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しおりを挟む「ロベルグ公爵令息!お前には失望したわ!!」
美しい白磁器の指を銀髪の青年に突き付けた王女ミシェラは怒りの表情を浮かべる。指を突き付けられた青年……公爵令息ロベルグは持っていたワイングラスを静かにテーブルの上に置くと怒りの表情を浮かべるミシェラとは対照的に一切の感情を削ぎ落とした顔をミシェラに向けて、口を開いた。
「申し訳ありません、ミシェラ王女殿下。一体何に失望されたのか分かり兼ねるのですが……」
「ふんっ!惚けたって無駄よ!お前がワタクシの可愛いユーリを虐めたのは分かっているんだから!」
「ユーリ……ああ、最近ミシェラ王女殿下が寵愛されている男爵令息の事ですね。しかし、虐めたとは一体どういう事でしょうか?確かにミシェラ王女殿下の婚約者として、彼に忠告した事はありましたが……」
「武芸を嗜んでいる取り巻きを引き連れて忠告をするなんて脅しでしかないじゃない!それに先日ユーリが暴漢に襲われた件もお前が裏で糸を引いていたと報告を受けているわ!」
「……恐れながらミシェラ王女殿下。彼は元貧困街出身の男爵令息です。お優しいミシェラ王女殿下の寵愛を独占する為に暴漢達と共謀した可能性もあるかと……」
「そ、ん、な、事をユーリがする筈ないじゃない!ああもうっ!全くなんて見苦しいかしら!十年間、次期女王としてお前のその無愛想な顔にも無愛想な態度にも我慢してきたけど……もう我慢の限界よ!婚約破棄よ!婚約破棄!ロベルグ公爵令息!本日を以ってお前との婚約を破棄するわ!!」
絢爛豪華な夜会の会場に響き渡る王女の『婚約破棄宣言』に遠巻きに様子を伺っていた貴族子女達に動揺が走る。しかし、当事者であるロベルグは眉一つ動かさず冷静過ぎるほど冷静に数秒間ミシェラを見つめた後、深く深く息を吐き「…婚約破棄は困ります」と小さな声で呟いた。ミシェラは意外なロベルグの言葉に一瞬呆気に取られる。が、すぐにキッとロベルグを睨み付けながら言った。
「婚約破棄は困る……ですって?十年前から今日に至るまでこの次期女王であるワタクシが熱心に話しかけても熱心に遊びに誘っても素っ気無い態度ばかり取っていたお前が婚約破棄されても困るものですか!大体お前と言う人間はーー……」
ミシェラが怒りのまま今まで溜めに溜めていた文句の一つや二つロベルグにぶつけてやろうとした時。突然、ロベルグが床に片膝を付き頭を下げながら、
「お願いします、やり直す機会を下さい」
と、いつになく真剣な声で懇願してきた。まさかあのロベルグから懇願されるとは思ってなかったミシェラは内心激しく動揺するが、次期女王教育で培った忍耐力で耐え、訝しげな顔をしながらロベルグに問い掛けた。
「やり直す機会?一体何をやり直したいと言うのかしら?」
「ミシェラ王女殿下と私の関係を、です」
「ワタクシとの関係を?ふーん……十年間、ワタクシと良好な関係を築く努力をして来なかったお前が今からワタクシとの関係をやり直せると思っているのかしら?」
「……これから心を入れ替えて必ずミシェラ王女殿下に相応しい男になってみせます。だから、どうかご慈悲を……」
深々と頭を下げて懇願するロベルグの姿にミシェラの怒りに染まっていた思考は大分落ち着きを取り戻し、そして「ここまで懇願している相手を無碍にするのは次期女王の器じゃないわね」と冷静さを取り戻した頭で考えたミシェラは傅くロベルグを見下しながら言った。
「ふ、ふんっ……まあ、そこまで言うのならばもう一度やり直す機会を与えてやってもいいけど……でも、今後少しでもユーリを虐める様な真似をしたら有無言わせず速攻で婚約破棄をするから肝に銘じておきなさい」
「はっ、ミシェラ王女殿下の御心のままに……」
ミシェラは胸に片手を当てて静々と臣下の礼を取るロベルグを眺めながら「ふん、どうせこの場凌ぎの言葉の癖に…」と、内心まったくロベルグの言葉を本気で受け止めていなかったが、それが間違いだったと早々に気付く羽目になるのはこの日の翌日……早朝の事だった。
◇◇◇◇◇
翌朝。
いつもの様に豪奢な馬車から学園に降り立ったミシェラは美しい金糸の髪を靡かせ、コツコツとヒールの音を響かせながら、学園の大通りを悠々と歩いていく。その傍らには最近貴族子女達の注目を集めている可愛らしい顔をした茶髪の少年……男爵令息ユーリがおり、昨日の一件について興奮した様子でミシェラを褒め称えていた。
「ホント、昨日のミシェラ様はすごかったです!あんな大勢の前で堂々とロベルグ様の悪事を糾弾するなんて……!流石次期女王様です!!」
「ふっ、ふん……別にワタクシは当たり前の事をしただけで褒められる様な事をしたわけじゃありませんわ」
「それでも、です!誰も逆らう事が出来なかったロベルグ様を傅かせた上に懇願までさせるなんて……あんな事が出来るのは国中探してもミシェラ様だけですよ!」
「そ、そう? ま、まあ……一応褒め言葉として受け取っておきましょう。それよりもロベルグにまた虐められる様な事があったらすぐに私に言うのですよ、ユーリ」
「はい!ありがとうございます!ミシェラ様!」
万年鉄仮面なロベルグと違って素直に感情を表し、喜んでくれるユーリの愛らしい姿に頬を緩ませながら、ミシェラがいつもの様にユーリのふわふわな亜麻栗色の髪を撫でようとした時。
「王女殿下ーー!!おはよーございまーす!!」
と、聞き覚えのある……だけど聞き覚えのないやたら明るい男の声が後ろから聞こえてきた。その声に驚いたミシェラが思わず後ろを振り返るとそこにはニコニコと花も綻ぶ様な爽やかな笑顔を浮かべてこちらに駆けてくる……「ロベルグ」の姿があった。
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