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第六章 地上調査
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しおりを挟む「何だぁ? ありゃあ」
緊張に身を強張らせていた寛人は、乾の声に我に返って顔を上げた。
乾が腕を組んで前方を見上げていた。その視線の先には、崩れかけたコンクリートが手前にのしかかるように傾いでいた。それは所々寸断しながらもはるか遠くまでどこまでも続いていた。
寛人もつられるようにじっと見ていると、背後から声が答えた。
「なんでしょうね。高速道路とかいうものでは?」
振り向くと、斎藤が背後に立っていた。いつの間に――まったく気配がなかった。
「中央本線だ。線路だよ」
ヘリから降りてきた操縦士が言った。大ぶりの背嚢を軽々と担いでいる。
あたらめてひしゃげた高架線を見あげた。電車――日本が誇るインフラのひとつだと教えられたそれを、寛人は写真と映像資料でしか見たことがない。寸分の遅れもなく一日何万人もの乗客を運ぶ鉄の箱。本当に存在していたんだと思うと不思議な気持ちになってくる。
操縦士は「五人になっちまったなあ」と言いながら、背嚢の中身を地面に広げた。
「国土交通省からの支給品だ。食糧、水筒、ロープ、マグライト、ビニールシート、チャッカマン。各自、自分の背嚢に入れとけよ。ないものがあったら今のうちに言えよな」
「ここはどこだよ?」
乾が操縦士に訊いた。
「戦前は高尾山口駅前の駐車場だったところだ。本当は山頂付近に降ろしてやる予定だったんだが、あの羽虫のせいで先に進めねえ。急きょ登山してもらうことになった」
「今回は山かぁ? 金鉱でも見つかったかよ?」
「いや、今回の仕事はいつもの資源回収や環境調査じゃない。警察の捜査協力だ」
乾は「はあ?」と声をあげた。
「まあ――詳細は河野警部補に聞くんだな」
じゃあ俺はまだ準備があるから後はよろしく頼みます――操縦士はそう言い残してヘリに戻っていった。
乾は呆気にとられたように河野を見やった。
「あんた、お巡りだったのかよ。どおりで雰囲気が堅気じゃねえと思ったぜ」
「警察庁地下都市第十五居住管区警察局警備部の河野だ。協力に感謝する」
河野はヘルメットの頭を昂然と上げた。
「ではさっそく本題に入らせてもらう。近々、地上に逃げた犯罪者の逮捕のために、ここ高尾山に警官隊による捜査本部が入ることになっている。君たちにはその先鋒隊を担ってもらう。具体的には、犯人が潜伏しているドームを見つけ、その位置を確認することだ。犯人の逮捕が目的ではなく、あくまでドームを見つけるまでが任務となる。猶予は七日。ドームを発見できなくても期限までには戻る計画だ。以上、質問を受け付ける」
「ドームぅ?」
よく通る張りのある声に胴間声が被った。乾が眉根を寄せている。
「この広い山ん中で見つけるのなんか無理じゃねえか?」
「おおよその場所の目星はついてる。高尾山の山頂付近だ。ただ現在ドームはすでに確認できない状態だ。おそらく何らかの手段で山中にカムフラージュされているのだろうと思われる。だがかなりの大きさの建築物だからな。いくらうまく偽装したとしても、直接現地に行けば見つかる可能性が高い」
操縦士はヘリからコンテナボックスを抱えて降りてきた。
「話は終わったか?」
操縦士はコンテナボックスを地面にどさっと置いた。留め金を外し、重そうな蓋を開く。
「こっちは軍からの支給品だ。ライフル二丁に手榴弾三つ。ナイフは人数分ある」
斎藤は真っ先にコンテナに近づくと、軍用ナイフを手にした。鞘から抜いて刃を水平に構え、じっと見据える。
「銃は二丁かよ。前回より少なくねえか?」
コンテナを覗き込んでいた乾が不満げな声をあげた。操縦士はそんな乾を斜に見やった。
「たくさんあったっておまえら使えねえだろ」
河野がライフルを手に取った。
「弥勒製作所のレーザーライフルか。初心者は扱えないんじゃないか?」
「あんたが使い方教えてやれよ」
操縦士が投げやりに言い捨てた。
河野は少し考えると、斎藤に目をやった。
「斎藤は地上調査の経験者だったな。銃を持つか?」
「わたしはナイフのみで結構です」
斎藤はナイフの刃を凝視しながら答えた。
「ぼくも使い方がわからないので」
寛人が言った。渥美も「俺も銃はいい」と手を振る。
そんな中、乾がレーザーライフルを手に取った。
「じゃあ俺が持たせてもらうぜ。前回ぶっ放したから使い方はわかってる」
操縦士は空になったコンテナボックスに蓋をし、河野にナビゲーション端末を渡した。
「目的地の経路案内だ。登山道の一号路が指示されるように設定されてる。他の登山道はもう通れないから気をつけろよ。その一号路もかつては全舗装された道だったが、今はどうなってんだかわからねえからな」
「あんたも行くのか?」
渥美が操縦士に尋ねた。
「俺はここで待機だ。もし戻って来ない場合は七日後の十三時きっかりにヘリを出す。間に合わねえようなら躊躇なく置いていくからな。絶対に待たねえから、遅れんなよ」
それとな、と操縦士は言った。
「川には近づくなよ。なんか人を食う獰猛なのがいるそうだ」
「目的が調査じゃねえんなら、わざわざ危ねえ水辺なんかに近づくかよ」
乾がライフルを矯めつ眇めつしながら言った。
「じゃあ諸々気をつけてな。おまえら、警部補さんの言うことをちゃーんと聞くんだぜ」
操縦士はひらひらと手を振りながら、さっさとヘリの運転席に戻って行った。
「――では出発する」
河野がきびきびと声を張り上げた。
「あー、ちっと待っててくれ。着替えるから」
乾がマイペースな口調で言った。斉藤も「ああ、そうですね」と応じる。
(着替える?)
寛人は乾を見上げた。渥美と河野も思わず振り向く。
乾はあたりをきょろきょろと見渡すと、「建物があるじゃねえか」と言って、やおら茂みの中を歩きだした。斎藤も後に続く。
二人が向かう先には三角屋根がのぞいていた。
残った三人はぽかんと二人の背中を見ていたが、ふいに河野が我に返ったように「待て、お前たち――」と後を追った。
「……何なんだよ。なぁ」
唖然としていた渥美は思わずと言ったように寛人に話しかけ、はっと口を噤んだ。あえて不機嫌そうに顔をそらし、そのまま無言で男たちの後を追う。
寛人は内心で小さく溜息をついた。なんだか面倒な道中になりそうだった。
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