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第五章 本間通運
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✳︎✳︎✳︎
地下一階の菜園予定地には、空のコンテナに次々と荷を詰めてゆくゴーレムの姿があった。
美月は壁に寄りかかってそれをぼんやりと見ていた。
フロアの隅では、竹流と真野岐が折りたたみの事務机を挟んで、額を突き合わせて地図を覗き込んでいた。
「東京方面に行くなら相模八王子トンネルは陥没していて通れねえ。まっすぐ北に、中央本線の方に向かうといいからな。途中、油泥の沼がいくつも出来てるみてえだから、嵌らねえように気を付けて行けよ」
地図を指で辿る竹流に、真野岐は了解っすと頷いた。
竹流は、真野岐が腰に提げている小銃に目をやった。
「――真野岐さん、五点五六ミリじゃ心許なくねえか?」
「これでも苦労して手に入れたんすよ。銃器なんて地下都市じゃまともなルートで手に入らないから。軍の産廃を横流ししてもらって、会社の先輩に高い修理代払ってなんとか直してもらって」
「七点六二ミリの自動小銃持ってくか? でかいやつでもあらかたぶっ飛ばせるぞ」
「えー。いくらすか?」
竹流は指を三本立てた。真野岐は苦笑する。
「今回の俺の稼ぎぶん、飛んじまうじゃないすかあ」
「社長宛に領収書つけてやるから安心しろよ。俺の手書きなら社長も無碍にしねえだろ」
予備マガジンも三つつけてやるーーそう言って竹流は立ち上がると、倉庫に向かった。その背中に真野岐は声をかける。
「にしても柚木さん、武器なんてどうやって手に入れてるんすか?」
「地上調査隊がボロボロ落とすんだ」
竹流はずっしりとしたライフルを持ってくると、真野岐に手渡した。
「食いごたえのあるやつ狩れるかなあー」
スコープを覗き込む真野岐に、竹流は「護身用だぞ」と言った。
「にしても地上生物を食うなんて信じられねえな。病気とか、怖くないのかよ?」
「死ぬのは怖くないっす。キリスト教を信じるものは死後罪が赦され、天国に帰ると約束されてますから。まあ、そう思ってなきゃこんな仕事してらんないし」
真野岐は足元の鞄から札束を無造作に取り出した。美月はぎょっとする。
よくよく見れば、その紙幣は美月が知っているものとは少し違っていた。描かれた人物は知らないおじさんだったし、色も緑っぽい。
「死の恐怖から解放されるんだもんな。すげえなキリスト教」
死の恐怖から解き放たれた存在。自分もそうなのだろうか――紙幣を数える竹流を見ながら、美月はそんなことを思った。
否――解き放たれてなどいない。真野岐にナイフを突きつけられた時、本当に怖ろしかったのだ。
「俺は絶対に死にたくねえ。一日でも長く生きて、この先の世界を見たいからな」
机の上で札束をとんとんと揃えながら、竹流は呟いた。
「そうだ、真野岐さん。これ頼まれてくれるか」
竹流は小型のトランクを事務机の上に置いた。
「なんすかこれ?」
「イデオネラサカイエンシス——プラスチックを食うバクテリアだ。ペターゼっつう消化酵素がプラスチックを分解するんだが、遺伝子をいじって分解能力を飛躍的にあげてある。帰り道、適宜撒いといてほしい」
「いいんすか? プラスチックも資源でしょ」
「地下都市じゃ資源扱いでも、地上にあればただの塵だろ。地下に逃げた連中に回収されて再利用されるのも癪だしな。あとは――これ」
竹流は一抱えほどもある瓶を真野岐に手渡した。
底に小型機械と、シートを挟んでその上には黒い糸くずのようなものがぎっしり口まで詰まっていた。
「軽いっすね。これは?」
「蚊だ」
矯めつ眇めつ瓶の中身を覗き込んでいた真野岐は「げぇっ」っと身を引いた。
「この黒いの、ぜんぶ蚊なんすか!」
「ああ。唾液成分に変異原性物質を混入してある」
へんいげんせいぶっしつと鸚鵡返しする真野岐に、竹流は苦笑した。
「生物の遺伝情報に作用して突然変異を起こさせる物質のことだ。――水辺の近くを通ったら適当に蓋を開けて置いてくれるか。したら勝手に解凍されて活動を始めるようになってる。大きめの水溜まりでもいいからな」
はあ、突然変異ねえ――と真野岐は瓶詰めの蚊をあらためて眺めた。
「まあ帰るついでだからいいっすけど……柚木さん、神にでもなる気すか?」
「その言い方いいのかよ。あんたらヤハウェが唯一神だろ」
まあそうなんすけど、と真野岐は頭を掻いた。
「手間賃代わりにエンプセル効果抑制剤とマスクの代金はチャラにしてやる」
「えっ。いいんすか?」
真野岐はぱっと目を輝かせた。
「人型のエンプセル効果がどれほどのものなのか見れたしな」
ふいに真野岐に目を向けられ、美月はぎくりと身動ぎする。
睨まれると思いきや――真野岐は苦笑し、ばつが悪そうに短髪を掻いた。
「悪かったなあ。あんた見ると無性に腹が減っちまって。ほら、腹減ると苛々しちゃうだろ」
餓鬼かよ、と竹流は呆れたように呟いた。
「でももう、薬のおかげでおさまったから」
真野岐は猫のように目を細めて笑った。いかにも人のいいお兄さんというかんじで――あれだけ恐ろしい目に遭わされたのに不思議と憎めない笑顔だった。
「なにほっとした顔してんだ。薬が効いてるから俺の手前、愛想よくしてるが、腹ん中じゃお前のこと肉としか見てねえんだからな」
そっすね、と真野岐は悪びれもなく笑った。
最後に竹流は一抱えもある鞄を真野岐さんに渡した。
「ほら、お土産だ。虫除けと動物避け、救急キット――それと弁当な。ゴーレムが朝早く用意してたぞ」
真野岐は驚いたように鞄を見ると、くるりと振り返った。淡々と荷づくりを進めているゴーレムを、感動したように見つめる。
「本間社長に宜しくな」
そう言った竹流に、真野岐はぺこりと頭を下げた。
「お世話になりました。またよろしくお願いします」
地下一階の菜園予定地には、空のコンテナに次々と荷を詰めてゆくゴーレムの姿があった。
美月は壁に寄りかかってそれをぼんやりと見ていた。
フロアの隅では、竹流と真野岐が折りたたみの事務机を挟んで、額を突き合わせて地図を覗き込んでいた。
「東京方面に行くなら相模八王子トンネルは陥没していて通れねえ。まっすぐ北に、中央本線の方に向かうといいからな。途中、油泥の沼がいくつも出来てるみてえだから、嵌らねえように気を付けて行けよ」
地図を指で辿る竹流に、真野岐は了解っすと頷いた。
竹流は、真野岐が腰に提げている小銃に目をやった。
「――真野岐さん、五点五六ミリじゃ心許なくねえか?」
「これでも苦労して手に入れたんすよ。銃器なんて地下都市じゃまともなルートで手に入らないから。軍の産廃を横流ししてもらって、会社の先輩に高い修理代払ってなんとか直してもらって」
「七点六二ミリの自動小銃持ってくか? でかいやつでもあらかたぶっ飛ばせるぞ」
「えー。いくらすか?」
竹流は指を三本立てた。真野岐は苦笑する。
「今回の俺の稼ぎぶん、飛んじまうじゃないすかあ」
「社長宛に領収書つけてやるから安心しろよ。俺の手書きなら社長も無碍にしねえだろ」
予備マガジンも三つつけてやるーーそう言って竹流は立ち上がると、倉庫に向かった。その背中に真野岐は声をかける。
「にしても柚木さん、武器なんてどうやって手に入れてるんすか?」
「地上調査隊がボロボロ落とすんだ」
竹流はずっしりとしたライフルを持ってくると、真野岐に手渡した。
「食いごたえのあるやつ狩れるかなあー」
スコープを覗き込む真野岐に、竹流は「護身用だぞ」と言った。
「にしても地上生物を食うなんて信じられねえな。病気とか、怖くないのかよ?」
「死ぬのは怖くないっす。キリスト教を信じるものは死後罪が赦され、天国に帰ると約束されてますから。まあ、そう思ってなきゃこんな仕事してらんないし」
真野岐は足元の鞄から札束を無造作に取り出した。美月はぎょっとする。
よくよく見れば、その紙幣は美月が知っているものとは少し違っていた。描かれた人物は知らないおじさんだったし、色も緑っぽい。
「死の恐怖から解放されるんだもんな。すげえなキリスト教」
死の恐怖から解き放たれた存在。自分もそうなのだろうか――紙幣を数える竹流を見ながら、美月はそんなことを思った。
否――解き放たれてなどいない。真野岐にナイフを突きつけられた時、本当に怖ろしかったのだ。
「俺は絶対に死にたくねえ。一日でも長く生きて、この先の世界を見たいからな」
机の上で札束をとんとんと揃えながら、竹流は呟いた。
「そうだ、真野岐さん。これ頼まれてくれるか」
竹流は小型のトランクを事務机の上に置いた。
「なんすかこれ?」
「イデオネラサカイエンシス——プラスチックを食うバクテリアだ。ペターゼっつう消化酵素がプラスチックを分解するんだが、遺伝子をいじって分解能力を飛躍的にあげてある。帰り道、適宜撒いといてほしい」
「いいんすか? プラスチックも資源でしょ」
「地下都市じゃ資源扱いでも、地上にあればただの塵だろ。地下に逃げた連中に回収されて再利用されるのも癪だしな。あとは――これ」
竹流は一抱えほどもある瓶を真野岐に手渡した。
底に小型機械と、シートを挟んでその上には黒い糸くずのようなものがぎっしり口まで詰まっていた。
「軽いっすね。これは?」
「蚊だ」
矯めつ眇めつ瓶の中身を覗き込んでいた真野岐は「げぇっ」っと身を引いた。
「この黒いの、ぜんぶ蚊なんすか!」
「ああ。唾液成分に変異原性物質を混入してある」
へんいげんせいぶっしつと鸚鵡返しする真野岐に、竹流は苦笑した。
「生物の遺伝情報に作用して突然変異を起こさせる物質のことだ。――水辺の近くを通ったら適当に蓋を開けて置いてくれるか。したら勝手に解凍されて活動を始めるようになってる。大きめの水溜まりでもいいからな」
はあ、突然変異ねえ――と真野岐は瓶詰めの蚊をあらためて眺めた。
「まあ帰るついでだからいいっすけど……柚木さん、神にでもなる気すか?」
「その言い方いいのかよ。あんたらヤハウェが唯一神だろ」
まあそうなんすけど、と真野岐は頭を掻いた。
「手間賃代わりにエンプセル効果抑制剤とマスクの代金はチャラにしてやる」
「えっ。いいんすか?」
真野岐はぱっと目を輝かせた。
「人型のエンプセル効果がどれほどのものなのか見れたしな」
ふいに真野岐に目を向けられ、美月はぎくりと身動ぎする。
睨まれると思いきや――真野岐は苦笑し、ばつが悪そうに短髪を掻いた。
「悪かったなあ。あんた見ると無性に腹が減っちまって。ほら、腹減ると苛々しちゃうだろ」
餓鬼かよ、と竹流は呆れたように呟いた。
「でももう、薬のおかげでおさまったから」
真野岐は猫のように目を細めて笑った。いかにも人のいいお兄さんというかんじで――あれだけ恐ろしい目に遭わされたのに不思議と憎めない笑顔だった。
「なにほっとした顔してんだ。薬が効いてるから俺の手前、愛想よくしてるが、腹ん中じゃお前のこと肉としか見てねえんだからな」
そっすね、と真野岐は悪びれもなく笑った。
最後に竹流は一抱えもある鞄を真野岐さんに渡した。
「ほら、お土産だ。虫除けと動物避け、救急キット――それと弁当な。ゴーレムが朝早く用意してたぞ」
真野岐は驚いたように鞄を見ると、くるりと振り返った。淡々と荷づくりを進めているゴーレムを、感動したように見つめる。
「本間社長に宜しくな」
そう言った竹流に、真野岐はぺこりと頭を下げた。
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