『エンプセル』~人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー~

うろこ道

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第六章 地上調査

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 肌寒さに目を覚まし、渥美は自分が寛人を抱えている状況にぎくりとした。
(そうだ――俺は水を探しに行こうとして……)
 いつの間にか眠ってしまったのだ。
 毛玉の親子はすでにいなかった。渥美は寛人をそっと洞の底に横たえ、ビニールシートでくるみ直した。
 冷え切った腕をさすりながら身を起こすと、外はぼんやりと明るかった。明け方のようだった。
 渥美は寛人を見下ろした。汚れた顔はひどく青白く、目はかたく瞑られている。身体の震えは止まっていたが、かえってそれがひどく恐ろしいことに思えてならなかった。
「……待ってろよ。今、水を探してきてやるからな」
 渥美はナビゲーション端末と水筒を持って、うろから這い出した。
 清廉な空気に身震いする。
 昨夜は真っ暗でわからなかったが、辺りは杉の巨木が多く生えていた。その中でも、渥美たちが宿にした杉はひときわ大きい。
「立派な木だな……。柚木を守ってやってくれよ」
 渥美はねじくれた幹に触れ、さてと顔を上げた。
 できれば全身を浸して洗えるほどの水場が望ましかった。
 蜻蛉の湖が脳裏をよぎり――打ち消すように頭を振る。あそこには住血吸虫がいるのだ。
(そう言えば、河野さんが蛇滝水行道場とかいう所があると言ってたな……)
 渥美はナビゲーション端末を起動した。
 蛇滝水行道場までは片道三キロ程度だった。結構な距離がある。衰弱した寛人を背負って行けるだろうか。
(それに――もうそこに水場がなかったら……?)
 この地図の最終アップデートがいつかはわからないが、おそらく地下都市移住前のデータであろう。
 水脈というのは地震等によって干上がることもある。危険を冒して三キロの山道を行き、それが無駄足だったらと思うとぞっとする思いだった。
 一度、自分だけで確認に行くべきか。往復六キロの道程みちのりを。
 どれくらいかかるだろうか。その間、寛人をここに一人で置いていくことになる。地上で一度離れたら二度と会えなくなる覚悟をすべき――斎藤の言葉が脳裏をよぎった。
 その時だった。ザァっと風が周囲の下草を二分した。はっとして顔をあげると、眼前に巨大な蜻蛉が低空飛行で迫ってきていた。
 渥美はとっさに身を伏せた。蜻蛉は頭をかすめ、杉の木の合間を縫って上空へ舞い上がった。続いて何匹もの巨大蜻蛉が、後を追うように渥美の頭上を飛び去っていった。絶え間なく襲う風圧に、渥美は歯を食いしばって耐えた。
 最後の風が過ぎ去り、渥美はようやく顔をあげた。列を成した巨大蜻蛉が、蒼穹に硬質の身体を銀色に煌めかせながら、南の空に去っていった。
 渥美は大きく安堵の息を吐く。
「ヘリを襲ったやつよりずいぶん小型だな……」
 体長は一メートルないくらいだろう。青み掛かった光沢のある体色をしていた。湖にいた黄と黒のツートンカラーの蜻蛉が鬼蜻蜓オニヤンマだったら、あれは銀蜻蜓ギンヤンマというところだろうか。
 渥美は――ふいに我に返ったように空を見上げた。
(あいつらを追ってゆけば、水辺があるかもしれない)
 蜻蛉は水辺で出産をする。あの巨大鬼蜻蜓オニヤンマが湖を巣にしていたのもそのためだ。
 しかし、蜻蛉が集まる場所にわざわざ出向くなんて。――命を捨てに行くようなものではないだろうか。
 恐怖が足元から込み上げ、渥美は固く目を瞑った。
 蜻蛉は心底恐ろしい。震えるほどに――でも。
(また後悔したいのかよ……)
 渥美は唇を噛んだ。
(蜻蛉がなんだ。柚木を助ける。――今度こそ、俺の方が助けてみせる)
 渥美は顔を上げ、蜻蛉の集団が消えた先――鬱蒼と繁る森の深部を見据えた。
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