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三章

夕暮れ時

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巻き上がっていた土煙がしだいに収まって来ると、土煙の向こうに見えていた朧げな影が、段々と形になって見えて来た。

「親父!?」

土煙が晴れた先に見えたのは、銀色の狼に乗ったベルンハルト様が親キツネに向かって剣を抜き、カレン様が間に入ってその剣を止めている姿だった。

クリスさんが驚きの声を上げる中、2人の間には、不穏な空気が流れていた。

「あっぶないわねー!いきなり剣を抜くなんて!!」

「攻撃の意思を感じた」

「貴方から殺意を感じれば!誰だって警戒するでしょ!!とりあえず!剣を引いてくれる!?」

カレン様の言葉に、ベルンハルト様は素直に剣を引くと、乗っていた狼の背から下りた。だけど、親きつねが未だに警戒して唸っているせいか、ベルンハルト様が下りた後も、互いに警戒し、牽制し合ったままだった。

「引け、カムイ」

カムイと呼ばれた狼が、こちらを横目でチラリと見ると、少しずつ距離を取るようにして離れて行き、ベルンハルト様の横で大人しくなった。だけど、完全には信用していないのか、親きつねの方を睨んでいた。でも、それは親きつねの方も同じらしく、睨み返していた。

それでも、ベルンハルト様は問題ないと判断したようで、僕達に向き合うと、その口を開いた。

「魔物を前に、随分と落ち着いていたようだったが、此処で何があった?まずは、そちらの説明を聞こう」

「私も、まだ子供達に詳しくは聞いていないのよね…」

カレン様が森での出来事を説明した後、僕達の事情も話しながら、此処で何があったのかを説明した。

「だから、親父はもうコイツラには手ぇ出すなよ!」

「事情は分かった。それらが害にならぬなら、私はもう手は出さない」

僕等が話し終わるのを黙って聞いていたベルンハルト様が、そう言ってくれた。これで、よくやく全部が終わって、宿に帰れると思ったら、まだ終わらなかった。

「それじゃあ、今度はベルの番。と言いたい所だけど、貴方の場合、此処にいる子供達を迎えに来たのかしら?」

カレン様からの問い掛けに、ベルンハルト様は、落ち着いた態度を崩す事もなく、平然と言った。

「ああ、宿の者から、帰って来ていないと報告を受けてな。それと、ギルドの方からも大型の魔物が40。街に向かっているとの連絡を受けた事も合って、急ぎ子供等を迎えに来た」

「「「「えっ!?」」」」

帰って来ない僕達を、ただ迎えに来ただけだと思っていた僕達は、ベルンハルト様の言葉に驚きの声を上げた。

「魔物って!それ!やべぇんじゃねぇの!?」

「俺達に構ってていいのかよ!!」

「街は大丈夫何ですか!!」

「は、速く!戻らないと!!?」

僕達が慌てふためいている横で、何故かお兄さん達は、同様に落ち着いたままだ。

「そんなに慌てなくても大丈夫よ。大した数でもないから、私達が手を貸さなくても、ギルドだけで対処可能よ」

「えた、騎士団なら、新人達の訓練に丁度いいくらいですね」

2人は動じた様子もなく、落ち着いた様子で話す。だけど、それを横で聞いていた冒険者の人は、顔を青ざめさせながら声を荒げた。

「無理だ!!ランクの高い奴らが殆ど出払っていて!今はランクの低い奴しか街にいねぇんだ!!」

「えっ!?そうなの!?でも…ベルが現場を放ってくるのとは思えないし…」

「ええ、父上が何の対処もせず、そのまま街を離れるとは思えません。そうですよね?」

お兄さんが視線を向けと、ベルンハルト様はその言葉に軽く頷いた。

「その者達の言う通り、ギルド内が混乱していたのは確かだ。だが、その話しを聞いたラザリアが、やたら乗り気で任せろと言うのでな。私は子供達の安全を優先する事にしたのだ」

「なら、邪魔しちゃ悪いわね」

「そのようですね」

「だ、大丈夫なのか!?本当に!!?」

誰も動こうとはしない現状に、焦りと不安を滲ませながら、冒険者の人が声を荒げる。

「何?私達の言う事が信用出来ないの?」

「………」

「そ、そういうわけじゃねぇ…ですけど……」

2人からの無言の圧力を受け、冒険者の人は目を泳がせながら、もの言いたげな顔で押し黙った。

その場に流れる微妙な空気を破るように、クリスさんが口を開いた。

「そういえば、親父はどうやって、街から此処までに来たんだよ?」

「カムイに乗って、湖の上を渡って来た」

「はぁッ!?そんなの出来るわけないだろ!」

事もなにげに言ったベルンハルト様の言葉に、クリスさんは目を見開きながら否定の言葉を口にする。そんなクリスさんに、ベルンハルト様は表情を崩す事なく、言葉を続ける。

「道を作れば、何も問題ない」

そう言って、湖の方へと視線向ける。僕も振り返って見ると、湖の上には一本の氷の道が出来ており、それが夕日の光に照らされて、キラキラ輝いていた。その氷を見た僕は、ふと思った事が口から溢れた。

「……父様みたい」

父様が、氷魔法を得意としているとみんなから聞いて、父様に頼んで見せて貰った事があった。その時は、夏の終わりくらいだったけど、父様は氷でいろんな動物の彫刻を造っては、僕に見せてくれた。

ベルンハルト様が造った氷の道も、真夏でも溶けなる事なく存在し続けている姿は、あの時の氷の彫刻によく似ていた。

「………」

僕が呟くように言った小さな一言の後、ベルンハルト様の眉間のシワが深くなった。僕は、何か怒らせるような事でもしたかと思ったけれど、直ぐにクリスさんの方へと視線を向けた。

「それは、お前がやったのか?」

ベルンハルトが僕の隣にいた親きつねの前足の爪を指差すのを見て、僕の事じゃなかった事に安心した。

「えっ…?あっ…お、おぅ…」

「そうか、次は間違えるな」

声を掛けられたクリスさんの方は、わけもわからず戸惑ったような様子だったように返事を返したけど、ベルンハルト様の方も、それだけ言うと再び黙ってしまった。

「父上。それだけでは駄目ですよ。ちゃんと言葉にしなければ、何も伝わりません」

「う…むっ…」

「私が代弁するのではなく、父上ご自身でおっしゃって下さい」

「あら?剣鬼なんて呼ばれてるくせに、自分一人じゃ何も言えないの?あの国の連中が知ったら、なんて言うかしらね~?」

お兄さんの言葉に渋い顔をしていたベルンハルト様だったけど、カレン様の言った一言で、さらに眉間のシワが濃くなった。

「父上。本人から直接褒めて貰えるというのは、何とも嬉しいものです。新人の兵に教える時のように、1から話して下さい」

「…ぅ…っ…む…」

お兄さんと、からかうように話すカレン様に言われ、眉間にシワを寄せながらも、クリスさんの方へと向き直ると、一度、目を閉じた。再び目を開けると、さっきまでの様子とは違って、厳格な雰囲気を纏っていた。

「強度がない武器で戦う時、強度の高い場所を狙うと、簡単に競り負けて武器が破損してしまう。そのため、その場合は受け流すか、強度が薄い場所を狙うのが的確だ。だが、格上相手にも怯まず、立ち向かった事は称賛に値する」

本にでも出てきそうな騎士みたいで、何だか格好いいなと僕は思った。だけど、褒められたはずのクリスさんは、何故か、下を向いたままで、全然、嬉しそうじゃなかった。

「でも…俺…騎士らしくなかった……」

「騎士らしく…?」

「正面から戦わないで…目潰しなんて……卑怯な手を…使ったから……」

僕は見てないから何も言えないけれど、クリスさんにとっては、それは駄目な事みたいで、見ている方が辛くなりそうな程だった。

「策略や罠、あらゆる手段を持ちいて戦う戦場において、卑怯などと言う言葉はない。仮にそれで負けたとしても、相手が上手で、自身が未熟だっただけの事だ」

「で…でも……」

「卑怯な者がいるとするならば、何の覚悟もなく、自身の力で闘おうとしない者の事だ。覚悟を持って戦ったのなら、他者の言葉など気にする事はない。お前は皆を守り、立派に騎士としての役割を果たした」

ベルンハルト様が優しく笑いながら言うと、照れた顔を隠すようにして下を向いた。顔を上げられないでいるそんなクリスさんを見て、カレン様が楽しそうに笑う。

「そうよ。もし、何か言う人がいたとしたら、ベルが始末してくれるわよ~?」

「そんな事はしない。その者の性根を叩き直すだけだ」

「その時は、私もお供します」

「べ、別にそんな事しなくたって良いって!!」

「ふふっ、何だか面白そうだし、私も一緒に同行しちゃおうかしら?」

「許可する」

「だから!止めろって!!」

真面目なようで、何処かふざけた様子の大人達を、赤い顔をしたクリスさんが止めていた。そんな様子を見ていたら、腕の中にいた小狐が小さく鳴いた。

「キューン…」

小狐に視線を向けると、さっきの小石で怪我をしたのか、額に小さな傷が出来ていた。

「大丈夫?」

僕が声を掛けると、身を寄せながら小さく鳴く。僕は、手に魔力を集めると、そっと小狐の額へと置いた。

「キュン!」

怪我が治ると、まるでお礼を言うように一声鳴いて、また手の平を舐めだした。さっきのと違って、今度は何だかくすぐったい。

「僕、もう怪我してないよ。また怪我してら治してあげるから、今度は僕の怪我も治してね」

「キュン!」

僕が笑いながら言った冗談にも、小狐は元気に返事を返して来る。そうしたら、いつか見た時のように、小狐の額が光始めた。

「え…っ…?」

光が収まった後、小狐の額には、何故か契約紋の模様が浮かび上がっていた。

「「「「「えーーーーッ!!」」」」」

みんなの驚く声が、夕暮れ時の湖に響き渡った。
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