『エンプセル』~人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー~

うろこ道

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第六章 地上調査

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 青々と広がった狭山湖はあっという間に後ろに過ぎ去った。かわりに大小の湖沼が至るところに点在するようになり、それは陽光を反射し、生い茂る緑の中で白く輝いていた。所々、傾いだ灰色のかたまり――おそらく建物だったのであろう――が乱立している。
「……これがかつての日本の首都か。水浸しじゃねえか」
 乾が呆れたように言った。
「首都高の環状線は皇居を見下ろさないように何ヵ所か地下に入る構造になっていたらしいです。そこがいたるところ陥没して水が溜まっているんでしょうね」
「もう、人の住める場所じゃねえなあ……」
 乾が小さく息を吐いた。
 渥美が拳を硬く握りしめるのを、寛人は見やった。
 寛人も渥美も、かつて栄華を極めた首都東京の記録を幼い頃から飽きるほど見せられていた。大人たちに、将来おまえたちがこの地上を取り戻すのだと言われながら。
 それが今や、すべて深い森に埋もれている。
 寛人は不吉なものを見たように感じて、思わず目を伏せた。
『もうすぐ目標地点に到達する』
 操縦士の放送が入った。
 ヘリの放つ轟音を聞きながら、寛人は目下に伸びる線路とも道路ともつかない灰色の線をぼうっと眺めていた。
 所々寸断しながらも続いていたそれは、ねじり切られたように唐突に終わった。かわりに現れたのは、山間やまあいに圧縮したような奇妙な形状の道路だった。
 一瞬、絡まりあった金属チューブのように見えた。ぐねぐねと絡み合い入り込み、幾重いくえにも重なり合っている。
 さらに所々は崩落していたり水没したり、飴細工のようにぐんにゃりと曲がっていたりしているものだから、見ているだけで平衡感覚が狂うような、気持ちの悪さがあった。しかもかなり巨大な規模なのである。
「……なんだ、ありゃあ?」
 乾が唖然として呟いた。
「高尾山インターチェンジじゃないでしょうか」
 斎藤が言った。
「ほら、前方の山々の連なり――あれは奥高尾縦走路でしょう」
「そんなの見たってわかんねえよ。つうか高尾山って何だよ? 神奈川県に向かうんじゃねえのか?」
 寛人は息を飲んだ。曽祖父が身を隠しているという高尾山に、とうとう来たのだ。
「山ん中にこんなもん作るなんて狂気の沙汰だな……」
「地形的に用地を確保することが困難だったために、苦肉の策でこういったデザインにするしかなかったんでしょうね」
 半分植物に飲み込まれかけた巨大インフラは、まるで退廃的なオブジェのようだった。そこに鳥のようなものがたくさんとまっているのを見つけて、寛人は目を凝らした。
(いや、あれには羽毛がない。蝙蝠こうもり? でもあの長細いくちばしは……)
 図鑑に載っていたすべての生き物と違う。自分の知識はここで役に立つのだろうか――。
 じっとりと冷たい汗が背を伝っていった。


 ヘリコプターはゆっくりと速度を落とし、山の斜面に沿うように高度を上げていった。
 その時だった。突然、厚い枝葉を割って、機の眼前に黒い塊が飛び出してきた。
 機体が大きくかしぎ、寛人は窓に頭をしたたかに打ちつけた。その一瞬の間に目に入ったのは、窓すれすれを横切る巨大な黒い影だった。あまりにも速すぎてその姿を捉えることすらできなかった。
 すんでのところで衝突を回避した操縦士の腕の良さに感嘆した次の瞬間、地響きのような轟音が響いた。機体が震えるほどの衝撃に、寛人は座席からずり落ちかけ、背当てにしがみついた。
 すぐさま身を起こし、窓から外を覗き込む。目に入ったのは、後ろを飛んでいたヘリコプターがぐらりと傾ぐ瞬間だった。そのプロペラは完全にひしゃげている。
 愕然とする寛人の視界の端に、青空を悠々と旋回する黄色と黒のツートンカラーが映りこんだ。
(……蜻蛉とんぼだ)
 開帳三メートルもあろうかという巨大な蜻蛉だった。あれに当てられたのだ。
 翼を打ち壊されたヘリコプターはくるくると旋回しながら、木々の天蓋に落ち込んでいった。
「おい! 五人になっちまったじゃねえかよ!!」
 乾の怒鳴り声に、寛人は我に返った。
 見れば行く手を塞ぐように巨大蜻蛉が何匹も旋回している。ここから先は、あの蜻蛉たちの縄張りなのだ。
 くそ、と操縦士の吐き捨てるような声がスピーカーから響いた。
『これ以上は進めねえ。緊急着陸する』
 ヘリコプターはぐるりと旋回すると、逃げるようにその場を離れた。
「……こんな山の中にヘリが降りれるところなんてあるのか?」
 渥美がやっと絞り出したような掠れた声で呟いた。
「緊急着陸地点は事前に何箇所かドローンで目星をつけてある」
 当然のように答えた河野に、渥美は警戒したような目を向けた。
「あんた、何でそんなこと知ってんだ?」
 ふいに胃がせり上がるような浮遊感を覚え、渥美は口をつぐんだ。
 ヘリコプターはスピードを落とし、みるみる高度を下げてゆく。
 厚く茂る森の中に、高い木の生えていないぽっかりとした空間が見えてきた。
 ヘリコプターは大きく旋回しながら、砂を巻き上げて着陸した。
「……どこだよここ?」
 乾が窓を覗き込んだその時、唐突にドアが開き、操縦士が顔を覗かせた。
「降りろ」
 操縦士はぞんざいに言い捨てると、さっさとタラップを降りて行った。
 斎藤はヘルメットを装着し、慣れた様子で後に続いた。
 寛人は立ち上がろうとして、自分の足が萎えていることに気付き、呆然とした。
「おい、腰が抜けちまったかよ」
 顔を上げると、乾が手を差し伸べていてぎょっとした。からかう口調でなく真顔である。
「だ――大丈夫です」
 乾は「そうかよ」と言うと手を引っ込めた。ヘルメットを被り直し、タラップを降りてゆく。
 隣で渥美がぎこちなく立ち上がった。ヘルメットで顔は見えないが、寛人と同じく衝撃を受けているに違いなかった。
 渥美に続き、寛人も立ち上がる。最後に腰を上げたのは河野だった。
 タラップから地面に足を下ろした寛人は、わずかに沈みこむ感触に目をみはった。地下都市にも人工芝や石畳はあったが、土を踏むのは初めてだった。
 降り立った瞬間にむわっとした熱気と息苦しさに襲われた。まさかガスだろうか――とっさに息を止めた寛人に、斎藤が呟いた。
「大丈夫ですよ。ただの湿気です」
「おまえら地上に来たの初めてだもんな。湿気に取り巻かれたことなんてねえだろ」
 乾がにやにやしながら言った。
 寛人は大きく息を吐いた。すでに防護服の中は蒸れはじめ、全身にうっすらと汗が滲んでいる。
(……本当に地上に来たんだ)
 寛人は数多あまたの地上生物、そして地上から帰還してきた半死半生の調査隊の姿をたくさん見てきた。
 地上は化け物の巣だ。ここを突破して、柚木竹流を見つけ――殺すのだ。
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