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第五章 本間通運
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竹流と真野岐は山のような積荷をひとつひとつチェックしていった。
「これが完全食ボックス一年分と日用品と衣類っす。このコンテナは有機試薬に電子材料、臨床検査薬、医薬品……欠品はいずれもないっすね。こっちは生コンにLEDライト、それと――趣味の園芸メディアコンテンツ? 何すかコレ? 畑でも始めるんすか?」
「まあな。こいつの暇潰しにな」
ふうん、と真野岐は美月を斜に見た。いちいち眼差しが鋭くて、美月はさりげなくゴーレムの後ろに回り込んで隠れた。
「作ったってエンプセルは物を食わえねえし、柚木さんだって食わねんでしょ」
「食わねえな。売るんだよ」
えっ、と真野岐は竹流を見た。
「そりゃすげえ。蛙肉と合わせたら完全に戦前の食事っすね。地下都市の金持ち連中はそうゆうの好きだからかなり売れますよ絶対」
そうだろ、と竹流はにやりと笑ってみせた。
「柚木さんは贅沢だなぁ。他の地上人たちは窖で鼠のように暮らしてるってのに」
美月は、ゴーレムの影からこっそり耳をそばだてた。
他の地上人――竹流のほかにも地上に暮らす人間がいるのだろうか。
真野岐のことは苦手だったが、彼の言葉の端々からはこの世界を知る情報が得られ、美月はすごく興味深かった。
「それと苗や種っすけど……戦前に栽培されていた食用植物は手に入らなかったです。社長が地上生物研究所の職員を買収しようとしたんですが、管理が厳しくて無理だったそうで」
「やっぱだめか。地上で近縁種を探して品種改良するしかねえかな」
食えそうなのできたら買わせてくださいよと言いながら、真野岐はリストの後ろに重ねていた長形四号の茶封筒を差し出した。
「――あとはいつものこれで最後っすね」
「ああ。あいつの情報な。いつも助かる」
(あいつ?)
美月はそっと顔を覗かせた。
竹流は受け取った茶封筒をコンテナの上にぽんと置くと――おい美月、と声をかけてきた。
「何隠れてんだよ。お前はゴーレムと一緒に荷物を倉庫に運んどいてくれ。それが終わったら晩餐の準備な」
美月は「えっ」っと目を見開いた。
「ば――晩餐?」
「だから蛙だって言ってんだろ。沼から取ってきて捌くんだよ」
動揺する美月を竹流は意地悪そうに見やった。
「――まあ全部ゴーレムがやるから、お前はモニターで見てればいいから」
あからさまにほっとした美月の顔を見ながら、竹流はにやにやと笑った。
「軽自動車サイズの蛙だからな、お前にゃ運べねえよ。――じゃあ俺は真野岐さんとトラックの修理に行くから。荷物の収納、頼んだぜ」
はい、と美月は応えた。
その様子をじっと見ていた真野岐は言った。
「このエンプセル、自分で荷物運べないんすか?」
「ああ、筋力は十七歳の女子平均の設定にしてる」
真野岐は呆れたように目を見開き、苦笑した。
「ほんとにただのペットじゃないすかー」
ペット――美月は顔を上げた。
「大人のオモチャを自作できるっていいっすねえー」
「そうゆうんじゃねえよ。いいから行こうぜ、真野岐さん」
竹流はそう言うと、螺旋階段を上っていった。
(確かに、私は気まぐれで作られたおもちゃなのかも……)
再びもやもやと不穏な思いが押し寄せてきて、美月はぱちんと自分の両頬を叩いた。
(気にしない。ただ事実を言われたまでだもの。それより――)
美月はコンテナの上に無造作に置かれた茶封筒に目を馳せた。
(あいつって――誰だろう)
「……封筒の中身、気になる?」
突然の背後からの声に、美月は口から飛び出しかけた悲鳴を飲み込んだ。
振り向くと、真後ろに真野岐が立っていた。
「――そんな高等な感情、持ち合わせてねえか」
真野岐はひどく冷ややかな目で美月を一瞥すると、くるりと踵を返して螺旋階段に向かっていった。
「これが完全食ボックス一年分と日用品と衣類っす。このコンテナは有機試薬に電子材料、臨床検査薬、医薬品……欠品はいずれもないっすね。こっちは生コンにLEDライト、それと――趣味の園芸メディアコンテンツ? 何すかコレ? 畑でも始めるんすか?」
「まあな。こいつの暇潰しにな」
ふうん、と真野岐は美月を斜に見た。いちいち眼差しが鋭くて、美月はさりげなくゴーレムの後ろに回り込んで隠れた。
「作ったってエンプセルは物を食わえねえし、柚木さんだって食わねんでしょ」
「食わねえな。売るんだよ」
えっ、と真野岐は竹流を見た。
「そりゃすげえ。蛙肉と合わせたら完全に戦前の食事っすね。地下都市の金持ち連中はそうゆうの好きだからかなり売れますよ絶対」
そうだろ、と竹流はにやりと笑ってみせた。
「柚木さんは贅沢だなぁ。他の地上人たちは窖で鼠のように暮らしてるってのに」
美月は、ゴーレムの影からこっそり耳をそばだてた。
他の地上人――竹流のほかにも地上に暮らす人間がいるのだろうか。
真野岐のことは苦手だったが、彼の言葉の端々からはこの世界を知る情報が得られ、美月はすごく興味深かった。
「それと苗や種っすけど……戦前に栽培されていた食用植物は手に入らなかったです。社長が地上生物研究所の職員を買収しようとしたんですが、管理が厳しくて無理だったそうで」
「やっぱだめか。地上で近縁種を探して品種改良するしかねえかな」
食えそうなのできたら買わせてくださいよと言いながら、真野岐はリストの後ろに重ねていた長形四号の茶封筒を差し出した。
「――あとはいつものこれで最後っすね」
「ああ。あいつの情報な。いつも助かる」
(あいつ?)
美月はそっと顔を覗かせた。
竹流は受け取った茶封筒をコンテナの上にぽんと置くと――おい美月、と声をかけてきた。
「何隠れてんだよ。お前はゴーレムと一緒に荷物を倉庫に運んどいてくれ。それが終わったら晩餐の準備な」
美月は「えっ」っと目を見開いた。
「ば――晩餐?」
「だから蛙だって言ってんだろ。沼から取ってきて捌くんだよ」
動揺する美月を竹流は意地悪そうに見やった。
「――まあ全部ゴーレムがやるから、お前はモニターで見てればいいから」
あからさまにほっとした美月の顔を見ながら、竹流はにやにやと笑った。
「軽自動車サイズの蛙だからな、お前にゃ運べねえよ。――じゃあ俺は真野岐さんとトラックの修理に行くから。荷物の収納、頼んだぜ」
はい、と美月は応えた。
その様子をじっと見ていた真野岐は言った。
「このエンプセル、自分で荷物運べないんすか?」
「ああ、筋力は十七歳の女子平均の設定にしてる」
真野岐は呆れたように目を見開き、苦笑した。
「ほんとにただのペットじゃないすかー」
ペット――美月は顔を上げた。
「大人のオモチャを自作できるっていいっすねえー」
「そうゆうんじゃねえよ。いいから行こうぜ、真野岐さん」
竹流はそう言うと、螺旋階段を上っていった。
(確かに、私は気まぐれで作られたおもちゃなのかも……)
再びもやもやと不穏な思いが押し寄せてきて、美月はぱちんと自分の両頬を叩いた。
(気にしない。ただ事実を言われたまでだもの。それより――)
美月はコンテナの上に無造作に置かれた茶封筒に目を馳せた。
(あいつって――誰だろう)
「……封筒の中身、気になる?」
突然の背後からの声に、美月は口から飛び出しかけた悲鳴を飲み込んだ。
振り向くと、真後ろに真野岐が立っていた。
「――そんな高等な感情、持ち合わせてねえか」
真野岐はひどく冷ややかな目で美月を一瞥すると、くるりと踵を返して螺旋階段に向かっていった。
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