奴隷だった私が四天王の嫁になるまで

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二章

奴隷だった私と勇者の世界

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「魔族と人間が争っているのは知っているな?」

ピアーズはそう説明し始めた。

「私が生まれるずっと前からですよね」
「そう。そして、昔からこの争いは基本的に魔族が優勢だったのも知ってるな?」

イーラは頷く。そこらへんはカーラー先生の授業でも習った。魔族と人間には大きな魔力の差がある、それは戦力にもろに影響していて、木の棒と鉄の剣で戦うぐらいの差があった。

「しかし最近、魔族が劣勢に陥ることが多くなったんだ」
「え?そうなんですか?」

初めて聞く話だった。

「ああ、なんとか勝ってはいるが徐々に押されているのは事実だ」
「知らなかった。……もしかしてそれが、勇者と関係があるんですか?」
「ああ、そうなんだ。人間が異世界から召喚している」
「異世界?」

また知らない言葉が出てきた。

「どうやらこの世界の上にはもう一つ世界があるらしい」
「もう一つの世界?」
「そこには人間と姿かたちそっくりな人間が住んでいるんだ。そこから、数百年に一度くらい人が落ちて来ることがある」
「え?そんな話初めて聞きました」
「本当に珍しいからな、落ちる場所もバラバラだから、知らない者の方が多いだろう」
「なるほど」

ピアーズはそう言って本棚から本を取り出す。

「そう言った者たちを訪問者と言っているのだが、そうした者たちは特徴がある」
「特徴ですか」
「総じて魔力が高く。特別な知識を持っていたりしているんだ。昔の物語に出てくる伝説的な人物はそう言った”来訪者”がモデルだったりするらしい」
「じゃあ、あの”勇者”もその”来訪者”なんですか?」
「正確に言うと少し違う。あの勇者は人間達が魔法でわざと穴を開けてこの世界に落しているんだ」
「あ、そう言えば。暁斗は召喚されたとかって言ってた」

イーラは思い出して言った。

「そう、どうやったのかは分からないが人間はその術を見つけたらしい。そうして人間を召喚し、その強い魔力を利用して戦っている」
「でも、暁斗は神に召喚されたって言ってました。どういうことなんでしょう?」

何だか話が食い違っている。

「それは、呼び出した人間達がそう思い込ませているんだ」
「え?なんでそんな事を?」

ピアーズは苦笑しながら言った。

「それは、そうだろう。違う世界に誘拐されて、命をかけて戦えなんて言われるんだ。はい、分かりましたといいなりになる者なんてそうそういないだろう。だから、お前は選ばれた特別な人間だと言って持ち上げ、騙すんだ」
「なるほど……でも、そんなこと上手くいくんでしょうか?」

確かに暁斗は他の人間と少し雰囲気が違ったし言っていることも分からないことがあった。ピアーズのいう通り暁斗が異世界の人間なら辻褄があう。
しかし、そんなに簡単に騙されるものなのだろうか。いくらなんでもおかしい疑う気がする。

「どうやら、向こうの世界では魔法やモンスターは物語や娯楽として親しまれているようで。この世界とよく似ているらしい」
「だから、信じてしまうってことですか?」

そう言えば、その時はよく分からなかったが、暁斗が中盤とかイベントとか言っていたのはそういうことなんだろうか。

「呼び出す人間の年齢も選んでいるみたいだ。大人になり切っていなくて、しかし体力はあり魔力が出来上がっている十七才から二十才くらいの人間を落すんだ。それくらいだと、知識も経験も浅いから騙しやすい」

確かに、暁斗の年齢もそれくらいだったと思い出す。
ピアーズはさらに続ける。

「さっきも言った通り。お前は、特別な人間だと思い込ませ。もちあげるんだ。実際、他の人間より魔力ははるかに高いし、魔族も敵わない。そうなれば、勘違いをしても仕方がない。さらに、疑いを持たせないように周りに魅力的な異性を近づけて深く考えさせないようにするんだ。イーラも見ただろう?」
「確かに、周りにいたのは女性ばっかりだったし、みんな美人でした」

イーラは巫女や剣士だと言っていた、ファンニやウェンディの事を思い出す。
みんな、暁斗の事を敬い尊敬しているように見えた。でも冷静に考えれば確かにちょっと過剰だった気がする。
ピアーズはニヤリと笑う。

「下品な言い方をすれば、ヤりたい盛りの時に好きなだけヤれて、名誉も力も好きなだけ与えられるんだ。そこで、自制を持つのは若い男には難しいだろう」
「そういうことなんですね……」
「そう、そしてもし失敗しても。次の人間を呼べばいいだけだからな」
「使い捨てってことですか……」

イーラは暁斗の事を思い出して嫌な気持ちになった。ちょっと変なところはあったが、基本的に優しかったし、勘違いはあったものの善意で動いているように見えた。

「人間達にとってはその方が効率がいいからな。向こうも勝とうと必死なのだ」

そう言うと、ピアーズは頷く。

「それなら、本当の事を話して止めさせるか、こっちの味方になってもらえたり出来ないんですか?」

流石にこの事実を知れば、勇者も考えを変えるんじゃないかと思った。
味方にってくれなくても敵対しないでいてくれるだけで、かなり状況は変えられるのではないだろうか。
ピアーズは眉をひそめ難しい顔をする。

「それも、難しいんだ。イーラは勇者の首にチョーカーのような首輪を付けていたのを見たか?」
「……ああ、確かに付けてました」

イーラは思い出しつつ言った。赤黒い宝石に金で装飾されたシンプルではあるが、いやに毒々しい雰囲気のチョーカーだった。

「そう、あれは勇者がこの世界に来た時に付けられるんだ。神が作った首輪で、これが装着できるのは勇者だけだと言う。勇者の証だと」
「本当なんですか?」
「いや、大嘘だ。あの、首輪は誰でも装着できる。そして魔法が掛かっていて。起動の呪文を唱えると大爆発をおこすんだ」
「え?……」

イーラは思わず言葉を失う。暁斗はそんな恐ろしいものを付けていたのか。

「首に巻かれているから、爆発したら勇者は勿論死ぬ。しかも、広範囲に被害が及ぶくらいの爆発だから下手に近づけないんだ」
「あれは、そんな首輪なんですね……」
「一度、魔族と正面から戦った時。勇者が劣勢になった瞬間、おそらく人間側がもうダメだと思ったのか戦場の真ん中で大爆発を起こした。その時はそれで戦いは一旦終結したがこちらの被害も大きかった」
「そんなことが……」
「それは付けた術者しか起動できないんだ。そして、無理に取ろうとしても爆発する。だから説得しようにも人間側に見つかったらこちらに被害がある。だから勇者には悪いがこちらからは何もしてやれないんだ」

ピアーズは顔を曇らせながら言った。

「じゃあ、勇者が自発的に気がついてくれないと無理なんだ」

しかし、暁斗の様子を見ると人間の言っていることを信じ切っているようだった。

「そう。その起動の呪文はある程度近くないと効果はないから、上手く術者から逃げられれば命は助かる。しかし、そうしても人間の国では犯罪者として指名手配されるし、魔族の国に入れば人間だと勘違いされて狙われる」
「そっか……」

魔力が高いとはいえ、そんな状況では生きのびるのはかなり難しくなりそうだ。

「当然だが、人間側もそれなりに対策を取って来ている。下手に説得しようなんて考えない方がいい。勇者には気の毒だが、こちらとしては死んでくれた方が都合がいいんだ」

そう言いつつピアーズは苦い顔をした。随分、恐ろしい仕組みによって勇者とは生み出されているようだった。
イーラは暗い空気を変えるために他の質問をする。

「……彼らはあそこで何をしていたんでしょうか?」
「おそらく、戦いを覚えさせている。落ちてくる人間は魔力が高いが向こうの世界では魔法は使えないらしい。だから魔力の使い方を覚えさせ、戦い方を教えているのだろう」

魔法を使うには訓練が必要だ。イーラはそれをよく知っている。

「そう言えば、暁斗達があそこにいたのは訓練も兼ねてるって言ってた……」
「魔力が高いというのは本当なんだ。おそらく俺よりも高い」
「そんなに、高いんですか……」
「昨日、戦った時俺の方が優勢だったのは勇者がまだ戦いに馴れていないからだろう」

それを聞いて、イーラは血の気が引く。
昨日、暁斗が戦いに慣れていたら危なかったかもしれない。それに、首輪の事を考えるとピアーズはかなり危険にさらされていたのだ。
顔色が悪くなったイーラを見てピアーズが苦笑する。

「大丈夫だ。俺はそんなことに遅れをとるほど弱くないぞ」

ピアーズはそう言って頭を撫でる。イーラはもう一つ気になっていた事を質問する。

「そう言えば、あの後追うって言ってましたけど……」

イーラが砦に帰ってきてすぐにピアーズは兵を連れて戻った。あの後、どうなったのか聞いていない。

「ああ、戻ったが。勇者たちはもういなかった。まあ、予想はついていたがな」
「すいません、私がもっと強ければ要塞に戻らなくてもよかったのに」

イーラが落ち込んだ顔をすると、ピアーズは慰めるようにまた頭を撫でた。

「あの時はまだ分からなかったから、仕方がない。それに、勇者の存在が分かっただけでも収穫だ。これで、こちらも対策が立てられるからな」

そうして、報告は終わり、イーラは部屋に戻った。
その後、要塞では。勇者は去ったということで、今回の遠征は警戒はしつつも、予定通りモンスターの駆除を進めることになった。
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