3 / 18
第一章 播埀国――火の戦
2(1)
しおりを挟む
だくだくと血が身内を駆け巡る音が頭の中にずっと響いている。うるさいほどのその音が、兵たちの鬨の声によって一瞬かき消された。
那束は周囲を見やる。兵一同、殺気立った目で自分を見つめていた。
(ああ、獣の眼だ)
獲物の首を早く欲しがっているのだ。
とめどなく噴き出す汗で視界が曇り、那束は額をぬぐった。乾いた汗とも泥ともつかないざらりとした感触に掌を見やると、赤黒い血がへばりついていた。ぎょっとして見やれば、掌ばかりでなく手甲までも真っ赤に染まっている。甲冑も下袴も血を浴びたように真っ赤だった。
そう。浴び続けていたのだ。敵兵どもの返り血を。
「――大丈夫でございますか、那束さま」
掌から目をあげると、副将である保早呂が、煙で真っ赤になった眼を自分に向けていた。
(保早呂はずっと俺を見ている。あれが俺でないことに、気づいているのではないだろうか)
見透かす目に思えて、那束はうろたえた。それを隠すように笑ってみせた。うまく笑えただろうか。
保早呂の副将にふさわしい隆とした体躯は敵兵の血で赤黒く染まっていた。平時であれば大らかな色をたたえた眼差しは、今や鋭く切れ上がり、鈍い光を放っている。
「やはり少しお休みになられますか」
「いや。すまない。大丈夫だ」
そう言いながら目をそらすと、励ますように肩を叩かれた。
「とうとうここまで来ましたね。日高見国から山を越え海を越えて来たかいがありました。那束さまの功績をお聞きなされましたら、先代王もさぞお喜びになりましょう」
見事でございました、と保早呂は感嘆の息を吐いた。
(……あれは俺じゃないんだ)
歯の根が合わないほどの震えを抑え込んで自信に満ちた声で兵を鼓舞したのも、この崩れ落ちそうな脚を支え、しっかと前を見据えさせているのも――。
(俺の中のあれが、そうさせているにすぎないんだ)
――あなたの中の力を解き放ってあげる。
そうだ、あの男が――。
「さあ、那束さま。突入を命じられませ」
保早呂の声に、那束は我に返った。
自分の腕が腰に帯びた太刀を引き抜き、天にかかげるのを、まるで他人事のように見つめた。それは一族が奉斎する日高見の神に供奉され、将軍として遣わされる際に賜った印綬のひとつであった。ずっしりとした鉄の重みは王座そのもの。腕が震えるほどに重く感じた。
「かかれ!!」
那束の号令と共に兵は堰を切ったように走り出した。館を踏み倒す勢いで階を駆け登り、厚い木の扉がたちまちに蹴破られる。兵たちが怒涛のごとく館内になだれ込み、間もないうちに怒気と歓喜の入り交じった残酷な叫び声が上がった。
「播埀王がいたぞ!!」
那束は周囲を見やる。兵一同、殺気立った目で自分を見つめていた。
(ああ、獣の眼だ)
獲物の首を早く欲しがっているのだ。
とめどなく噴き出す汗で視界が曇り、那束は額をぬぐった。乾いた汗とも泥ともつかないざらりとした感触に掌を見やると、赤黒い血がへばりついていた。ぎょっとして見やれば、掌ばかりでなく手甲までも真っ赤に染まっている。甲冑も下袴も血を浴びたように真っ赤だった。
そう。浴び続けていたのだ。敵兵どもの返り血を。
「――大丈夫でございますか、那束さま」
掌から目をあげると、副将である保早呂が、煙で真っ赤になった眼を自分に向けていた。
(保早呂はずっと俺を見ている。あれが俺でないことに、気づいているのではないだろうか)
見透かす目に思えて、那束はうろたえた。それを隠すように笑ってみせた。うまく笑えただろうか。
保早呂の副将にふさわしい隆とした体躯は敵兵の血で赤黒く染まっていた。平時であれば大らかな色をたたえた眼差しは、今や鋭く切れ上がり、鈍い光を放っている。
「やはり少しお休みになられますか」
「いや。すまない。大丈夫だ」
そう言いながら目をそらすと、励ますように肩を叩かれた。
「とうとうここまで来ましたね。日高見国から山を越え海を越えて来たかいがありました。那束さまの功績をお聞きなされましたら、先代王もさぞお喜びになりましょう」
見事でございました、と保早呂は感嘆の息を吐いた。
(……あれは俺じゃないんだ)
歯の根が合わないほどの震えを抑え込んで自信に満ちた声で兵を鼓舞したのも、この崩れ落ちそうな脚を支え、しっかと前を見据えさせているのも――。
(俺の中のあれが、そうさせているにすぎないんだ)
――あなたの中の力を解き放ってあげる。
そうだ、あの男が――。
「さあ、那束さま。突入を命じられませ」
保早呂の声に、那束は我に返った。
自分の腕が腰に帯びた太刀を引き抜き、天にかかげるのを、まるで他人事のように見つめた。それは一族が奉斎する日高見の神に供奉され、将軍として遣わされる際に賜った印綬のひとつであった。ずっしりとした鉄の重みは王座そのもの。腕が震えるほどに重く感じた。
「かかれ!!」
那束の号令と共に兵は堰を切ったように走り出した。館を踏み倒す勢いで階を駆け登り、厚い木の扉がたちまちに蹴破られる。兵たちが怒涛のごとく館内になだれ込み、間もないうちに怒気と歓喜の入り交じった残酷な叫び声が上がった。
「播埀王がいたぞ!!」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる