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四章

深夜 (アルノルド視点)

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ランプの光だけが灯る薄暗い部屋で、書き終えたばかりの手紙に封をすると、私は窓から見える星空へと目線を向けた。月の位置からすると、いつの間にか真夜中に近い時間になっていたようだ。明日の時間を考えれば、まだ眠る時間はあるものの、どうにも今夜は眠れそうにない。

手紙を書くため手頃な部屋を別に一室借りたのだが、一般的には広いだろうと言える部屋であっても、私にとっては手狭に感じてしまう。そんな部屋の中、月を眺めながら様子を見てくるように頼んだ人物が戻って来るのを待っていれば、程なくして扉を叩く音が聞こえて来た。

「入れ」

入室の許可を出せば、扉が軋む音と共に1人の人間が入って来る気配を感じ、そちらの方へと視線を向ける。だが、仄暗い部屋の中では、顔を確認するのにも限度がある。しかし、誰が入って来たかは分かりきっているため、前置きを置かずに要件を切り出す。

「ちょうど書き終わった所だ。宿の者に手配を頼んでおけ」

足音すら立てずに近付いて来る者が取りやすいよう、手紙を机の端へと置けば、暗闇から伸びた手が静かにそれを持ち上げ、そっと懐へとしまう。私はそれを見届けてから、ランプに照らされて見えるようになった顔へと視線を向ける。

「それで、どうだった?」

「はい。既にお休みになっておられました」

「そうか…」

先に寝ているようにとは伝えていたが、その事にはそこはかとなく寂しさを感じるのは何故なのだろう。私の心に生じた迷いに似た想いに気付かぬ振りをしながら、目の前の男へと視線を向ければ、珍しい物でも見たような顔でこちらを見る視線と打つかる。

「何だ?」

「いえ、そのような顔もなされるようになったのだなと、少し感慨深く思っただけです」

「余計な世話だ」

子供の成長を喜ぶ親のような事を言って来る相手の言葉を切り捨てれば、私の反応を面白がっているような気配を感じる。私がその事を訝しく思っていれば、その気配を察したかのように、真面目な顔付きになった。

「しかし、昨日の時点で皆様に伝えていた方が、良かったのではないでしょうか?」

「お前、分かっていて言っているだろう?」

「さて、何の事で御座いましょう?」

隙あらばこちらへと付け入ろうとして来るような者が経営している宿で、私が個人的な手紙を出す訳がない。それは、コイツもそれは重々と承知しているというのに、この場でこのような事を言って来るとは、今回一緒に連れて来た事が余程不満なようだ。

「当初から、予定時刻に着くつもりなどなかったのでしょう?」

「当然だ。金切り女の戯言など耳障りなだけで、聞きたいとも思わない」

問い掛けられた質問に答えながら、予定通りに付いた場合を想像する。もし、仮にあの女が昼時に乱入しようものなら、不快感のあまり、人目を気にせずその場で殺してしまいそうだ。

アレは未だに何を勘違いしているのか、私が大人しく従うものだと思っている。昔は騒がれるのが煩わしく、無駄に警戒心を持たれても面倒だったから従っていただけで、家督や権限さえ手に入れればもはや用済みで、邪魔な存在でしかない。

あの女でも、使用人達の動きや会話から、我々が昼前に到着する事くらいは予想しているだろう。そうでなくとも、あの姉がわざとあの女に情報を流している可能性がある以上、何事も用心する事に越した事はない。

「あの方も、貴女様の行動は見越してはいるでしょうから、問題はないとは思いますが、それにしても、もう少し他に言い訳はなかったのですか?」

私が発言した言葉に対して、面と向かって明確な苦言を呈してくる。私とて、リュカの友人を言い訳の1つとした事には申し訳ないとは思うが、この程度、貴族なら誰でも行っている事だ。

「多少、言い訳として利用してしまったが、実際に疲れているようだったからな。その事を気遣うのは、人として当然の事だろう?」

「貴方様に、そんな情けなどあったのですか?」

「当たり前だ。私とて、それぐらいはある」

他者に対して興味や関心がなかったとしても、息子の友人までなら掛ける情けはある。そんな私の言葉に、さも驚いたようなわざとらしい態度で言って来る事に、若干の苛立ちを感じを感じはしても、それをおくびにも出さずに相対していれば、冷ややかな視線と共に、皮肉めいた言葉が落ちて来た。

「ただ、あの方達とお会いしたくないからですよね?」

「そんな事はない」

「では、滞在時間を少しでも減らそうとする無駄な努力ですか?」

「……」

無遠慮な言葉の数々に私が渋い顔を浮かべ睨んでも、もやは慣れた様子で気にする素振りすら見せない。その事に舌打ちをしたくなる。私にこんな態度を取って来る者など、レクスだけで十分だ。

「それだけのために振り回される方は、とても楽しい事でしょうね」

晴れやかな顔を浮かべているが、幼少期から共にいるせいで、私ですらそれが本心ではないのが透けて見える程だ。

「屋敷の管理を全て任せられている私は、貴女様が思っているよりも暇ではないのですよ」

その声色から、出発日の朝の件も含めての事を言っているは、想像に難くない。昔の私ならば、ただ手間が掛かる贈り物など一切受け取らず、そのままお繰り返していたが、それを喜ぶ姿を1度でも見てしまえば、少しくらいの手間は掛けても良いかと思うようになった。だが、毎年その量が増大し続ける現状に、流石の私も手が回らなくなり、近年では殆どの量の仕分けを肩代わりして貰っていた。

去年受けた報告を思い出しても、よくも此処まで下心を隠さずにいられるものだと、呆れを通り越して清々しさすら感じる程の量だった。そして、その量を管理し、検分もしている。

基本、貴族の屋敷などに贈られてくる物は、その中に危険物が混ざっていないか調べる必要がある。そこで確認を怠れば、禁止薬の保持などで罪に問われる可能性や、最悪、毒で死ぬ場合もある。そのうえ、調査が後手に回ってしまえば、贈り主を追跡するのが困難になり、自らの潔白を証明するのにも時間が掛かってしまう。

そして、もし、街へとそれを流失させたとなれば、その結果出た被害の責任さえも、その家の当主が取らねばならない。そのため、屋敷の全ての持ち物を管理出来るのが理想なのだが、食器1つにしても、売れば当分働かなくても良い金額が手に入るため、屋敷内の備品がなくなる事など、貴族の屋敷では珍しくもないのが現状だ。

だが、その事に過度に目くじらを立てたりすれば、貴族として狭量だと言われるため、何処の屋敷でもある程度は見逃されている。私に言わせれば、犯罪者を罰するのは当然の事と思うのだが、エレナに狭量な男と思われるのも嫌なため、報告が上がって来たとしても、多少くらいならば私も目をつぶる事にしている。

「私を此処に連れて来たという事は、後処理が面倒になったとしても、私は関知せずにいて良いという事で宜しいですか?」

私から言質を取ろうと、私が口を開くよりも先に釘を指して来る。私としても、過度の仕事を押し付けていたのは事実のため、言える言葉などは決まっている。

「仕方ない。そうなった場合は、私の方で全部処理しよう」

事情聴取を名目に、あいつ等から小言を言われるのは避けたい所ではあるが、その時は仕方がない。

「それならば安心しました」

「何にせよ。流石にアレに手を出す者はいないだろう」

わざわざ他人が見聞き出来る場所で確認作業を行ったのは、そういった者達への抑止力にするためだ。確認作業が終わって保管されている物から盗むような愚かな者は、流石にいないだろう。しかし、愚か者は何処まで言っても愚かなのだ…。

「まさかとは思いますが、信用でもされているのですか?」

「そんな訳がないだろう」

リュカに対する暴言があった件で、屋敷内にいる人間の選別は1度行ってはいるが、だからと言って完全に信用しているわけではない。

「そこまで腑抜けている訳ではないようで、私も安心致しました」

「私は、裏切っても許せる者しか信用しない」

私を騙そうとする者が家族であるならば、何度騙されようとも笑って許そう。だが、それ以外の人間に容赦する気はない。

「さて、騙されているのはどちらなのでしょう?」

「私ではない事だけは確かだな」

ほくそ笑みながら問い掛けられた質問に、既に浮べて慣れた表情を顔に張り付けながら、私は簡潔にそう答えた。
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