『エンプセル』~人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー~

うろこ道

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第七章 邂逅と別離

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 少女とゴーレムは泉を離れ、森の奥へと入っていった。
 安定した背中に身を預けて穏やかに揺さぶられながら、寛人は眠りに落ちそうなのをずっと堪えていた。
 生死を掛けた緊張状態がずっと続いていた中での、久々の安堵感だった。
 しかもなんだかふわふわとして現実感がない。これはウツボカヅラの神経毒のせいだけではないだろう。――寛人は、少女を見下ろす。
(どうして女性がこんな地上の山中に……?)
 国立女性保護施設から逃げ出してきたのだろうか。
 職員との駆け落ち騒動など、たまにニュースで報道されたりする。その場合、逃亡先はたいてい地上である。
 たしかに地下都市から地上へ出るぶんに関してはセキュリティはそれほど厳しくはない。寛人が地上に出れたのもそのためだ。だが、それは寛人が男であるためだろう。厳重な管理下にある女性を地上に連れだすことなんてはたしてできるのだろうか。
 それとも――女性に見えるだけで、実はそうではないのだろうか。
 寛人自身、時に女性のようだと揶揄からかわれることもままある。この子も、そう見えるだけで男の子なのかもしれない。そうでもなければ、完全管理されている女性がこんな山中に存在する理由がない。
 だが――この子は、ただ女性の見た目である自分とは決定的に何かが違う。
 声も高くて華奢で――でも子供とも違うのである。見た目だけでない、まとう空気すらも違っているのだ。
「寝ても大丈夫ですよ。何かあってもゴーレムがいてくれるから」
 寛人の視線に気付いた少女が、見上げてきた。
 その物柔らかな声音に勇気づけられるように、寛人は思い切って訊いてみた。
「あの、今さらなんですけど……あなたは女性ですか?」
 少女は思わぬことを言われたというように目をまたたくと、「はい」と小さく言った。
「ありえない。どうしてこんなところに……」
 少女はなぜか申し訳なさそうに「そうですよね」と視線を足元に落とした。
 なんだか聞いてはいけないことを口にしてしまったような気がして、寛人は口をつぐんだ。
 この子は、危険を押して助けに来てくれたのだ。そんな恩人にぶしつけにあれこれ問うべきではない。
「……あの、助けにきてくれてありがとう」
 おずおずと声をかけると、少女は微かに笑って頷いた。
(もしかして、地上人だろうか)
 もし彼女が地下都市に入れなかった人間の子孫であれば、地上では女児が産まれていることになる。ならばやはり不妊問題や女児の出生率の低下は、地下都市の生活が原因となっているのだろうか――。
「わたし美月と言います」
 ごちゃごちゃと思考を巡らせていた寛人は、我に返った。
「僕は――」
 寛人は口を噤んだ。会ったばかりの正体も知れない人間に、名を教えていいものだろうか。
「名乗らなくても大丈夫」
 そう言って微笑む少女に、寛人は――白井ですと呟いた。
(また白井さんの名前を借りてしまった……)
 すみません、と心中で謝る。
「あの――どうして僕の居場所が分かったんですか?」
「ゴーレムが救難信号を受信して、ここに連れて来てくれたんです」
 ナビゲーション端末――渥美が残してくれたものだ。寛人はぐっと唇を噛んだ。この命は渥美が救ってくれたのだ。


 どんどん森の深部に向かっている――そのことに気付き、寛人はふいに不安を覚えた。
「あの……向かうあてはあるの?」
 少女は逡巡したように足元に目を落とし――うちに、と言った。
(地上の住人だったのか)
 やはり地上では女児が産まれているのだ。寛人が再び思索に沈みかけた時、あの、と美月が顔を上げた。
「主人なら、あなたを地下都市に帰してあげられると思います」
 寛人は「えっ」と我に返ったように顔を上げた。
「旦那さん? ご両親じゃなくて?」
 美月は、なぜか寂しげに頷いた。
 寛人は唖然とした。地上では、こんなにも若くしての婚姻が普通なのだろうか。
「えっと……君がここにいることを、ご主人は知ってるの?」
 美月は首を振る。
「喧嘩して、飛び出してきちゃって……」
 寛人は唖然とした。こんなに軽装なのもそのせいか。
「ゴーレムがいるからって――不用心すぎる。地上を歩き回るのには慣れているのかもしれないけど……。今ごろご主人は心配して探し回っているよ」
「きっと、心配なんてしてません」
 美月はまるで当たり前のように言い切った。
(女性に対しそんな扱い――地上では許されるのか?)
 信じられない話であったが、現に美月が身一つでここにいるのが、彼女の言葉を証明しているように思えた。
「地下都市では女性はすごく貴重なのに……君のご主人はそれをわかっていない」
 我知らず咎める口調になり、寛人は口を噤んだ。他人の家庭のことに口を出すなんて、自分らしくない。
「……いいんです。わたしはだから」
 美月は俯いた。
 何か事情があるのだろう。
(だからって、女の子を一人で出て行かせるなんて――許されることじゃない)
 そんな男がこの子を独り占めしている――無性に腹が立った。
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