81 / 110
第六章 地上調査
5(5)
しおりを挟む
✳︎✳︎✳︎
一行は高尾山駅を後にした。
荒れ果てた登山道を登りながら、寛人は汗を拭った。
(進んだ気がしない)
延々と同じような風景が続き、まるで終わらない責め苦のようだった。さらに両側を包囲するように巨木がそそり立ち、ひどく閉塞感を感じる。
黙々と前を歩く河野の背中に目を向けた。彼に異変を感じたらすぐに対応できるように――頭ではそう思っていたが、河野より先に、自分の脚の方が動かなくなってしまいそうだった。
後ろに目を馳せる。渥美が、大柄の乾に肩を貸しながら厳しい顔つきで歩を進めていた。今や気力で持ちこたえているのかもしれない。そのさまを見ると、へばってなんかいられないと思う。
しばらく進むと、道が二股に分かれていた。
右側のなだらかな道は土砂で塞がれていて、タイヤ痕は左側の急斜面を登っていた。
河野がナビゲーションを見ながら大きく息を吐いた。
「左が男坂、右が女坂というらしい。先で合流しているようだ」
塞がれた女坂――この日本の現状を表しているようだった。
「ここを登るのかよ……」
渥美が男坂を見上げながら愕然と呟いた。
元は階段だったのか、ところどころに石段の名残が残されていた。土がむき出しのところにも尖った石が顔を出し、危険この上ない。
「……無理だ。置いていってくれ」
乾が荒く息を吐きながら苦しげに言った。
「こんなところで置いていけるか!」
渥美が言い、河野も「駄目だ」と鋭く乾を見据えた。
寛人は乾の顔を覗き込んだ。伏せた眼差しは朦朧としているようだった。額に触れる。熱もずいぶんと上がってきている。
「解熱鎮痛剤です。飲んでください」
寛人は背嚢から薬を出し、乾に渡した。
「二錠ずつ飲んでください。楽になりますから。――河野さんも」
河野は差し出された錠剤を見やる。
「……何錠持ってきたんだ?」
「これだけです」
「なら俺はいい。とっておけ」
駄目です、と寛人は強い口調で河野を見据えた。
「僕は湖で発煙筒を惜しんで後悔しました。だからもう、必要と思った時には使うと決めたんです」
寛人は河野の手を取って、錠剤を握らせた。
「効果は十二時間続きます。それまでにドームを見つけましょう」
寛人は、渥美と二人で乾を支えながらなんとか男坂を上りきった。
もう動けねえよ――渥美は膝をつく。
「頑張ったな、乾。渥美も柚木も、助かった」
先に坂を登りきった河野が励ますように言った。寛人は顎に伝う汗を拭いながら、その顔を見やる。河野の顔色はひどく悪かった。
眼前には平坦な道が続いていた。やはり倒木や岩が転がる荒れ放題な状態ではあったのだが、坂でないことにものすごく安堵した。
「苦抜け門……」
ふいに渥美が呟いた。見れば、登山道の右側に木々に埋もれるように枝分かれした小道が続き、その道を塞ぐように石の門が倒れていた。石門には、苦抜け門と大きく赤字で墨書されていた。
「潜れば苦しみから抜けられるのかよ? そもそも倒れてるから潜れねえよな」
渥美が皮肉げに口元をゆがめた。
その脇道をじっと見ていた河野が、ふいにナビゲーション端末に目を落とした。
「分析班の画像解析によれば、映像に映ったドームの位置はこの近辺らしい。お前たちはここで待っていてくれ。俺はこの脇道を確認してくる」
渥美がぎょっと河野を見た。
「こんな小道だぜ、寄る必要ないだろ。タイヤ痕は道なりに続いてるし……」
「まあでも一応な。ドームを見逃す可能性は潰しておきたい。そこまで距離もないようだしな」
でもよ――渥美は脇道に目をやった。苦抜け門の奥は細い急階段が続いている。体調不良の状態でここを行くのはかなりきついはずだ。
「僕も行きます」
そう言った寛人の脚は、疲労で小刻みに震えていた。
「大丈夫だ。さっと見てすぐに戻ってくる。お前たちは余計な体力を使わず休んでいるんだ」
「河野さんだって体調悪いだろ。そんな状態でひとりでなんか行かせられねえよ。――乾さん、上にいいものがあるかもしれないぜ。頑張れるよな?」
ああ、と乾は薄く笑った。
「では乾くんのお世話は私が代わりましょうか。渥美くんは殿を」
さあ持って――斎藤は、渥美に乾のレーザーライフルを持たせた。
「いいですか。まずここが電源です。構え方はこう。ほら、ここに手を添えて。銃床を肩の付け根にしっかり当ててください。肘は落とし、脇は閉めて――」
「え――え? ちょっと待って――」
渥美は、訳もわからぬままあれよあれよと言う間にレーザーライフルを持たせられた。
「斎藤……お前、銃を使えたのか?」
河野が呆れたように斎藤を見やった。
「使えないとは一言も言ってませんよ。使わないとは言いましたが」
つまらない疑問など抱かずにさっさと行って済ませましょう――斎藤は言った。
一行は高尾山駅を後にした。
荒れ果てた登山道を登りながら、寛人は汗を拭った。
(進んだ気がしない)
延々と同じような風景が続き、まるで終わらない責め苦のようだった。さらに両側を包囲するように巨木がそそり立ち、ひどく閉塞感を感じる。
黙々と前を歩く河野の背中に目を向けた。彼に異変を感じたらすぐに対応できるように――頭ではそう思っていたが、河野より先に、自分の脚の方が動かなくなってしまいそうだった。
後ろに目を馳せる。渥美が、大柄の乾に肩を貸しながら厳しい顔つきで歩を進めていた。今や気力で持ちこたえているのかもしれない。そのさまを見ると、へばってなんかいられないと思う。
しばらく進むと、道が二股に分かれていた。
右側のなだらかな道は土砂で塞がれていて、タイヤ痕は左側の急斜面を登っていた。
河野がナビゲーションを見ながら大きく息を吐いた。
「左が男坂、右が女坂というらしい。先で合流しているようだ」
塞がれた女坂――この日本の現状を表しているようだった。
「ここを登るのかよ……」
渥美が男坂を見上げながら愕然と呟いた。
元は階段だったのか、ところどころに石段の名残が残されていた。土がむき出しのところにも尖った石が顔を出し、危険この上ない。
「……無理だ。置いていってくれ」
乾が荒く息を吐きながら苦しげに言った。
「こんなところで置いていけるか!」
渥美が言い、河野も「駄目だ」と鋭く乾を見据えた。
寛人は乾の顔を覗き込んだ。伏せた眼差しは朦朧としているようだった。額に触れる。熱もずいぶんと上がってきている。
「解熱鎮痛剤です。飲んでください」
寛人は背嚢から薬を出し、乾に渡した。
「二錠ずつ飲んでください。楽になりますから。――河野さんも」
河野は差し出された錠剤を見やる。
「……何錠持ってきたんだ?」
「これだけです」
「なら俺はいい。とっておけ」
駄目です、と寛人は強い口調で河野を見据えた。
「僕は湖で発煙筒を惜しんで後悔しました。だからもう、必要と思った時には使うと決めたんです」
寛人は河野の手を取って、錠剤を握らせた。
「効果は十二時間続きます。それまでにドームを見つけましょう」
寛人は、渥美と二人で乾を支えながらなんとか男坂を上りきった。
もう動けねえよ――渥美は膝をつく。
「頑張ったな、乾。渥美も柚木も、助かった」
先に坂を登りきった河野が励ますように言った。寛人は顎に伝う汗を拭いながら、その顔を見やる。河野の顔色はひどく悪かった。
眼前には平坦な道が続いていた。やはり倒木や岩が転がる荒れ放題な状態ではあったのだが、坂でないことにものすごく安堵した。
「苦抜け門……」
ふいに渥美が呟いた。見れば、登山道の右側に木々に埋もれるように枝分かれした小道が続き、その道を塞ぐように石の門が倒れていた。石門には、苦抜け門と大きく赤字で墨書されていた。
「潜れば苦しみから抜けられるのかよ? そもそも倒れてるから潜れねえよな」
渥美が皮肉げに口元をゆがめた。
その脇道をじっと見ていた河野が、ふいにナビゲーション端末に目を落とした。
「分析班の画像解析によれば、映像に映ったドームの位置はこの近辺らしい。お前たちはここで待っていてくれ。俺はこの脇道を確認してくる」
渥美がぎょっと河野を見た。
「こんな小道だぜ、寄る必要ないだろ。タイヤ痕は道なりに続いてるし……」
「まあでも一応な。ドームを見逃す可能性は潰しておきたい。そこまで距離もないようだしな」
でもよ――渥美は脇道に目をやった。苦抜け門の奥は細い急階段が続いている。体調不良の状態でここを行くのはかなりきついはずだ。
「僕も行きます」
そう言った寛人の脚は、疲労で小刻みに震えていた。
「大丈夫だ。さっと見てすぐに戻ってくる。お前たちは余計な体力を使わず休んでいるんだ」
「河野さんだって体調悪いだろ。そんな状態でひとりでなんか行かせられねえよ。――乾さん、上にいいものがあるかもしれないぜ。頑張れるよな?」
ああ、と乾は薄く笑った。
「では乾くんのお世話は私が代わりましょうか。渥美くんは殿を」
さあ持って――斎藤は、渥美に乾のレーザーライフルを持たせた。
「いいですか。まずここが電源です。構え方はこう。ほら、ここに手を添えて。銃床を肩の付け根にしっかり当ててください。肘は落とし、脇は閉めて――」
「え――え? ちょっと待って――」
渥美は、訳もわからぬままあれよあれよと言う間にレーザーライフルを持たせられた。
「斎藤……お前、銃を使えたのか?」
河野が呆れたように斎藤を見やった。
「使えないとは一言も言ってませんよ。使わないとは言いましたが」
つまらない疑問など抱かずにさっさと行って済ませましょう――斎藤は言った。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クロノ・コード - 成長の螺旋 -
シマセイ
SF
2045年、東京。16歳になると国から「ホワイトチップ」が支給され、一度装着すると外せないそのチップで特別な能力が目覚める。
ハルトはFランクの「成長促進」という地味な能力を持つ高校生。
幼馴染でSランクの天才、サクラとは違い、平凡な日々を送るが、チップを新たに連結すれば能力が強くなるという噂を知る。
ハルトは仲間と共に、ダンジョンや大会に挑みながら、自分の能力とチップの秘密に迫っていく。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

999番
作者主
SF
20xx年、香港、大量虐殺があるちんけな商店街で起こった、死者は数十人にまで及び、負傷者は20人余り、一時はニュースへ大々的に取り上げられていたが、今ではその事件など人々の記憶にすら残っていなかった
その中で、また一つの大きな事件があることを知らずに
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる