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第六章 地上調査
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しおりを挟む見晴らしの良い石柱下に寛人と乾を残し、河野、渥美、斎藤の三人は草原の奥に向かった。
「……何もないな。建物らしきものすら見当たらん」
あたりを散策しながら河野が呟いた。
「ドームなんて本当にあるのかよ?」
渥美が苛立たしそうに下草を蹴り上げたところで、斎藤が声を上げた。
「あれ――窓じゃないですかね」
渥美と河野は同時に振り向いた。
左手側に、蔦草に覆われたこんもりとした小山がでんと立ち塞いでいた。その向こうは木々が生い茂り、一見、ただの地形にしか見えなかったが、頂の一部が陽の光をきらきらと反射していた。
「何か光ったな」
人工的な煌めきを見据えながら、河野は近づいた。渥美と斎藤も後に続く。
「あらためて見ると……なんか不自然な形だよな」
渥美が、緑の小山を見上げて呟いた。
河野は腰に帯びたナイフを引き抜くと、肉太の蔦をさくさくと切り落としていった。厚く複雑に絡み合った蔦葉は見る見るうちに切り取られ、ざらざらとした灰色の壁が現れた。
「……コンクリートだ。もしや、これがドームか?」
河野はナイフを持ち直した。
「手分けして入り口を探すぞ」
「こっちのほうが早いぜ」
ふいに渥美は蔦を掴み、足をかけてよじ登り始めた。
「おい渥美、何を……」
「あの窓をぶち割って入るんだよ」
斎藤は「なるほど」と言って、渥美に倣って小山を登り始めた。
「待て、先に行くんじゃない」
河野はナイフを鞘に押し込み、蔦を掴んだ。
蔦は厚く複雑に絡まりあい、まるでネットのように登りやすかった。
結局、最後に登り始めた河野が一番先に上までたどり着いた。頂上に身を乗り上げる。
蔦の隙間に覗いているのはガラスのようだった。これが陽を反射して光ったのだ。
河野は、足元の蔦葉を手で押してみた。硬い。そして斜めに傾いてはいるがまっすぐ平らだった。
これは、屋根ではないだろうか。
だとしたら建物だ。――河野は息を飲む。
「……さすがだなあ河野さん。腕が痛てえよ」
渥美が歯を食いしばって頂上によじ登ってきた。その後に斎藤が続いた。
「これは――やはりガラスですね。窓でしょうか」
「汚れていて中は見えんな……」
河野は汗を拭った。
「蔦を切りましょう」
三人がかりで蔦をナイフで切ってゆくと、錆びて膨らんだ長方形の窓枠が現れた。
「やっぱり建物だ! ドームしかありえねえよ」
渥美が興奮した口調で言った。
どうかドームであってくれ――渥美はそう願う一方で、込み上げる恐れにも似た高揚を堪えていた。
もしここがドームなら、柚木竹流がいる。
河野がナイフの柄尻でガラスを割った。
渥美は弾かれたように顔を上げた。
「位置だけ確認して報告じゃないのかよ?」
「中に入らなければここが目的のドームかどうかわからんだろう」
斎藤が、河野に目を向けた。
「犯人がドーム内に潜伏しているのなら、今ので気づかれたのでは?」
「そうだよ、逃げられたらどうすんだよっ」
柚木竹流に逃げられてしまう――渥美は拳を握りしめた。やっとこの手であいつを殺せると。仇を打てると。この手で――。
「逃げられたなら仕方ない。安全な室内で乾を休ませることが最優先だ。あんな野っ原の真ん中にいつまでも放置はできないだろう」
河野の落ち着いた声音に、渥美は我に返った。
「そ……その通りだ……河野さん」
渥美は愕然と呟いた。乾のことをすっかり忘れていたことが信じられなかった。歯を食いしばってここまで乾を支えてきたのは自分だというのに。
河野はいつでも冷静に判断を下し、優先すべきことを見失わない。河野自身も病魔に侵されているにもかかわらず。
頭を冷やせ――渥美は自分自身に言い聞かせた。
河野は天窓のガラスを叩き割り、大人一人が通れるほどの穴を開けた。
「中は薄暗いな……」
渥美も河野の横から室内を覗き込んだ。光が差し込み、湧き上がった埃が煙幕のように白く舞いあがっていた。
広々としたフロアのようだったが、床は瓦礫の山だった。埃が厚く堆積している。
「犯人が襲ってきたら殺ってしまっていいですか?」
唐突に訊いた斎藤を、河野は睨んだ。
「駄目だ。犯人の制圧を第一目標とする。……斎藤、隙あらば犯罪行為に走るのをやめろ」
斎藤は怒られてもまったく懲りない様子だった。
「まず俺が中に入って確認する。斎藤はこの場で待機。渥美もだ」
河野はロープの先を自分の腰に括りつけて丈夫そうな蔦に潜らせると、端を斎藤に渡した。
「ひとりで行く気かよ」
「ああ。少し見て来るだけだ。銃もあるし、大丈夫だ」
しかし相手はあの柚木竹流なのだ。どんな手を使ってくるかわからない怖さがあった。だがそれを、細かな事情を言わずして河野にどう伝えたらいいのか――渥美が逡巡しているうちに河野は窓枠から懸垂下降で下りていった。
「やっぱり、一人で行かすの危険じゃねえかな……」
不安げに見上げてきた渥美を、斎藤は見返した。
「心配しなくても、一対一で河野くん相手にまともにやり合える人間はそうそういませんよ」
ほどなくして窓枠に金属製の梯子がかかった。
梯子を登ってくる河野の姿に、渥美は安堵の息を吐いた。
「ここは犯人のドームじゃないな。 明らかに何年も使われていない。人の気配もない」
「な……」
なんだよ――渥美は天を仰いだ。
本当なら目的のドームでなかったことを悔やむべきなのに、気が抜けるほどほっとしてしまった。
河野は梯子を登りきると、屋根の上で丁寧にロープを外した。
「中はかなりボロボロだ。だが少なくとも外よりは安全だろう。ここを拠点にしてドームを探そうと思う。 ――乾と柚木を連れてくる」
「でも乾さん……あの体調で、ここまで登れないだろ」
「俺が乾を背負って登る。お前たちはここで待機だ。まだ中には降りるなよ」
河野は蔦を掴んで後ろ向きになると、きびきびとした所作で降りていった。
草叢の中を遠ざかってゆく背中を見ながら、渥美は大きく息を吐いた。
「……あの身体能力、地下都市じゃ使い道ねえだろ」
「確かに警察官なんかさせとくのはもったいないですねえ」
河野さんも誘って地上で暮らしますか――斎藤が真顔で提案し、渥美は「またその話かよ」とげんなりと呟いた。
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