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第四章 国立女性保護施設
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しおりを挟む「あら、累。お帰りなさい」
そろって似たような笑みを浮かべる母と姉を見て、渥美は自分の顔が強張るのがわかった。
ここに収容されて、母も姉も変わった。絶えず笑みを浮かべ続けているか、魂を抜かれたようにぼうっとしているかだ。
「女性たちには定期的にマイナートランキライザーが投与されていますから」
渥美の考えを読んだように十和田が言った。
マイナートランキライザー。安全性の高い抗不安薬である。だが渥美は、十和田の言葉を素直に受け入れることができなかった。
(投薬は本当にそれだけだろうか?)
母や姉はまるで違法薬物でも摂取しているような多幸感を感じているようだった。そして漂う倦怠感。はなはだしい認識力の低下。加えて、二人は確実に記憶と見当識に欠陥があるように思えた。
(そうだ、まるで認知症のようだ)
母親がうっとりした顔で渥美を見上げた。
「ご飯まだなのよ。お父さんがまだ会社から帰らなくって」
(この会話も何度目だ)
姉も意味もなくにこにことしている。渥美は、苛立ちを堪えるようにこぶしを握りしめた。
「ねえ、累。お父さんから今日は遅くなるって聞いてない?」
唐突に全身を凶暴な怒りが貫いた。気づくと母親の両肩をつかみ、激しく揺すっていた。
「親父は死んだだろう!! しっかりしてくれ!!」
無邪気ともいえる顔を向けていた母親の目が、驚愕に見開かれた。姉の笑顔が一瞬にして消え、無表情に変わる。
「本当は覚えてるんだろ!? 親父はエンプセルに殺されたんだ!!」
「やめて!!」
母は耳を塞いでうずくまった。姉は能面のような表情で一点を見つめている。
渥美は十和田に肩を掴まれた。
「――部屋から出なさい」
渥美は泣き出しそうになりながら母と姉を見つめた。彼女らは、父が死んだ日を無限ループのように繰り返しているのだ。あの、家族が崩壊した史上最悪の日を。
渥美はなかば引きずられるように病室から引っ張り出された。入れ替わりに、数人の白衣を着た男たちが病室に入って行った。
鼻先で扉が閉められ、衝動的に監視モニターに目を向けた。小さな液晶画面には、男たちに押さえつけられ、注射を打たれている母と姉の姿が写し出されている。
渥美はうつむき、両手で顔を覆った。
(俺のせいだ――)
十和田は大きく息を吐いた。
「どうしたんです。いつもは優良来院者のあなたが」
渥美は何も言えなかった。こんなことをしてしまったら、二度と面会に来られなくなることもわかっていた。だが耐えられなかったのだ。――あれはずっと飲み込んできた言葉だった。
「……何かあったのですか?」
十和田が穏やかな声音で尋ねた。渥美は無言で目をそらす。その頑なな様子に、十和田は小さく溜め息をついた。
「今回、君がしたことの始末ですが――三ヶ月の来院禁止とします。本当なら許可証を取り上げてもいいくらいなんですが、君は普段はそんなことをする人間じゃないって事はわかってますからね。でも、二度目はない。あなたのお母さんは自分の卵で女児を自然分娩した、貴重な方なんです」
十和田の恩赦の言葉が、遠いところから聞こえているように感じた。渥美の頭の中は、母の狂態と、姉の能面のような顔で埋め尽くされていた。
あんなのは母じゃないし姉じゃない。
(親父がエンプセルなんかに手を出さなかったら)
張り裂けそうなほどの憤りに駆られ、渥美はかたくこぶしを握りしめた。
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