『エンプセル』~人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー~

うろこ道

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第六章 地上調査

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 河野が手榴弾を手にした瞬間、あれだけ騒がしかった扉周辺の羽音が一切やんだ。 
 渥美は息を飲む。外からこっちの様子は見えていないはずなのに。行動が筒抜けのようで不気味だった。
「待ち構えている何羽かを殺れると思ったんだがな」 
 河野が低く呟いた。
「出るには丁度いいだろ。――行こうぜ」 
 乾が言った。その面差おもざしはすさんではいたが――口調はあくまで冷静だった。
 四人は河野を先頭に、階段を降りてまっすぐ一階に向かった。途中で巨鳥に遭遇することもなく、玄関ホールにたどり着く。
 ガラスドアは床で粉々になっていた。西日が差し込み、散ったガラスの破片がきらきらと輝いている。
 外からは複数の鳥のさえずりが聞こえていた。河野はガラス片をじゃりっと踏みつけ、ひしゃげた蝶番のみ残った開口部に身を寄せた。外を覗き込む。
「……周辺に鳥はいないな」
 河野はふーっと息を吐いた。
「皆はここで待て。――一度、声の主の位置を確認する」
「一人で行くのか?」
 渥美が河野を見やった。
「入り口付近から確認するだけだ。脱出するときは皆でだからな。心配するな」
 河野の声は落ち着いていて、渥美は小さく安堵の息を吐いた。
 河野はレーザーライフルを構えると、垂れ下がる蔦を潜り、外を覗き込んだ。そして――唐突にぴたりと足を止めた。
 その背中のただならぬ気配に、渥美は思わず河野に駆け寄った。
 暗い室内から陽の下に出た瞬間、渥美は西日に目がくらみ――次いで眼前に広がった光景に立ちすくんだ。
 尖塔のような枝や蔓の先に、様々な形の生き物が串刺しになってさらされていた。手足の長いぬらぬらした蛙のようなもの、犬や魚のようなもの、裏にたくさんの触手の生えたエイ――。中にはまだひくひくと体を痙攣させているものもいる。
 それらは逆光で黒々としたシルエットとなり、まるで宙に浮いているように見えた。
 渥美はその奇妙な生き物の中の、ひとつの影に目が釘付けになった。黒く塗りつぶされていたが、それは確かに人の頭部のフォルムだった。
(斎藤さん――) 
 渥美の脳裏に、歴史教科書の片隅に載っていた魔女狩りの図画が浮かんだ。――このように宗教というものは忌まわしく野蛮で、残酷なものです――教師は眉根を寄せて解説していた。 
 足元からがくがくと震えが立ちのぼってくる。肺が震え、呼吸が浅くなる――その時、激しい爆音が耳をつんざいた。
 我に返った渥美の視界に入ったのは、死骸を鈴生りにつけた巨木が、幹に大穴を開けてばりばりと音を立てて倒れてゆくさまだった。
 河野が手榴弾を使ったのだ。
「誰のしわざだ!! どこにいる!! 出て来い!!」 
 河野の怒号が響いた。続けざまにレーザーライフルを発砲する。エイが弾けたように四散した。 
 渥美は河野の背中にしがみついた。 
「や――やめろ河野さん‼︎」 
「離せ! これは鳥のしわざじゃない、人間がやったんだ! 人間以外でこんな残酷なことをするはずがない! 引きずり出してやる!!」 
「これは早贄はやにえだ!!」 
 聞き慣れない言葉に、河野は思わず振り返った。 
「モズっていう鳥がいる。その鳥は捕まえた獲物を殺さずに、枝とかに突き刺しておく習性があるんだ……」 
 言いながら、渥美はようやく気づいた。 
 あの巨鳥の姿――赤茶色のずんぐりした丸い頭部。丸い目のまわりと、小ぶりな嘴だけが濡れたように黒々とした姿。大きさはまったく違うが、見た目はモズそっくりだった。 
(そしてモズは、鳥にしては驚くほど知能が高く、かつ凶暴な肉食動物だ) 
「なら、この声は何だ⁉︎ 人間以外で、こんな呻き声が出せるか!!」 
 その時。軽い羽ばたきの音と共に、獲物が刺さっていない枝に、巨鳥――モズがとまった。 
 モズは河野たちを見下ろし、きょときょとと小首をかしげた。体の割に小ぶりな嘴から、低い声が発せられた。 
 うう……うう……。
「……モズの名は百の舌って書く。それは他の生き物の真似が巧く、真似できる鳴き声の種類が多いからだ。……だけど人の呻き声まで真似るなんて……」 
 百舌もずは嘲笑うかのように死者の呻き声を真似た。 
 河野は怒りで蒼白になった。血走った目で百舌を見据え、レーザーライフルの照準を合わせた。
「河野さん! 冷静になれ、逃げるんだよ!」 
 河野は邪魔だとばかりに渥美を思い切り振りほどいた。渥美は壁に背を打ちつけ、低く呻いた。
 痺れるような痛みに、歯を食いしばってうずくまる。――自分では河野さんは止めることができない。みすみす死なせてしまうのか――。
 不意に腕を取られた。はっと目を上げると、寛人が河野の背中を見据えていた。
「行こう。一人じゃ無理でも、二人なら何とか河野さん止められるかもしれない。こんなところで無駄死になんかさせるものか」
「――いや、おめえらにゃ役不足だ。すっこんでろや」
 乾が、渥美と寛人をすたすたと追い抜いていった。二人はそれを呆然と見送った。
 乾は――おい、と後ろから河野に声をかけるやいなや、その背中をどかっと蹴り飛ばした。
 河野は数歩踏鞴たたらを踏んで、それでも踏みとどまると、ぐるりと振り返った。その殺気立った目に向かって、乾は思いっきり腕を振りかぶり――と殴った。
 目の前で唐突に繰り広げられた暴力に、渥美と寛人は仰天した。
 地面に叩きつけられるように倒れ込んだ河野は、すぐさま立ち上がった。乾を睨み据え、歯を食いしばり、足を踏み出したところで不意にがくんと膝をついた。
 乾は河野を見下ろした。
「頭冷やせ。血ぃ上ってんぞ。あんたがそんなんでどうするよ、頼りにしてんだからよ」
 乾は河野の背後に回ると、背嚢を勝手にあさりはじめた。手榴弾二つを取り出し、無造作に作業ズボンのポケットに突っ込んだ。
「銃もだ。よこせ」
「……どうする気だ」
 河野はこめかみを押さえたまま乾を振り仰いだ。焦点が合わないのか、何度も瞬きをしている。
「あんた、ガキ二人連れて山を降りろ。俺があのクソ鳥どもの足止めしてやるから」
 河野は目を見開いた。
「どうせ俺はその何とか吸虫ってのに寄生されてて助からねえんだろ。ならこの身体をお前らのために使ってやってもいいって言ってんだよ」
 待てよ、と渥美は声をあげた。
「ゆ……柚木が言ってただろ、ちゃんと治療法もあるって……」
 思わず声が上擦り、渥美は口を噤んだ。それを乾は見やる。
「斎藤さんが言ってたぜ。寄生された奴は、地下都市に運ばれても刑務所ムショにゃ帰ってきたためしがないってな。おそらく病理観察の名目で人体実験されたあげく処分されるんだろ。地上の化け物どもとおんなじ扱いだ。そんなの絶対に御免だからな。かといって、俺はお前みたいにこんなくそったれな地上で死ぬのを待って暮らすなんざ余計まっぴらだ」
 渥美は堪えるように唇を噛み、俯いた。
「俺はちゃんと冷静だ。自棄やけになってるわけでもねえぜ」
 乾をじっと見つめていた河野は――そうだな、と低く呟いた。
「……俺のほうは自棄になっていたようだ。だが乾のおかげで目が覚めた。付き合うぞ、乾」
 何言ってんだよ、と乾は片眉を釣り上げた。
「あんた公務員なんだから治療してもらえるだろ」
「いや――俺はもう山を降りるまで保ちそうにない。……俺の中の虫どもがな、この体から出て行きたくてウズウズしてるようだ」
 乾は言葉を詰まらせた。だがすぐに河野を見やると、「行くか」と言った。


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