフはもごもご言って誤魔化す。
しかし、カリストとはそういう言質を取って、何かしそうな男なのだ。まさか、こんなくだらないきっかけが原因だったとは思わなかった。たまったものでははい。
すると、アドルフがとりなすように言った。
「いいんじゃないか。ミュリエル嬢は美人だし、カリストは商人上がりで財産はそこらの貴族をしのぐんだぞ」
「そういう問題ではないです。俺はあんな者に頼らなくてもどうにか出来ます」
「しかしな……財政もあまりよくない昨今、ああいう者も使っていかないと……」
「それなら。そもそも、今なんでこんな金の掛かる催しを開いたんですか?」
「まあ、まあ。今更言っても仕方ないだろう」
言い合いになっていた二人を見かねたのか、エリオットがそう言って、間に割り込んできた。
「そうだぞ。それにこれは毎年行っているものだし、権威を示すためにも必要なんだ」
アドルフは味方を得たと思ったのか、そう言い返す。
「今はそんな事を言っている場合じゃないでしょう。舐めてかかると人間に負けて、権威なんて意味もなくなる。あの勇者は手ごわいですよ」
ピアーズはため息を吐きつつ言った。
「それに関しては策がある」
エリオットが言った。
「なんです?それは」
「お前がエルフから聞いて、持ち帰った技術があるだろ?あれを使おうと計画している」
「あれを?」
「まだ計画の段階だが、実行する時はお前にも協力してもらおうと思っている」
「分かりました……」
「話しは終わったか?わしはもう行くぞ」
アドルフはまるで自分には関係ないとばかりにそう言うと部屋を出ていった。
それを見てピアーズはため息をつく。
噂によると王は最近、執務もまともにせずエリオットに押し付けて、酒を飲んでばかりなのだそうだ。
エリオットも苦笑する。
その時、部屋に護衛のために来ていたルカスが、少し焦ったように入ってきた。
「どうした?」
「失礼します。実は……」
ルカスはそう言ってピアーズに耳打ちをした。
ピアーズは眉をひそめる。
何かを察したのかエリオットが言った。
「何かあったなら行っていいぞ。詳しいことは、また後日連絡する」
「……分かりました」
ピアーズはそう言って、急いで部屋を出た。
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一方その頃、イーラはミュリエルに話しかけられ、思わぬ対峙を強いられていた。
「何か、御用でしょうか?」
イーラはミュリエルにそう返す。まさか直接話しかけて来るなんて思っていなかったから、緊張が走る。ピアーズがいなくなるを待っていたのかもしれない。
エミリーも顔をしかめている。しかし、人の目もあるし無視も出来ないのだ。
ミュリエルは眉をひそめ、汚らわしい物を見るようにイーラを睨む。
「貴方もう少し身の程をわきまえたらどうなの?」
「え?」
「ピアーズ様がいいと仰ったんだとしても、遠慮するのが常識でしょ?」
「あの……何のことでしょう?」
「身分の高い方が、妾や愛人を持つ事は当然ですし私もある程度は了承しています。でも、こんな風に私という婚約者を差し置いて出しゃばるのは辞めてくださる?」
その言葉にイーラは困惑する。いったいこの人の中で事実とは、どういう形になっているのだろうか。
「あの……ピアーズ様は貴方とは婚約関係でもないし。婚約する予定も無いって仰ってましたけど?」
「っ!嘘をつくのはやめなさい。卑しい身分のくせに図々しい!」
ミュリエルはさらに顔を歪め、怒鳴ると持っていた飲み物を突然かけた。
「っ!」
しかし、イーラは反射的に魔法を使ってそれを跳ね返す。
「きゃあ!」
「あ……」
飲み物は見事に跳ね返り、ミュリエルのドレスにかかった。しかも濃い色の飲み物だったから綺麗なドレスは台無しになってしまう。
「何をするの!」
「何って……」
思わずやってしまったがミュリエルが始めた事だ。しかし、ミュリエルはさらに大きな声で怒鳴る。
「なんて下劣で野蛮なのかしら!これだから知性も教養もないハーフは嫌なのよ!!」
ミュリエルが騒いだので、周りの人たちがこちらに気付いた。ざわざわと人が集まってきた。
「何をしている」
「ピアーズ様!」
その時、ピアーズが二人の間に割り込むように現れた。
「ピアーズ様!この無礼なハーフが私にいきなり飲み物をかけてきたんです。罰して下さい!」
ミュリエルが顔を真っ赤にさせながらイーラを指差して言った。
ピアーズは眉を潜めイーラを見た。イーラは困惑した表情でピアーズを見返す。
ピアーズはため息をついて、ミュリエルの方を向いて言った。
「イーラのグラスにはまだ飲み物が入っているようだが?どうやってかけたんだ?」
ピアーズはミュリエルのグラスをチラリを見る。当然空っぽだ。
「怪しい術を使ったんです!卑しい生まれのものはやることも卑しいんですわ!」
ミュリエルはさらに腕を振って、興奮したように怒鳴った。
ピアーズはそれを見て、何が起こったのか大体推測できたようだ。イーラの魔法の技術は普通の魔族より遥かにしのぐのだ。
一見すると呪文を唱えていないように見えるほど早く、それでいて正確なのだ。
とは言え、そんな事がなくてもミュリエルは何かしら難癖を付けてきただろうということは簡単に推測できた。
それにしてもと、ピアーズは呆れる。
こんなに子供のような理屈で、難癖をつけてくるとは思っていなかった。
「私からは何もしてません。使ったのも普通の魔法です」
イーラがきっぱりとそう言う。しかし、ミュリエルはその態度にさらに腹を立てたようだ。
「ハーフのくせになんて生意気なの!私が嘘を付いてるって言いたいの!!」
ミュリエルはそう言って持っていた空のグラスをイーラに投げつけた。しかし、当たる寸前にピアーズが割り込みイーラを庇う。
「ピアーズ様!」
グラスはピアーズにぶつかり、床に落ちて割れる。
割れた音は会場に響いて、さらに人の注目を集めた。
「カリスト・ミュリエル。いい加減にしろ、あまり私を怒らせない方がいいぞ……」
ピアーズがあまり聞いたことがない低い声で言ってミュリエルを睨みつけた。周りにピリピリとした空気が流れる。
イーラは思わず固まった。こんなに怒ったピアーズを見るのは初めてだ。
ミュリエルも流石に勢いをなくし、顔を真っ青にして固まった。
ピアーズの怒気に気圧されているのだ。
それはそうだ、後にいるイーラでも恐ろしいと感じるのだ正面からそれをまともに受けたら恐ろしいだろう。
「ミュリエル!一体何があったんだ?」
ミュリエルの父親、カリスト・デニセが騒ぎを聞きつけたのか、慌てた様子でやってきた。
「お、お父様……そ、その……」
「ピアーズ様?あ、あのこれは一体どういうことですか?」
デニセはオロオロしながら言った。
「それは私のセリフだ。お前の娘は私の連れに飲み物を掛けようとした上に、難癖を付けて来たんだ。どういうことだ」
その言葉にデニセは更にオロオロする。しかし、ピアーズ追い詰めるようにさらに言った。
「それから、私とミュリエル嬢が婚約しているという根も葉もない噂が流れているようだが、誰が流しているか知っているか?」
「そ、それは……」
デニセはとうとう脂汗を流しながら目を泳がせ始めた。
「お父様!お父様が言ったんでしょう?こうすればピアーズ様の婚約者になれるって」
「ミュリエル!お前は余計なことを言うな!」
「で、でも……」
どうやら、これを画策したのは父親のようだ。
「デニセ」
「あ、あの、これはですね……」
デニセが何か言おうとしたが、遮るようにピアーズが言った。
「今なら誰かが勘違いで噂を流したということで、この話を終わらせてやってもいい。それとも、まだなにか言いたい事でもあるのか?」
「っ……い、いえ。何も……」
デニセは項垂れ、そう言った。
ピアーズは呆れたようにため息を吐く。
「そうか、わかった。イーラ、用事は終わった。帰るぞ」
「は、はい」
「あ、因みに本物の婚約者はこの子だ。覚えておけ」
そう言って、ピアーズはイーラを連れて城から出ていった。
王城を出て馬車に乗る。
突然ピアーズがクスクス笑った。
「どうしたんですか?」
「いや、なかなか面白かったなと思って……」
「……そうですか?」
イーラは眉をひそめる。今日はピアーズに付いて回っただけだが、やたらと疲れた。
それに最後に現れたミュリエルは印象が強烈過ぎて、いまだに脳裏に焼き付いている。
「なかなか、見られない反応ばかりで興味深い。それに、カリストのあの顔見たか?いつも付きまとわれてたから清々した」
ピアーズはスッキリしたような表情で言った。デニセには相当迷惑していたようだ。
「それにしても、本当に良かったんですか?」
「何がだ?」
「私が婚約者だって。あそこまで断言してしまったら、今後に影響があるのでは?」
今のところ予定はないが、ピアーズに他に結婚したい相手が今後出来るかもしれない。
それに、急遽家の繋がりを得るために、誰かと婚約関係にならないといけないくなるなんてこともありうる。
まあ、王族であるピアーズが気が変わったと言えばこの話が無くなっても問題にはならないだろうし、ハーフであるイーラを捨てたと噂されても、当然だと思われるだけだ。
「大丈夫だ。むしろ、今後結婚や婚約のことをうるさく言われなくて助かる。なんなら近いうちに、盛大に結婚式でもするか?」
ピアーズはいたずらっぽく笑って言った。
「また、思い付きでそういう事を……」
イーラは呆れた表情になる。
「いい考えだと思うんだがな」
ピアーズは相変わらずクスクス笑いながら言った。
「少し思ったんですけど……」
「なんだ?」
「別に、ミュリエルと結婚してもよかったんじゃないかって思って……」
イーラがそう言うとピアーズは呆れた顔をする。
「お前までそんな事言うのか……」
「だってミュリエルってピアーズ様が言ってた結婚の条件に当てはまってるし」
「そうか?」
「美人だし頭もいいと思いますよ。やり方は悪いかもしれないですが、放っておいたら確実に向こうの目的は達成されてましたし」
外堀から埋めて確実に追い詰めるやり方で、油断していたら思う壺だった。
こんな事、頭が悪かったら出来ない。
「それに貴族だから教養も礼儀もありますし。目的を達成したいという自分の意志はきちっと持っていたみたいですし……」
最後の方は乱暴で支離滅裂ではあったが、その動作は最後まで優雅さがあった。
「家の地位もそんなに高くないですが、ピアーズ様はそれはどうでもいいって言ってましたし」
ピアーズが以前言っていたが、カリスト家は歴史も浅く、格はそんなに高くない。しかし資産が多く、あまり好かれてはいないが影響力もある。
結婚しても損はしない。
そう言うとピアーズは少し考えこむ。
「確かに言われてみれば、条件には当てはまるかもな……」
「ですよね……」
「それでも、あり得ないな」
ピアーズはきっぱり言った。
「だめなんですか?」
「まず、信用出来ない。確かに顔はいいかもしれないが、そんな奴を自分の屋敷に、その上自分のベッドに入れるなんて想像するだけで虫唾が走る」
「……それは……確かに」
思わずイーラはミュリエルと添い寝する絵を想像してみた。安眠は出来そうにないと思った。
「目的のために手段を選ばないというのは、確かに確実で頭のいいやり方かもしれないが、それは短期的に見たらいいってだけだ。長期的に見たら最終的には誰にも信用されなくなる。いつか大損するか、大きな代償を払わされるはめになる」
確かに、今回の件でもかなりの信用は失っただろう。
それでもピアーズは、逃げ道を作って”誰かが噂を流した”と言って”暗にこの事はもう触れないからお前らはもう何もするな”と言ったのだ。
流石に、これでまだ何かしてきたら、相当頭が悪いことになる。
「とりあえず、面白かったがもうあいつらとは関わりたくないな」
「……そうですね」
イーラは同意して心から頷く。
そんな事を話していたら、馬車がホテル着いた。
部屋に着くとホッとしたのか、着替え終わるとイーラはすぐに寝てしまった。
こうして、波乱もあったが舞踏会は無事に終了した。
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