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四章

元婚約者

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あの後、街へ連れて行くわけもいかなかった子狐は、とりあえず親元へと返して、僕達だけ街に戻って来た。そうしたら、街の人達は魔物の襲撃などなかったように、僕達が出かけた時のまま、みんな普通に生活していた。

建物なんかも壊れた様子もなかったから、これなら、すぐにでも休めると思って宿の扉を開けると、宿の正面ホールで、母様が不安と心配が入り混じったような悲しい顔をして立っていた。

「本当に…心配したのよ…?」

「ごめんなさい…母様…」

母様が悲しそうな顔をしながら叱るから、疲れてお腹が空いていても、誰も反論する事もなく、みんな大人しく叱られていた。

「エレナ。今日の所は、それくらいでいいんじゃないの?ちゃんと、怪我もしないで無事に帰って来たんだから?ね?」

一番怒りそうだと思っていたラザリア様は、何処か上機嫌な様子で、僕達の事を庇ってくれた。

「そうね。この子達のせいじゃないものね。叱られるべきなのは、原因を作った人間よ…」

「……そうだな」

「それは…そうかも知れないけれど…」

ラザリア様達の言葉を受けて、母様がしょんぼりしたような顔をしながら少し顔を伏せると、それを慰めるようにお兄さんが声を掛けた。

「エレナ様。私達は、攻めているわけではありませんので、そのようなお顔をなさらないで下さい」

「そうよ。エレナは悪くないわよ。エレナは……」

2人で母様の事を優しく慰めているのに、何故かカレン様の言葉に、棘のようなものがあるような気がした。でも、そんな雰囲気は直ぐになくなって、何時もの悪戯好きの子供のような雰囲気に戻っていた。

「それにしても、ラザリアはご機嫌ね」

「華やかな社交界も嫌いじゃないけれど、やっぱり何処かストレスが貯まるのよ。だから、今回は思い切り暴れられてスッキリしたわ!」

「学院時代から、ラザリアは行動的と言うか、過激な所があったものね」

「あら?貴方も私と似たようなものでしょう?」

「まあ、昔からの遊び相手だったから、お互いに似たのかしらね?」

「カレンは、歌劇の題材になった事もあったわね」

「それは、貴方もでしょ?でも、一度だけしか公演されなかった劇もあったわよね?」

「おい…」

「私達だって迷惑を掛けられたんだもの、少しくらい仕返ししても良いでしょ?」

「………」

何処か苦い顔をしているベルンハルト様と相反するように、楽しげな表情を浮かべながら笑っていた。そんなカレン様に、コンラッドが疑問を口にする。

「どうしてその公演は、一回しか上演されなかったんですか?」

「劇の内容に少し、問題があったからよ」

「問題?」

「簡単に言えば、愛し合う2人を邪魔しようとした悪者が滅びるお話しよ」

「それの何が駄目なんですか?」

「そうね。ちょうどその頃、ラザリアの婚約破棄やら、ベルとの婚約発表とかがあったんだけれど、それを劇の題材にして、実名も使われていた事と、全ての悪事を行った黒幕が、宰相……だったから問題なのよ」

宰相の後に、カレン様が小さく何か言ったような気がしたけれど、声が小さすぎて何を言っているのか分からなかった。だから、それを聞こうと口を開こうとしたら、僕よりも先にバルトが口を開いた。

「なぁ?コンラット?それの何が問題なんだ?」

「はぁ…あのですね。例え劇とはいえ、貴族をの実名を出したり、役職を名指しなんかしたら、侮辱罪で捕まりますよ。それに、代々宰相を務めているレグリウス家に喧嘩を売るようなものですしね」

「えッ?僕の家って事は、父様が悪者って事!?」

「その頃の宰相は、まだアルの父親がやっていたけれどね」

父様が悪役じゃなかった事に僕がホっとしていると、今度はコンラットが疑問を口にした。

「それは、何と言う劇だったんですか?」

「闇の深淵って言う劇だったはずよ」

「聞いた事あるか?」

「僕はないよ?母様は知ってる?」

「その頃にはもう、学院を卒業していて、王都にはいなかったから分からないわ」

父様達と一緒にいる母様なら、知っているかと思って聞いてみたけれど、思っていたのと違う答えが帰って来て、少しばかり驚いた。

「母様は、父様と結婚してたんじゃないの?」

「その頃はまだ…アルとラザリア様との婚約関係が続いていたから…」

気不味そうな顔をしながら、ラザリア様の方へと視線を向ける母様を他所に、カレン様達はなんて事ないような顔をしていて、昔を思い出しているようだった。

「そういえば、そうだったわね。あの婚約には、利権とか派閥も絡んでたから、アルでもなかなか婚約破棄が出来なかったのよねぇ」

「あの頃は、肝心な時に役に立たないと、何度思ったか分からないわ。だから、エレナには申し訳ないけれど、アレと無事に婚約破棄が成立した時は、本当に安心したわ。やっぱり、何も言って来ない相手より、些細な変化にも気付いてくれる相手の方がいいわ」

「ベルの場合、異変や不審物を持ってないか、常に人を観察する癖が付いてるだけだったから、ただの職業病だと思うわよ。それに、ベルは剣の腕は凄いとは思うけど、一緒にいても何だかつまらなそうで、私は結婚したいとは思わないわね」

「ベルの元婚約者のくせに、何言ってるのよ」

「そ、そうなんですか!?」

「元だけどね。だから、全部丸く収まった時は、本当に良かったと思ったわ~」

清々しい笑顔で言うカレン様を見ていたら、バルドが僕の袖を引いて、小声で僕に言って来た。

「なぁ?これが世に言う、三角関係ってやつなのか?」

確かに、父様の婚約者がラザリア様で、ラザリア様と結婚したベルンハルト様。それで、その婚約者がカレン様って事は、そうなるかもしれない…。

「関係者が5人いるんだから、三角関係ではないだろ」

「じゃ、じゃあ!五角関係か!?」

「ど、泥沼の関係…?」

「ま、まさか…そんなわけないですよ」

僕達が真剣な顔で話していると、後ろの方から、小さな笑い声が聞こえて来た。

「ふッ…ッ…ど、泥沼ってッ!ラザリア、いつの間にそんなもの関係になったのッ?」

「そんなわけないでしょう。ただの政略結婚で、恋愛感情なんか少しもなかったんだから、ただの腐れ縁みたいなものよ」

「……その腐れ縁を、断ち切りたくなる時があるがな」

僕達の会話が余程面白かったのか、笑いを噛み殺したように言うカレン様に、ラザリア様達が、嫌な顔をしながら返事を返していた。父様も前にそんな事を言っていたような気がする。腐れ縁と言うくらい仲が良いからなのか、言う事も似て来るのかな?

僕が疑問に思っているとコンラッドが不思議そうな声を上げた。

「その劇団は、結局どうなったんですか?」

「もう消えちゃってないわ」

「ちょっと、カレン…」

「本当の事なんだから、別に良いじゃない?」

「劇団って、消えるものなの?」

「ええ、公演の度に各地を移動したりするから、魔物や、盗賊に襲われたりして、いなくなっちゃう事があるのよ」

「そういう話しも聞きますが、劇団一つが消えるというのは、あまり聞かないような気がします…」

「なら、その劇団は、運悪く龍の尾でも踏んでしまったのでしょうね」

「……おい」

何処か楽しげに話しているカレン様を、ベルンハルト様が難しい顔を浮かべながら睨んでいた。

「分かっているわよ。これ以上はさすがに、逆鱗に触るようなものだからね」

「それにしても、よく捕まりませんでしたね?誰も、訴えなかったんですか?」

「私達は、訴える必要がなかったから」

「じゃあ、リュカの爺さんは?悪役にされたんだろ?」

「その時は、他の事で忙しかったから、やろうと思っていたとしても、出来なかったでしょうね」

そういえば、旅行とかであちこちに連れて行って貰った事はあったけれど、父様や母様の家族とはあった事がなかったなと思って、母様に聞いてみた。

「母様は、合った事あるの?」

「私が結婚した時には、もうバカンスに行かれた後らしくて、直接お会いした事はないわ。絶対、結婚を反対されると思って覚悟していたのだけれど…」

「バカンスから帰って来ないの?」

「アルからは…帰って来るとは聞いていないわね…」

何処か、会いたくなさそうな様子の母様に疑問を抱いていると、カレン様が母様を励ますように、明るい声で声を掛けた。

「大丈夫よ。アレは一生、あそこから帰って来れないと思うから」

「おい」

「アルが許さないのもそうだけれど、城の無能達と一緒に毒殺容疑を…」

「おいッ!」

何処か、語尾を荒げた声にも驚いたけれど、それよりも、気になる単語が聞こえた。

「毒殺容疑…?」

「ち、違うのよ!ちょっと、劇の内容と記憶が混ざっただけ!ほら!劇でも実名が使われてたから!ねぇ!?」

「私に振るな……。ただの…劇の話しだ…」

「さぁ、もう遅いし、夕ご飯にしましょう。今日は色々あったから、あなた達の好きな料理に出来ないか、宿に頼んで見ましょう?」

「本当!?じゃあ!肉!肉がいい!!」

「俺も!?」

「私は、何時でも食べれる肉より、此処で食べれる新鮮な魚が良いです」

「そうだな。俺も魚の方が良い」

「えーッ!?リュカは、どっちが良い!?肉だよな!?」

「魚ですよね?」

「ぼ、僕は…」

両方からの圧力で僕が答えに迷っていると、ラザリア様が助け舟を出してくれた。

「それなら、それぞれ好きな方を食べれば良いでしょう?」

「では、私が宿の者にまずは確認して来ます」

「その必要はないわ。それぞれ、食べたい者を伝える必要もあるし、みんなで食堂に行きましょう?ねぇ?エレナ?」

「え、ええ…」

「よし!肉料理頼みに行くぞ!!」

「うん!」

「走ると危ないですよ!!」

「…子供だな」

それぞれが部屋を出て行って、僕もみんなの後を追い駆けようと部屋から出ると、後ろから聞こえて来て話しが気になって、ふと扉の影で足を止めた。

「…喋り過ぎだ。どうなっても知らんぞ…」

「だ、大丈夫よ…知られる前に、王都から逃げれば良いだけよ!」

「アレから、逃げられると良いな…」

「ちょっと!不吉な事言わないでくれる!」

ちょっと慌てたようなカレン様の声が聞こえた時、僕を呼ぶ声が聞こえた。

「リュカ!速く来いよ!!」

「う、うん!」

僕は返事を返すと、廊下の先で待ってくれていたみんなの元と急いだ。
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