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三章

財布

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「おおっ!!」

まず目に入って来た、宿のホールの内装を見たバルドから驚きの声が上がる。

貴族が多く利用すると宿だからか、煌びやかなシャンデリアが天井で輝きを放っていて、絵画などや骨董品なども多く飾られていた。だけど、それらはきちんと統一感があって、豪華さの中にも何処となく品を感じさせる内装になっている。僕は前にも見た事があるからそこまで驚かないけれど、僕の屋敷よりも調度品が多くて、やっぱり何だか立派に見える。

「すげぇー!俺の屋敷とも全然違う!!」

バルドの屋敷は飾り気がない分、貫禄を感じさせるような内装だから、此処とは真逆かもしれない。

「まあ、貴族が多く泊まるので、此処はそれに合わせた内装にでもしているんでしょうね」

「そういえば、リュカやコンラットの屋敷は必要な物しか置いてないような感じで少し似てるよな?」

「公爵家の屋敷と一緒にしないで下さいよ…。内装は似ていても、置いてある物の質が全く違います…」

「そうなのか?剣とかなら分かるけど、それ以外だとよく分かんないからな?それに、たまに兄貴と遊んでる時に壊したりするから、母さんも良い物は決まった場所にしか置かないし、俺達も壊さないように近寄らないからな」

コンラットの言葉に首を傾げているバルドに、ネアが不可解な物を見る面持ちで言った。

「そんなに壊すのが日常なら、ついでにあの事も言えばいいだろ?」

「アレと違って家具は壊れる物だから!!」

ネアが何気なく言った一言だったけど、バルドにとっては大事だったようで慌てたように否定していたけど、コンラットは何処か呆れたような表情を浮かべていた。

「家具は壊れる物じゃないですよ…」

「でも、僕の家も壊れるからって、最低限の家具とかしか置いていないよ?」

前に父様から壊しても良いと言われた事や、兄様が部屋を半壊させた話しを聞いていた僕は、家具は壊れてしまってもしょうがないような気がする。

「ほらな!!」

「えっ…私の認識の方が…間違っているんですか…?」

「いや…こいつ等の家がおかしいだけだ…」

「そ、そうですよね…」

得意気な顔で言う姿に、コンラットは何処か衝撃を受けたような顔をしていたけど、ネアの言葉で自分が間違っていないと知ると、少し安心したような顔を浮かべていた。

「それにしても、よくこの時期にそんな部屋が取れたわね?前から予約でもしていたの?」

僕達が話している途中で、前を歩いていたカレン様達の声が聞こえてきた。

「急に決まった事だったから、宿はもう予約で埋まっていたんだけれど、アルノルドの名前を出したら空けてくれたの」

「アルの?」

「ええ、この街なら、アルノルドの名前を出せば融通がきくと思ったんだけど、やっぱりだったわ。エレナには申し訳ないとは思うけど、使える物は何でも使わなきゃね」

ラザリア様は母様に申し訳無さそうな視線を向けつつも、その顔は何処か楽しそうだ。

「いえ、ラザリア様には日頃からお世話になっていますので、少しでも役に立てたなら良かったですわ」

「本当、あんな面白みもない冷血漢には勿体ないくらい優しいわね。もし、アレに愛想を尽かして離婚したくなったら言いなさい。何時でも私が協力して上げるわ」

「ふふっ、忘れないように覚えて起きますね」

「ええ、任せておきなさい」

母様達は楽しそうに笑っているけれど、速く遊びに行きたい僕達としては、速く部屋に行きたいから、もう少し速く歩いて欲しい。

「なぁ?お前等、湖に行くんだよな?」

先頭の方にいたはずのお兄さんが、いつの間にか僕達の側までやって来ていた。

「そうだけど?」

僕がそう答えると、お兄さんはニンマリとした笑みを浮かべながら言った。

「それじゃあ!もう遊びに行こうぜ!こんなチンタラしてたら日が暮れる!!」

「行く!!」

「でも、まだ部屋にもついてないよ?」

兄さんの提案に、バルドは直ぐさま飛びついたけど、今、部屋へ向かっている最中だから、此処でいなくなったら、部屋の場所が分からなくなって戻れなくなる。

「それは大丈夫!兄貴が先に部屋の場所教えてくれたから問題ない!」

先頭の方に目を向けると、こちらへと視線を向けていたブライド様と目線があった。僕と視線が合うと、微かな笑みを浮かべながら小さく頷いていた。

「荷物とかも、各自の部屋に置いておくって!ああっ!でも、荷物の整理は自分でしろって言ってたぞ!」

そんなお兄さんに背を向けたまま、クリスさんは上機嫌に僕達に話し続けていた。でも、僕としては荷物も一緒に片付けて貰えたら嬉しかったけど、それはさすがに甘えすぎかな。

「だろうな。俺も、人に荷物を勝手にあさられるのはごめんだ」

ネアは僕とは逆に、何処か嫌そうな顔を浮かべていた。僕は、身の回りの世話をして貰っているから抵抗を感じないけれど、ネアみたいに自分の事を自分でやる人にはとっては、勝手に荷物を触られるのには抵抗があるのかもしれない。

「そんなもんか?まあ、俺らの荷物はもう送ってたから、服とかはシワになんねぇように出されてるとは思うけどな。でも、シワを気にする意味が分かんねぇよな?服なんて、着れれば良くないか?」

「見栄えの問題ないではないでしょうか?」

「どうせ、直ぐに破けたり汚れたりすると思うだけどなぁ?まあ、とりあえず持ってく物もねぇから行くか!」

「はっ!俺が準備してた遊び道具!!」

突然何かを思い出したように声を上げたバルドにびっくりしたけど、荷物と一緒に送ったって朝言ってたってけ?

「ちょっと取りに行ってくる!!」

慌てたように部屋に行こうとするけど、ネア達がそれを冷静に止めた。

「湖に行くだけなら必要ないだろ。それに、必要になっても貸し出しする店もあるはずだ」

「そうか!なら、速く行くぞ!!」

「う、うん!!」

「ちょ、ちょっと!」

背を向けて走りだした2人に声を掛けるけど、やっぱり聞こえていないようで、その足が止まる様子がない。

「ネア。2人にはああ言ってましたが、お金がないと借りられないのではないと思うのですが?ネアはお金を持ってきているのですか?」

少し疲れた顔を浮かべながら聞くコンラットに、さも当然のようにネアは言い放った。

「いいや。だが、名前さえ出せば、財布になる奴等がいるだろ?」

「……えっ?」

「せっかくだから、存分にたからせて貰おうかと思ってな」

僕の驚きや戸惑いを他所に、ネアはどこ吹く風のような態度で少し意地悪そうな目をしていた。

「……ほ、ほどほどにしてね」

口元に笑みも浮かべて楽しそうにいるネアに、僕はそれしか言えなかった…。

「この2家を財布扱い出来るのなんて…アナタだけですよ…」

脱力しそうになるコンラットと一緒に、ネアに何とも言えない虚ろな目を向けるのだった。
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