万歳の対義語。

七部(ななべ)

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第三話 ー御国の定めー

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1945年10月10日。
朝鮮、ソウル南東部。かつては栄えていたソウルも、血色に染め上がった漢江の川景色を見ると、2ヶ月ちょっと前の話が甦ってくる。

1945年8月10日。
俺らはもともと満州北部の地域で暮らしていた。食べ物にも、まぁ困らない普通の一家だった。だけど大東亜戦争が始まり、だんだん物資が途絶えていった。如実にここ満州にも影響が出ていて、最初は米が配給されていたんだが、数ヶ月たつと配給されなくなったんだ。ゼイタクハンタイの言葉も、最初は受け入れていた。
だけどこの日、一気に満州が危機に脅かされた。ソビエト連邦による満州侵攻だ。日本国土が原子爆弾などで弱っている隙にソ連軍が弱った満州を侵攻してきたのだ。
『ダンッ!バンッ!』
爆発音がとんでもない非日常を物語っていた。慌てて家まで逃げたけど、もう遅かった。父と母が私たちを庇って爆破される運命を受け入れた。その時の音と言ったら、言い表せないほどに惨かった。感情が無いようにも思えるソ連軍は2人の死人を薙ぎ倒してどんどん直進して行く。ほんと不幸中の幸い、僕らは近くの茂みに隠れてなんとかやり過ごせたけど、その後に見た街の光景は、もう死にたい、早く死にたい。そう4人全員思っただろう。
爆破された家、跡形もない焼け野原、犬猫の腐った血の匂い、そして人の血の匂い。そりゃ死にたかったけど、勇気のない意気地無しの自分には死ねなかった。
その日は泣くことも、笑うことも、何か感情を見せることもなかった。まさにあの時のソ連軍みたいだった。でもあのソ連軍と俺たちの気持ちは全然違う。顔が赤いソ連軍と比べ、俺らは顔に色がない。青くもない、白色でもない。
でも、一歩、また一歩少しずつ歩いたんだ。そして家に着いた。焦げ臭い、まだ炎が残っている家。家の中には、少しばかりのお金と食べ物があった。そして、家族全員の写真があった。全部取って何か袋に詰めて、また歩いた。

そして今がある。血色の漢江を泳いで、今日は寝た。夜は怖い。動物の遠吠え、人らしきものの歩く音がしてき気がして止まない。幻聴だと思っても、幻聴に思えない。こんな日々の繰り返し。でも、これが生きているんだ。これで生きているんだ。また明日がくる。これもまた、生きている。楽しいとは思えないけど、生きてるだけで死んでいるの何億倍楽しいことは、知っている。俺にも分かる。意気地無しの俺でも判る。
「今日は頑張って歩こうね」
そう言えた明日だった。
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