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第六章 地上調査
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ケーブルカーのりば――天井から垂れ下がる発車案内板にはそう記されていた。ただ、時刻を知らせる電光掲示は真っ黒である。
「おい、電車があるぞ!」
先に進む乾の声に、渥美は目を向けた。
通路のような小さい改札の向こうはすぐに乗降場であり、そこに黄色の車両が停まっていた。
(電車だ。本物の――)
渥美は、自分の手が震えていることに気付いた。幼い頃は絵本で親しみ、長じてからは授業で記録映像を散々見せられた姿がそこにあった。
地上を見たい――物心ついた時から、ずっと願ってきた。その想いは、いつの間にか地上に逃げたいに変わっていたのだが。この過去の遺物を目の前にして、幼い頃の熱い思いが蘇ってくるようだった。
「電車ではなく、これがケーブルカーのようですね」
斎藤が改札付近で呟いた。
「電車と違うのか?」
乾は物珍しそうにケーブルカーを眺め回した。河野が駆け寄り、乾の背嚢を掴む。
「あんまり寄るんじゃない」
「寄んなきゃ中、見れねえだろ」
渥美も車両に近づいた。遠目には綺麗そうに見えたが、塗装の下半分は剥げて黒ずみ、車体全体が沈み込むように歪んでいた。
乾がどこからか錆びた鉄パイプを拾ってくると、車両のドアをガンガンと突いた。金属であるはずのドアはぐんにゃりと撓み、容易に外れて落ちた。
「すげえ柔らかかったぞ。腐ってんだな」
乾は車内を覗き込む。
「うわ――ヘドロみてえのが積み上がってやがる。それにしても臭っせえなぁ」
「乾、せめて鼻と口を覆え」
怒鳴る河野の後ろから、渥美は車内を覗き込んだ。
車体の外側は一見きれいなのに、内側は真っ黒だった。座席は完全に腐食している。そして、車内の床には焦げ茶色の泥のようなものが厚く積もっていた。もこもこと凹凸した、不自然な形である。
泥の中にはなんだか色々混じっているようだった。針金のようなものが飛び出していて、その不自然に人工的なフォルムが気になった。渥美はヘルメットのバイザー越しに目を凝らし――衝撃に息が止まった。
それはただの針金などではなく、眼鏡だった。
「ヘドロなんかじゃない――人間だ!!」
渥美は叫んだ。河野と乾が驚いたように振り向く。
丸みを帯びた隆起は頭や肩だった。折り重なるようにして、何人もの人間が溶けたようにひとかたまりになっているのだ。そこに埋まるように眼鏡や鞄、杖らしきものが顔を出していた。よくよく見れば――衣服らしき柄も見える。
あまりのことに渥美は立ち竦んだ。河野も凍りついたように車内を見つめている。
その横で――乾がおもむろに鉄パイプを人間の塊の中にずぶ、と突っ込んだ。
「な――何をしてる!!」
河野が叫んだ。
「いいもんがあるかもしれねえだろ。指輪とか金歯とか――」
乾はかまわず鉄パイプでかき回した。かろうじて人の形を保っていたものも、次々と崩れて混沌としてゆく。
「やめろ!!」
しがみつくように腕をつかんだ河野を、乾は振り向いて睨み据えた。
「これはもう人間じゃねえ。そもそも地上のもんはもう誰が盗ったっていいんだ。それとも窃盗でしょっ引くか? お巡りさんよ」
目を見開いた河野を、乾は突き飛ばした。
「地上調査の資源回収だってなぁ。それらはもともと地上で生きてた誰かのもんだろ。やっていることは俺と同じだろうが。それに俺はな、命を懸けてるんだ。安全な場所でのうのうと胡坐をかいて指示だけしてるやつらがやるのは正しくて、体張ってる俺がやるのは駄目だなんて納得いかねえからな」
「ち……違う、そういう問題じゃない。これは、死者への冒涜だ……!」
「冒涜? 罪悪感ってやつか? そりゃあ全部あんたの中の問題だ。少なくとも、このヘドロになっちまったやつらはもう何にも感じちゃいねえよ」
乾さん――寛人がプラットホームから声をかけた。
「触らないほうがいいです。人体が分解されずにこんな状態で残るなんて普通じゃない。見たところ……死蝋化や鹸化でもなさそうだし、もしかしたら大戦時に使用された生物兵器の影響かもしれません。――遺体から感染しないとも限らないですよ」
乾はぎょっと身を引いた。
「普通じゃないってどうゆうことだよ。お前……そうゆうの詳しいのか?」
少しは、と寛人は言った。
乾は舌打ちをすると、手にしていた鉄パイプを車両の中に投げ入れた。
「そうゆうことなら諦めるけどよ。くそっ、もったいねえなあ」
ヘリの墜落地に期待するか――乾はそう言って踵を返して改札に向かった。
河野は滴る汗を拭いもせずにかたく目をつむり、車両に向かって手を合わせていた。渥美はその背中を凍りついたように見つめた。
ケーブルカーのりば――天井から垂れ下がる発車案内板にはそう記されていた。ただ、時刻を知らせる電光掲示は真っ黒である。
「おい、電車があるぞ!」
先に進む乾の声に、渥美は目を向けた。
通路のような小さい改札の向こうはすぐに乗降場であり、そこに黄色の車両が停まっていた。
(電車だ。本物の――)
渥美は、自分の手が震えていることに気付いた。幼い頃は絵本で親しみ、長じてからは授業で記録映像を散々見せられた姿がそこにあった。
地上を見たい――物心ついた時から、ずっと願ってきた。その想いは、いつの間にか地上に逃げたいに変わっていたのだが。この過去の遺物を目の前にして、幼い頃の熱い思いが蘇ってくるようだった。
「電車ではなく、これがケーブルカーのようですね」
斎藤が改札付近で呟いた。
「電車と違うのか?」
乾は物珍しそうにケーブルカーを眺め回した。河野が駆け寄り、乾の背嚢を掴む。
「あんまり寄るんじゃない」
「寄んなきゃ中、見れねえだろ」
渥美も車両に近づいた。遠目には綺麗そうに見えたが、塗装の下半分は剥げて黒ずみ、車体全体が沈み込むように歪んでいた。
乾がどこからか錆びた鉄パイプを拾ってくると、車両のドアをガンガンと突いた。金属であるはずのドアはぐんにゃりと撓み、容易に外れて落ちた。
「すげえ柔らかかったぞ。腐ってんだな」
乾は車内を覗き込む。
「うわ――ヘドロみてえのが積み上がってやがる。それにしても臭っせえなぁ」
「乾、せめて鼻と口を覆え」
怒鳴る河野の後ろから、渥美は車内を覗き込んだ。
車体の外側は一見きれいなのに、内側は真っ黒だった。座席は完全に腐食している。そして、車内の床には焦げ茶色の泥のようなものが厚く積もっていた。もこもこと凹凸した、不自然な形である。
泥の中にはなんだか色々混じっているようだった。針金のようなものが飛び出していて、その不自然に人工的なフォルムが気になった。渥美はヘルメットのバイザー越しに目を凝らし――衝撃に息が止まった。
それはただの針金などではなく、眼鏡だった。
「ヘドロなんかじゃない――人間だ!!」
渥美は叫んだ。河野と乾が驚いたように振り向く。
丸みを帯びた隆起は頭や肩だった。折り重なるようにして、何人もの人間が溶けたようにひとかたまりになっているのだ。そこに埋まるように眼鏡や鞄、杖らしきものが顔を出していた。よくよく見れば――衣服らしき柄も見える。
あまりのことに渥美は立ち竦んだ。河野も凍りついたように車内を見つめている。
その横で――乾がおもむろに鉄パイプを人間の塊の中にずぶ、と突っ込んだ。
「な――何をしてる!!」
河野が叫んだ。
「いいもんがあるかもしれねえだろ。指輪とか金歯とか――」
乾はかまわず鉄パイプでかき回した。かろうじて人の形を保っていたものも、次々と崩れて混沌としてゆく。
「やめろ!!」
しがみつくように腕をつかんだ河野を、乾は振り向いて睨み据えた。
「これはもう人間じゃねえ。そもそも地上のもんはもう誰が盗ったっていいんだ。それとも窃盗でしょっ引くか? お巡りさんよ」
目を見開いた河野を、乾は突き飛ばした。
「地上調査の資源回収だってなぁ。それらはもともと地上で生きてた誰かのもんだろ。やっていることは俺と同じだろうが。それに俺はな、命を懸けてるんだ。安全な場所でのうのうと胡坐をかいて指示だけしてるやつらがやるのは正しくて、体張ってる俺がやるのは駄目だなんて納得いかねえからな」
「ち……違う、そういう問題じゃない。これは、死者への冒涜だ……!」
「冒涜? 罪悪感ってやつか? そりゃあ全部あんたの中の問題だ。少なくとも、このヘドロになっちまったやつらはもう何にも感じちゃいねえよ」
乾さん――寛人がプラットホームから声をかけた。
「触らないほうがいいです。人体が分解されずにこんな状態で残るなんて普通じゃない。見たところ……死蝋化や鹸化でもなさそうだし、もしかしたら大戦時に使用された生物兵器の影響かもしれません。――遺体から感染しないとも限らないですよ」
乾はぎょっと身を引いた。
「普通じゃないってどうゆうことだよ。お前……そうゆうの詳しいのか?」
少しは、と寛人は言った。
乾は舌打ちをすると、手にしていた鉄パイプを車両の中に投げ入れた。
「そうゆうことなら諦めるけどよ。くそっ、もったいねえなあ」
ヘリの墜落地に期待するか――乾はそう言って踵を返して改札に向かった。
河野は滴る汗を拭いもせずにかたく目をつむり、車両に向かって手を合わせていた。渥美はその背中を凍りついたように見つめた。
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