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三章

街では (ベルンハルト視点)

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「何?帰ってない?」

その報告を受けたのは、宿の一室を借り、冒険者達が集めた情報を整理している時だった。冒険者ギルド内の方が、情報収集するのに都合が良かったが、他者の縄張りを荒らす趣味は、私にはない。

「はい…まだ誰も…お戻りになっておりません…」

報告を上げて来た宿の人間は、私にただ夕食の確認のためにやって来ただけであった。だが、黙り込んだままの私を見て、叱責でもされるとでも思ったのか、妙に萎縮した様子で、私の様子を伺っていた。

「事実を確認をしただけであって、攻めているわけではない」

私の言葉を聞き、幾分か怯えは消えたようだが、以前、萎縮したままである。昔、威圧感を何とかしろと言われた事はあるが、私は彼奴のように、器用には生きられん。

しかし、この者の様子を見ると、奴がこの街に及ぼした影響は、未だに根強く残っているようだ。だが、あの男と私が、同じように見られているのには、些か気に食わん。私は、不手際があったからといって、彼奴のように宿を潰したりなどせん。

私の憤りが目の前の者にも伝わったのか、先程と同様に身を縮め始めたのを見て、私は静かに思考を戻す。

外へ行ったブライト達なら分かるが、あの子等が帰っ来ていないのはやはりおかしい。

普段ならば、腹が空いたと言って、厨房に駆け込んでは何か強請っている時間だ。それは、旅行だからといっても変わらず、此処でも何かを強請っていたと聞いている。

外へと視線を向ければ、日暮れまでにはまだ時間があるようだが、時刻は、夕食の時間まで1時間を切っている。
 
「足取りは、何処まで分かっている?」

「はい…船に乗った所までは確認しているのですが…その後までは…舟屋に確認した所、一人乗り用の船が数艇、まだ、戻って来ていないとの事です。湖の上にも、それらしい影が見えない事から、対岸まで風に煽られた可能性が…」

「待て、風だと?」

報告は最後まで聞くべきなのだろうが、気になる言葉が聞こえたため、無礼を承知で、報告を途中で遮る。

「は、はい!湖の周辺だけですが、少し前まで強い風が吹いておりまして、その風向きが、街とは反対の森の方だったそうです!」

「……」

この時期、この周辺は気候も緩やかで、船が流されるような風が吹く事など滅多にないはずだ。そのうえ、それが湖の周辺だけというのも妙で気になる。

再び黙り込んだ私を前に、まるで肉食の猛獣でも相手にするような悲壮感溢れる顔で、男は私に問いかけてきた。

「………誰か…対岸まで向かわせますか?」

「いや、私が見て来よう」

決死の覚悟で言っただろう言葉を拒否し、私は腰を上げる。

今日は天気も良く、見通しが良い。対岸までなら目視でも十分確認する事が出来るだろう。もし、仮にあの子等が対岸にいたとしても、私ならばそう手間も掛からず往復する事が出来るため、私が行くのが適任だろう。

私が席を立ち、歩き出そうとした所で、廊下の方より、騒がしい足音と声が聞こえてきた。このように粗暴に走る者など、この宿にはいない。

「た、大変です!!森にいる魔物が、こっちに向かってると報告が!!」

予想通り、冒険者ギルドと私との連絡係を務めていた男が、取り乱した様子で、部屋へと駆け込んで来た。

「方角と数は?」

「左右に別れてやって来てて!!森の木々が邪魔で、正確な数は把握出来ていませんが、全部で40はいるようです!!ど、どうすればいいでしょうか!?」

その程度の数、冒険者達だけで、問題なく対処出来るのだろうとも思ったが、優秀な者が学院が護衛役として出払っていて不在なのだろう。慌てふためくこの者を見る限り、ギルド内が浮足立っているのが分かる。

「私は、お前の指揮官ではない。此処の指揮官に支持を仰げ」

混乱している状況で、無駄に指揮系統を増やしても、さらに混乱を招くだけだ。そう思っての判断だったのだが。

「此処のマスターから支持を乞うように言われて来たんです!」

そのような事を言われようとも、今、此処にいる冒険者達の実力が定かでない状況では、支持を出そうにも、支持の出しようもない。せめて、ブライトだけでも居てくれたのなら、話しは変わったのだろうが、今、それを言った所で意味はない。

あの子等の事も気になるが、此処を見捨てて離れる訳にもいかない。

此処に来て、問題が次々と湧いてくる事実に、仕事をさせられている奴の呪いではないかと疑いそうになる。

昔、奴が起した問題に巻き込まれた事が度々あったが、それは計算尽くの事であり、対応に苦慮する事はなかった。

私の頭には、あの男から入念に準備されていた荷が浮かび、全て、奴の策略なのではという考えが過る。だが、さすがにそれは、私の考え過ぎだろう。今は、無駄な事に時間を費やすよりも、まずは目の前の事を解決しなくては。

さて、どうするのが妥当な判断かと頭を悩ませていると、扉の外から聞き慣れた声が聞こえた。

「ねぇ?私の事、忘れているわけじゃないわよね?」

少し前から来ていたのには気付いていたが、民間人に属するラザリアの事を、巻き込むつもりはなかった。しかし、何とも乗り気な様子に、私も考えを変える。

「此処を任せても良いだろうか?」

「ええ、勿論よ」

「魔道具は必要か?」

「要らないわ。だてに貴方の妻をしているわけじゃないのよ?ふふっ、手強い相手でもいてくれれば、少しは楽しめるのだけど」

頼もしげな言葉共に笑う妻は、久しぶりに暴れられそうだがらか、実に楽しげだ。

「では、西側を君に、東側は冒険者達に任せる事にしよう」

「分かったわ。貴方は、あの子達の事をお願いね」

「了解した」

私は返事を返すと、報告を上げてきた冒険者へと向き合う。

「報告を届けに来たばかりですまないが、今の件をギルドへ報告すると共に、私達の荷から必要な者を冒険者ギルドへと届けてくれ。何処にあるかは、そこにいる宿の者が知っている。頼んだぞ」

「「はいッ!」」

駆け出すように部屋を出て行ったた2人を見送り、後を妻に託すと、自分の成すべき事へと意識を向ける。宿の外へ出れば、今の現状とは異なり、穏やかな風が吹いていた。

街中ではあったが、今は急を要するため、陣を起動する。そうすれば、陣から発せられる淡い光によって辺りが照らされる。

「ウォーーン」

光が収まれば、遠吠えと共に、銀色の毛並みを風に靡かせ、白い冷気を纏い堂々と佇む、一匹の狼。氷属性を得意としているフェンリルであり、戦場を共に掛け、何度も助けられた事もある。頼もしい相棒。カムイ。

しかし、先程、あの男の事を思い出していたせいか、どうしてもあの男の姿が脳裏に浮ぶ。だが、今はそんな事に気を配っている暇はないとかぶりを振った私は、素早くその背に跨がる。

足が速いカムイではあるが、障害物が多過ぎる街では、満足に走る事が出来ない。カムイの足元に魔力を込め、氷の足場を作ると、それを上方へと押し上げる。

遠目から見れば、街の中に、一本の氷の柱がせり上がっているように見えた事だろう。

普段使う魔法よりは、氷魔法の方が得意ではあるが、滅多な事では使わない。火魔法のように、周囲に与える影響が大き過ぎるからだ。だから、敵からは視認し辛く、周囲への影響が少ない風魔法を多用している。

氷属性を好んで使う奴がいるため、使いたくないという理由もあるが、それはお互い様だろう。

好む魔法と、得意とする魔法が違うため、一度、互いの召喚獣が逆ならばと思った事もあるが、それはカムイに対して失礼だと、それ以降は考えるのを止めた。

周囲の建物よりも高い位置まで来ると、開けた視界の先に、湖の対岸が見えた。顔までは判別は出来ないが、10人程の影が見える。影の数が気になったが、大型の魔物も一匹、その者達の側にいるのが眼に入った。

私が身を屈めると、私の意志を汲んだカムイは、対岸へと向けて駆け出した。
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