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三章

一息 (ベルンハルト視点)

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「待て。少し話しがある」

カレン様の迎えで登城すれば、不意に奴から声を掛けられた。

「悪いが話している時間はない。今、カレン様をお待たせしている最中だ」

「今もまだレクスと話している。多少遅れたとしても問題ない」

「……」

こちらの了承も得ぬまま、付いてくるのが当然とばかりに背を向けて歩き出す奴の傲慢さは、昔から好きにはなれない。だが、無駄な事を嫌う性分でもある。このタイミングで呼ぶのならば、それ相応の理由があるのだろう。

奴の後を追って私が行けば、何とも厄介事も含めて色々と持たされるはめになってしまった。そのうえ、奴が用意した積み荷を乗せるのに手間取り、必要以上に時間も取られてしまった。私はカレン様と共に、急ぎ屋敷へと馬車を走らせるが、到着した時には、既に予定時刻は過ぎてしまっていた。

遅れた時間は、誤差と言えなくもない時間ではあったが、見本となるべき者がこれでは、下の者達にも示しが付かない。当然、バルドからは叱責の声が飛んだ。

奴に呼ばれたからと言えばそれまでだが、奴に付いて行くと判断を下したのは己自身である。そのため、この叱責は甘んじて受けるべきだろう。

そう思っていたのだが、カレン様が姿を見せた事で、その場が流れてしまった。そのため、何の罰も受けないまま終わってしまった私にとっては、今の現状は何とも肩身が狭い。

道中、そのような思いを抱えながらも休息予定地に到着した私は、皆を集めてこの場での注意事項などを伝えた。その後は、各自の自由行動とし解散を命じたが、伝達事項があるブライドだけにはその場に残って貰った。

ブライドと共に、奴から押し付けられた馬車と積み荷や設備点検を行っていると、こちらへと近付いてくる魔物らしき気配を感じた。しかし、弱っているようでその気配は薄い。

この防御壁は、ドラゴンの一撃さえ防ぐ事が出来る代物なため、弱った身では壊せす事は不可能だとは思うが、何事にも絶対はない。

ブライドに視線を向ければ、私の意志を汲むように軽く頷いてからラザリア達の方へと行ってくれた。他の者の気配を探れば、魔物の方へと歩いて行く2人の気配があった。

本来なら、直ぐにでも止めに行くべきであるのだが、外に出たりすれば直ぐに気配で分かる。それ以外にも気掛かりな点もあるが、過保護な男が大丈夫だと言っていた言葉を信じ、私は早急に対処する必要がある方へと足を向けた。

「それじゃあ、見せて上げるわね!」

言動を見れば、何をしようとしているかは察しがつくのだが、私は事実確認のためカレン様に声を掛けた。

「何をしていらっしゃるのですか?」

クリスとバルドと一緒に、巻き込まれただろうスクトール家の息子が驚いたように振り返る。そんな中、カレン様は以前、防御壁の外で剣を構えたままだ。

「私の実力を見たいって言われたから、ちょっと見せて上げようと思って!この防御壁なら、私の攻撃にも耐えられそうだし、もし壊れたとしても、後でちゃんと弁償するわ!」

私が近付いて来る気配にも、既に気付いていたのだろう。特に動じた様子もなく、今やろうとしていた事を話した。おそらく、魔物の気配にも気付いているのだろうが、強者の気配を感じればどうせ逃げて行くと考えているのだろう。その言動に迷いを感じない。

だが、この防御壁か壊れる程の攻撃をした場合に起こるこちら側の被害を全く想定していない。これでは、弱った魔物などよりも、カレン様が1番の脅威である。

本人から自白を得た私は、カレン様の行動を止める為、大事な事実を伝えた。

「これは私物ではなく城の備品ですので、壊した場合は始末書を提出して頂く事になりますが、宜しいですか?」

「えーー!?これ、ベルの私物じゃないの!?」

「はい。今朝、アルノルドから渡された城の備品です」

遅れた要因の一つではあるが、こうなるだろう予想して持たせた奴の先見の目は、昔から役にたつ。

「それじゃあ…壊せないわね…。椅子に座って長々と始末書なんて…私にはとても書けないわ…」

肩を落とす姿だけを見れば、多少は憐れにも見えなくもないが、やろうとしていた事を思えば、その念も薄れてくる。

奴からは、これ以外にも色々と渡された物はあるが、使う機会が訪れない事を祈ろう。

こちらの案件が片付いたため、もう片方に注意を向ければ、外に出る事もなく終わったようだ。魔物の気配も此処から遠ざかるように離れて行っていた。

私は、その場にいる者達へと解散するように伝え、当初いた場所へと歩を進めれば、ブライドが既に待機していた。

「向こうはどうだった?」

現状把握のため、ブライドから状況報告を聞く事にした。

「はい。接触は図っていたようですが、防御壁を挟んでいたため、直ぐに対処出来るよう警戒だけを行い、様子を見るだけに留めましたが、その対応で問題はなかったでしょうか?」

当初に指示した通り、違反行動がない場合は様子を見るだけに留めたようだ。

「問題ない。旅行中、多少羽目を外すくらいは目を瞑るつもりでいた。外に出るという違反を侵していないのならば、特に叱る理由もない」

「はっ!」

報告を終えたブライドに、対応に不備は無かった事を伝えた。周りからはよく頭が硬いと言われるが、こんな所まで来て苦言を呈するほど、私も野暮ではない。

「それと、ブライドも旅行では羽目を外していい」

「そ、そうは言われましても…」

私が言った言葉に、ブライドからは明確な困惑と躊躇いが伝わって来る。

屋敷でいる時よりも、軍人として一緒にいる時間が長いため、お互い普通に接するのが難しくなっていた。

「私も、この旅行中は仕事を忘れるように善処する。ブライドも、仕事の事や私が上官である事を忘れ、目の前の事柄に専念しろ」

「はっ!……!は、はい!」

上官に答える返事だった事に気付いたのか、ブライドが言い直すように返事を返した。だが、不慣れな様子が私にも見て取れた。

「無理はしなくていい。私も、口調には気を付けるとしよう…と思う…」

「だ…父上も、ご無理はなされませんよう」

「う、うむ…」

取ってつけたような言い回しになった事をブライドから指摘されるが、お互い普通の会話が出来ず、何とも言い難たい空気が流れる。そんな我等の耳に、子供等の声が入って来た。

「えー!俺も見てみたかった!」 

「まだ、その辺にいるんじゃないか!?ちょっと探してみようぜ!」

「そんなの危ないですよ!」

先程の魔物の件を話しているようだった。皆が合流した事で、一層賑わいを見せながら戯れる子供等の姿を見ていると、自然と力が抜けていくの感じる。

「随分と賑やかですね」

「そうだな」

先程と違い、ブライドの声も何処か和らいだように感じる。

「止めた方が良さそうだな」

「はい」

放っておけば、外にまで出て行きかねない様子をみせる者達を止めるため、私達はそちらへ歩を進めた。
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