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「あの、黒須……そろそろ手を離して貰いたいのですが……」

「手?…ッ!?」


 少し躊躇する様にお嬢様に言われてそこで初めて手に意識を向けた黒須は自分がお嬢様の細い腰をガッツリ掴んでいる事に気付いた。恐らく倒れた時に反射的に掴んでしまったのだろうと黒須は冷静に分析するが、だが冷静だったのは一瞬だけだった。それよりも自分が今掴んでいるモノがお嬢様の腰だと自覚してしまえばもうダメで『柔らかい』だとか『細い腰だ』とか『こんなに細くてちゃんと赤ん坊を孕めるのだろうか?』とか『いやそもそも子供を孕む以前に綾香お嬢様って結婚できるのだろうか…』とか『だってこの間の縁談も縁談相手を罵って破談させていたし…』とか『もし結婚出来なかったら私が教育係として責任を取ってお嬢様を娶るしかない』と頭の中でぐるぐると正常じゃない思考が渦巻き、だからいつまでも腰から手を離そうとしない黒須に痺れを切らせた彩華お嬢様が自分の腕を掴んだ瞬間、思考に浮かされた黒須は正気なら絶対に口にしない言葉を口走ってしまった。


「彩華お嬢様……子供は二人産んで欲しいです」

「……は?」


 時が止まるとはまさにこの事を言うのだろう。突然の爆弾発言に綾香お嬢様は呆気に取られた顔で黒須をまじまじと見つめて、そして黒須が言った言葉を飲み込んだ瞬間、怯えに顔を引きつらせて叫び声を上げた。


「ひっ、ひいいいいいっ!!黒須に犯されるううううっ!」

「犯っ!?ちが、待って下さい!私はただ『黒須っ!そ、その……あの子もだいぶ手が掛からなくなってきましたし、そろそろ二人目を作ってもいいと思うのですが……』って恥ずかしそうに二人目を所望する彩華お嬢様の姿を見たいだけで……!」

「きっしょっ!?十歳年下の少女になにきしょいこと言ってんですか黒須!!」

「ちが、違います!口が勝手に……!ああ、綾香お嬢様が盛大に焦がした卵焼きを食べて『ちょ、ちょっと!ワタクシ食べないでいいって言いましたよね!?』って焦った顔で言う綾香お嬢様に『綾香お嬢様が作った物が不味い筈ございません』って言ってお嬢様に呆れられたい!!」

「いや本当に何言っているんですか黒須!?今時少女漫画でもそんな台詞言いませんよ!?」

「ちがっ!本当に違うんです!こんなの私の本心じゃ……う、うわあああああっ!!」

「きゃっ!?ちょ、ちょっと黒須いきなり何するんですか!?待ちなさい!どこに行くんですか!?」


 次から次へと口から湧いて出る自分の本心じゃない失言の数々に耐えきれず、黒須は自分の上に跨るお嬢様をドンッと押し退け、そのまま吠えるお嬢様を残して部屋から飛び出していった。そうして一人部屋に残された少女は黒須が出て行った扉を見つめながら『なんなの…』と呟くのだった。





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