15 / 19
七夕
しおりを挟む
「この物語の主人公は、何度読んでも理解出来ないね」
「どうして?」
僕と一緒にやっていた作業を先に終えた父様が、僕が机に置いておいた七夕の物語を横で読みながら、横で何気なく呟くように言った。やっていた作業を止め、僕が振り向くようにして尋ねれば、本を閉じた父様がこちらへと視線を向けた。
「ただ嘆くだけで、自身の現状を何も打破しようとしない所もそうだが、大人しく言いなりになるなど、私には全く理解出来ない」
「う~ん?でも、橋がないと川は渡れないから、仕方がないんじゃないかな?」
「橋など無くとも、川を渡る方法など幾らでもあるんだよ」
「どうやって?」
「ありきたりな方法で言えば船だね。そもそも、鳥が橋代わりとなって会えるのなら、探せば方法など幾らでも見つかるはずだ。それすらも模索しようともしないで待つなど、ただの怠慢としか言えない」
「でも、しっかり働かないとダメっていう教訓の物語じゃないの?」
誰かに、物語には教訓を含んでいる事があると聞いた事があったから、僕がそう訪ねたら、父様は軽く首を横に振りながら言った。
「それも間違ってはいないかもしれないが、私は、事前の備えを怠っていた事への教訓だと思うよ」
「備え?」
僕が不思議に思って問い掛ければ、父様は頷くようにしながら、僕に諭すような顔で言った。
「織姫が、天帝という力を持った者の娘だったのなら、まず彦星は、その天帝の力を削ぐべきだった。周囲にいる者を自分の味方に付け、その者が持つ力に対抗する手段を準備してから、己がしたいようにするべきだった。それなのに、何の対策や準備をせず、敵に付け入る隙を与えるなど、何とも見通しも悪ければ頭が悪い」
表紙に描かれている絵を眺めながら言う父様の声には、少し呆れが混ざっているようだった。
「それに、人の願い事を叶える事が出来るのならば、まずは自分自身の願いを叶えれば良いものを、私にはそれすらも全く理解が出来ない事だよ。それにしても、願いを叶えるのが元になっている話しが織姫だと言うならば、彦星は本当に何の役にも立たないな。まあ、結婚を許された理由を考えれば、彦星の価値は働く事だけだったのだろうが、その価値すら自ら捨ててしまうなど、本当に愚かとしか言いようがない男だ」
「ねぇ、父様?これに似たような話とか事って、現実であったりしないのかな?」
つまらなそうに言った後、軽く本を放り投げるように机に置いた父様に、僕が興味本位で問い掛ければ、考える素振りや悩むような様子もなく、はっきりとした態度で言った。
「そういった話は、私は今までに1度として聞いたことがないな。それに、働き者だと言うだけで王侯貴族と結婚出来るなら、その国の階級制度なんてなくなってしまうよ」
「それなら、貴族の家に養子とかに入ったらどうなの?」
貴族の養子になって、王子様と結婚したりするお話しがあると、クラスの女の子達が話していたのを聞いた事がある。
「リュカが考えているよりも、階級制度はそこまで甘くないよ。街の人間は喜ぶかもしれないが、仮に貴族の席に入ったとしても、周囲の貴族からは、決して貴族としては認めては貰えないだろうね。それに、もし上位貴族となどと結婚するとなれば、周囲からの反発が当然あるはずだ。それすらもなく、この物語のように両者がすんなりと結婚できたのなら、そこには何かしらの陰謀があるように感じる」
少し分からない所があるけれど、父様の言う通り、その物語は街の人達には人気があるようだったけれど、クラスの女の子達の評価はあまり良くはなかった。
「そう考えれば、この者は娘と合わせる事を条件に、天帝の言いなりとなって働く、ただの奴隷になったという事だろうな」
兄様も似たような所があるけれど、父様から物語を聞くと、全く違うお話しを聞いているような気になって来る。冷笑を浮かべながら言う父様を前に、僕は興味本位で少し思った事を聞いてみた。
「もし、この物語にみたいに母様と離れ離れになったら、父様はどうするの?」
「私かい?そうだね、そんな事態になる前に手を打つだろうか、私ならば、川などと言わずに海すらも超えて会いに行くだろうね。そして、その原因を作った奴に会いに行くかな」
「会いに行ってどうするの?」
「さぁ?どうしようか?」
僕の問い掛けに、父様が曖昧な笑みを浮かべていると、誰かが部屋の扉をノックの音が響いた。
「こっちは終わった?」
扉を開けて入って来たのは、庭の準備をしていた母様だった。
「ああ、短冊飾りなどという物は初めて作ったが、なかなか楽しめたよ」
母様を笑顔で向かい入れながら答える父様の前の机には、綺麗に作られた短冊飾りが置いてあった。そのどれもが、見本よりも綺麗に作られていて、本当に初めて作ったのか疑問に思えて来る程だった。それに比べて、僕のは少し端の方がズレてよれていたり、途中で曲がったりなどして、不格好な形になっていた。
「ねぇ?飾るのは、父様が作った物だけにしない?」
父様が作った物と一緒に飾られるのが何となく嫌で、僕が作った物を楽しそうに見ている母様達にそう言ったら、驚いたような顔で止められた。
「リュカがせっかく頑張って作ったのに、飾らないなんて勿体ないわ!」
「そうだよ。私が作った物より、リュカが作った物の方が趣きもあって味わい深くて良いと思うよ。私が作った物は、どうにも面白みに掛ける物ばかりだからね」
「でも、父様が作った物の方が、僕のよりも綺麗だよ?」
「見た目だけならね。だが、見る人間が見れば、何も込もっていない形だけの物だと分かるんだよ」
「そうなの?」
「ああ、リュカにはまだ、見分けは付かないかな?」
僕が不思議そうな顔をして見上げていたら、父様が暖かい目で僕の方を見つめていた。
「まだ此処にいたのですね」
「兄様!笹は飾り終わったの!?」
「ああ、母上が整えて下さった場所に、笹の葉の設置は終わったのだが、何時までも母上が戻って来なかったので、此処まで様子を見に来たんだ」
部屋に入って来た兄様に僕が声を掛けると、兄様は僕の方へと視線を向けた後、母様がいる方へと視線を向けた。
「ごめんなさい。此処に来る前に、暫く庭師と立ち話をしてから来たものだから、オルフェを待たせてしまったわね」
「いえ、何も問題がなかったのならば、それで構いません。それと、ドミニクに頼んおいた、飾りを入れる箱を持って来ました」
申し訳なさそうな顔をする母様に、兄様は持って来た箱を見せると、僕が作った不格好な飾りを、大事そうに箱に入れ始めた。それを見た僕は、兄様へと声を掛ける。
「兄様。不格好な方じゃなくて、綺麗な方を入れた方が良いと思うよ?」
「それでは、せっかく作ったリュカの飾りが潰れてしまうだろう?」
「最初から不格好だから、少し潰れても変わらないよ。それより、父様の方を入れた方が良いんじゃない?」
最初から、兄様は不格好な方が僕のだと思っているようだった。それが本当の事だけに、何処か面白くなくて、僕が拗ねたような声で言ったら、兄様はさも当たり前のように言った。
「父上が作った物は、幾らでも変えが効く。だから、手で抱えて持って行ったとしても問題ない」
「そうだね。私のは潰れてしまっても構わないから、リュカが作った物を優先して入れてくれ」
「はい」
父様と兄様の意見は一致しているようで、僕の言う事は聞いてくれなかったのに、兄様は父様の言葉には素直に従っていた。
その後、箱に入り切らなかった分を使用人達に任せ、僕達は箱に入った物を持って部屋を後にした。だけど、不格好な物を綺麗な箱に入れて、綺麗に作られた物を無造作に抱えて行く事に、やっぱり違和感を覚えた。
僕等が連れ立って裏庭へと向かうと、そこには何時もと違った光景が広がっていた。
「うわぁ~!」
何時なら花が植えられていた花壇には、十数本の笹が埋まっており、その根本に置かれたランタンが、笹を幻想的に下から照らしていた。
「これ、兄様と母様でやったの!?」
「いや、私がしたのは、届いた笹の選定と設置だけだ」
兄様がそう言った時、僕達の間に夜の少し涼しい風が吹いた。
「ねぇ、兄様?何か焦げ臭くない?」
吹いてきた風の中に、何かが燃えたような、何処か焦げ臭いような匂いが混ざっていた。
「安全な物だけを残して、それ以外は焼いたからな。それの匂いかもしれない」
「危ない物があったの?」
「ああ…切り落として持ってこさせた笹の中に…思いの外隠れ潜んでいた物が多くあってな…本当に…気配を探るのも嫌だった……。来年は、絶対に冒険者共に全てやらせる」
思い出すのも嫌そうな顔をした後、何かを硬く誓うような顔で兄様は宣言していたが、何かに気付いたようにこちらへと視線を向ける。
「離れた位置で燃やしたのだが、風の向きまでは考えていなかった…。これでは、せっかくの催しに水を差してしまうな…」
「オルフェ、風向きが問題なら、それを返れば良いだけだから、何も問題はないよ」
父様の言葉で、何処か安心したような顔をしている兄様に、僕は声を掛けた。
「庭やランタンも、兄様が準備したの?」
「いや、庭師と共に花の植え替えして下さったのは母上だ。それに、ランタンも屋敷のメイド達が準備した物だ。私は、飾るのを少し手伝っただけだが、皆とこういった事をした経験があまりなかった。だから、何とも新鮮な感覚を味わえた」
「私も、植え替え作業がなかなか楽しくて、庭師の方ともつい話しが盛り上がってしまったわ」
さっきまでの事を思い出しながら、少し口元を緩める兄様とはにかみ笑いで笑う母様。そんな母様達に、父様は優しげな笑顔を向けていた。
「どうやら、皆、それぞれで楽しめたようだね。では、あまり遅くならないうちに、飾りだけでも飾ってしまおうか」
父様達と一緒に笹に短冊飾りを吊るしながら、僕は、父様達に見つからないように、自分の願い事を書いた短冊も、こっそりと笹に吊るした。
「飾りがあると、笹も見ごたえが増すね」
「そうね」
飾り終わった笹を見ながら、父様と母様が話していると、父様は不思議そうな顔で僕へと視線を向けて来た。
「リュカの分の願い事が見当たらないけれど、願い事を書かなかったのかい?」
父様達の分は、見えやすいような笹の上の方に飾ってあった。けれど、その周囲を見渡しても僕の分が見当たらなかった事に、父様が疑問に思ったようだった。
「僕もちゃんと書いたよ!でも、何処に飾ったかは内緒!」
「リュカは、いったいどんなお願い事を書いたんだ?」
「秘密!」
「秘密、なのか?」
「うん!」
不思議そうに聞いてくる兄様に返事を返しながら、僕は笹の下の部分へと視線を向ける。そこには、僕の願い事が書かれて短冊が、他の飾りに隠れるようにして風に揺れていた。
『兄様達みたいになれますように』
父様達と一緒に、僕の願い事も叶うと良いな!
「どうして?」
僕と一緒にやっていた作業を先に終えた父様が、僕が机に置いておいた七夕の物語を横で読みながら、横で何気なく呟くように言った。やっていた作業を止め、僕が振り向くようにして尋ねれば、本を閉じた父様がこちらへと視線を向けた。
「ただ嘆くだけで、自身の現状を何も打破しようとしない所もそうだが、大人しく言いなりになるなど、私には全く理解出来ない」
「う~ん?でも、橋がないと川は渡れないから、仕方がないんじゃないかな?」
「橋など無くとも、川を渡る方法など幾らでもあるんだよ」
「どうやって?」
「ありきたりな方法で言えば船だね。そもそも、鳥が橋代わりとなって会えるのなら、探せば方法など幾らでも見つかるはずだ。それすらも模索しようともしないで待つなど、ただの怠慢としか言えない」
「でも、しっかり働かないとダメっていう教訓の物語じゃないの?」
誰かに、物語には教訓を含んでいる事があると聞いた事があったから、僕がそう訪ねたら、父様は軽く首を横に振りながら言った。
「それも間違ってはいないかもしれないが、私は、事前の備えを怠っていた事への教訓だと思うよ」
「備え?」
僕が不思議に思って問い掛ければ、父様は頷くようにしながら、僕に諭すような顔で言った。
「織姫が、天帝という力を持った者の娘だったのなら、まず彦星は、その天帝の力を削ぐべきだった。周囲にいる者を自分の味方に付け、その者が持つ力に対抗する手段を準備してから、己がしたいようにするべきだった。それなのに、何の対策や準備をせず、敵に付け入る隙を与えるなど、何とも見通しも悪ければ頭が悪い」
表紙に描かれている絵を眺めながら言う父様の声には、少し呆れが混ざっているようだった。
「それに、人の願い事を叶える事が出来るのならば、まずは自分自身の願いを叶えれば良いものを、私にはそれすらも全く理解が出来ない事だよ。それにしても、願いを叶えるのが元になっている話しが織姫だと言うならば、彦星は本当に何の役にも立たないな。まあ、結婚を許された理由を考えれば、彦星の価値は働く事だけだったのだろうが、その価値すら自ら捨ててしまうなど、本当に愚かとしか言いようがない男だ」
「ねぇ、父様?これに似たような話とか事って、現実であったりしないのかな?」
つまらなそうに言った後、軽く本を放り投げるように机に置いた父様に、僕が興味本位で問い掛ければ、考える素振りや悩むような様子もなく、はっきりとした態度で言った。
「そういった話は、私は今までに1度として聞いたことがないな。それに、働き者だと言うだけで王侯貴族と結婚出来るなら、その国の階級制度なんてなくなってしまうよ」
「それなら、貴族の家に養子とかに入ったらどうなの?」
貴族の養子になって、王子様と結婚したりするお話しがあると、クラスの女の子達が話していたのを聞いた事がある。
「リュカが考えているよりも、階級制度はそこまで甘くないよ。街の人間は喜ぶかもしれないが、仮に貴族の席に入ったとしても、周囲の貴族からは、決して貴族としては認めては貰えないだろうね。それに、もし上位貴族となどと結婚するとなれば、周囲からの反発が当然あるはずだ。それすらもなく、この物語のように両者がすんなりと結婚できたのなら、そこには何かしらの陰謀があるように感じる」
少し分からない所があるけれど、父様の言う通り、その物語は街の人達には人気があるようだったけれど、クラスの女の子達の評価はあまり良くはなかった。
「そう考えれば、この者は娘と合わせる事を条件に、天帝の言いなりとなって働く、ただの奴隷になったという事だろうな」
兄様も似たような所があるけれど、父様から物語を聞くと、全く違うお話しを聞いているような気になって来る。冷笑を浮かべながら言う父様を前に、僕は興味本位で少し思った事を聞いてみた。
「もし、この物語にみたいに母様と離れ離れになったら、父様はどうするの?」
「私かい?そうだね、そんな事態になる前に手を打つだろうか、私ならば、川などと言わずに海すらも超えて会いに行くだろうね。そして、その原因を作った奴に会いに行くかな」
「会いに行ってどうするの?」
「さぁ?どうしようか?」
僕の問い掛けに、父様が曖昧な笑みを浮かべていると、誰かが部屋の扉をノックの音が響いた。
「こっちは終わった?」
扉を開けて入って来たのは、庭の準備をしていた母様だった。
「ああ、短冊飾りなどという物は初めて作ったが、なかなか楽しめたよ」
母様を笑顔で向かい入れながら答える父様の前の机には、綺麗に作られた短冊飾りが置いてあった。そのどれもが、見本よりも綺麗に作られていて、本当に初めて作ったのか疑問に思えて来る程だった。それに比べて、僕のは少し端の方がズレてよれていたり、途中で曲がったりなどして、不格好な形になっていた。
「ねぇ?飾るのは、父様が作った物だけにしない?」
父様が作った物と一緒に飾られるのが何となく嫌で、僕が作った物を楽しそうに見ている母様達にそう言ったら、驚いたような顔で止められた。
「リュカがせっかく頑張って作ったのに、飾らないなんて勿体ないわ!」
「そうだよ。私が作った物より、リュカが作った物の方が趣きもあって味わい深くて良いと思うよ。私が作った物は、どうにも面白みに掛ける物ばかりだからね」
「でも、父様が作った物の方が、僕のよりも綺麗だよ?」
「見た目だけならね。だが、見る人間が見れば、何も込もっていない形だけの物だと分かるんだよ」
「そうなの?」
「ああ、リュカにはまだ、見分けは付かないかな?」
僕が不思議そうな顔をして見上げていたら、父様が暖かい目で僕の方を見つめていた。
「まだ此処にいたのですね」
「兄様!笹は飾り終わったの!?」
「ああ、母上が整えて下さった場所に、笹の葉の設置は終わったのだが、何時までも母上が戻って来なかったので、此処まで様子を見に来たんだ」
部屋に入って来た兄様に僕が声を掛けると、兄様は僕の方へと視線を向けた後、母様がいる方へと視線を向けた。
「ごめんなさい。此処に来る前に、暫く庭師と立ち話をしてから来たものだから、オルフェを待たせてしまったわね」
「いえ、何も問題がなかったのならば、それで構いません。それと、ドミニクに頼んおいた、飾りを入れる箱を持って来ました」
申し訳なさそうな顔をする母様に、兄様は持って来た箱を見せると、僕が作った不格好な飾りを、大事そうに箱に入れ始めた。それを見た僕は、兄様へと声を掛ける。
「兄様。不格好な方じゃなくて、綺麗な方を入れた方が良いと思うよ?」
「それでは、せっかく作ったリュカの飾りが潰れてしまうだろう?」
「最初から不格好だから、少し潰れても変わらないよ。それより、父様の方を入れた方が良いんじゃない?」
最初から、兄様は不格好な方が僕のだと思っているようだった。それが本当の事だけに、何処か面白くなくて、僕が拗ねたような声で言ったら、兄様はさも当たり前のように言った。
「父上が作った物は、幾らでも変えが効く。だから、手で抱えて持って行ったとしても問題ない」
「そうだね。私のは潰れてしまっても構わないから、リュカが作った物を優先して入れてくれ」
「はい」
父様と兄様の意見は一致しているようで、僕の言う事は聞いてくれなかったのに、兄様は父様の言葉には素直に従っていた。
その後、箱に入り切らなかった分を使用人達に任せ、僕達は箱に入った物を持って部屋を後にした。だけど、不格好な物を綺麗な箱に入れて、綺麗に作られた物を無造作に抱えて行く事に、やっぱり違和感を覚えた。
僕等が連れ立って裏庭へと向かうと、そこには何時もと違った光景が広がっていた。
「うわぁ~!」
何時なら花が植えられていた花壇には、十数本の笹が埋まっており、その根本に置かれたランタンが、笹を幻想的に下から照らしていた。
「これ、兄様と母様でやったの!?」
「いや、私がしたのは、届いた笹の選定と設置だけだ」
兄様がそう言った時、僕達の間に夜の少し涼しい風が吹いた。
「ねぇ、兄様?何か焦げ臭くない?」
吹いてきた風の中に、何かが燃えたような、何処か焦げ臭いような匂いが混ざっていた。
「安全な物だけを残して、それ以外は焼いたからな。それの匂いかもしれない」
「危ない物があったの?」
「ああ…切り落として持ってこさせた笹の中に…思いの外隠れ潜んでいた物が多くあってな…本当に…気配を探るのも嫌だった……。来年は、絶対に冒険者共に全てやらせる」
思い出すのも嫌そうな顔をした後、何かを硬く誓うような顔で兄様は宣言していたが、何かに気付いたようにこちらへと視線を向ける。
「離れた位置で燃やしたのだが、風の向きまでは考えていなかった…。これでは、せっかくの催しに水を差してしまうな…」
「オルフェ、風向きが問題なら、それを返れば良いだけだから、何も問題はないよ」
父様の言葉で、何処か安心したような顔をしている兄様に、僕は声を掛けた。
「庭やランタンも、兄様が準備したの?」
「いや、庭師と共に花の植え替えして下さったのは母上だ。それに、ランタンも屋敷のメイド達が準備した物だ。私は、飾るのを少し手伝っただけだが、皆とこういった事をした経験があまりなかった。だから、何とも新鮮な感覚を味わえた」
「私も、植え替え作業がなかなか楽しくて、庭師の方ともつい話しが盛り上がってしまったわ」
さっきまでの事を思い出しながら、少し口元を緩める兄様とはにかみ笑いで笑う母様。そんな母様達に、父様は優しげな笑顔を向けていた。
「どうやら、皆、それぞれで楽しめたようだね。では、あまり遅くならないうちに、飾りだけでも飾ってしまおうか」
父様達と一緒に笹に短冊飾りを吊るしながら、僕は、父様達に見つからないように、自分の願い事を書いた短冊も、こっそりと笹に吊るした。
「飾りがあると、笹も見ごたえが増すね」
「そうね」
飾り終わった笹を見ながら、父様と母様が話していると、父様は不思議そうな顔で僕へと視線を向けて来た。
「リュカの分の願い事が見当たらないけれど、願い事を書かなかったのかい?」
父様達の分は、見えやすいような笹の上の方に飾ってあった。けれど、その周囲を見渡しても僕の分が見当たらなかった事に、父様が疑問に思ったようだった。
「僕もちゃんと書いたよ!でも、何処に飾ったかは内緒!」
「リュカは、いったいどんなお願い事を書いたんだ?」
「秘密!」
「秘密、なのか?」
「うん!」
不思議そうに聞いてくる兄様に返事を返しながら、僕は笹の下の部分へと視線を向ける。そこには、僕の願い事が書かれて短冊が、他の飾りに隠れるようにして風に揺れていた。
『兄様達みたいになれますように』
父様達と一緒に、僕の願い事も叶うと良いな!
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる