ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第06話 頭デッカチ操言士と新たな学び

7.訓練(中)

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 ポーレンヌ城下町の食事処「くらら亭」でマリカが「六段」や「師範」という単語を発したが、紀更はその単語の重みがわからず、マリカの言わんとしていることが理解しきれずにもやもやした。自分が無知であることは仕方ないが、マリカは紀更が知らなさそうな単語をあえて使って、紀更を会話の外に追い出そうとしているようにさえ感じられてしまった。そのことを思い出した紀更が雛菊に問うと、雛菊は最初から解説してくれた。

――操言院修了試験に合格した瞬間に、その操言士は「初段」になるの。「段位」はその操言士の習熟度を表しているわ。
――習熟度……操言ブローチの刻印とは違うんですか。
――そうね、操言ブローチの刻印が能力の種類を表して、「段位」がその能力の強さを表していると言えばいいかしら。初段、二段、三段と段位は上がっていって、九段の上の師範が最高位。全部で十段階に分かれているわ。

――段位が上がるためには、修了試験のようなものがあるのでしょうか。
――昇段試験と呼ばれるものがあるわ。昇段試験の受験は、修了試験と違って必須ではないの。推薦も必要ない。受けたい時に申請すれば受けられるわ。試験を受けるための条件はあるけどね。それと、必ず一段ずつしか昇段しない。飛び級はないわ。

 操言の力は千差万別だ。十人いれば十人全員、その強さや得意不得意が違う。もちろん、修行や鍛錬によってできることは増え、強さも増していく。そうした個人差がある中で操言士の能力を客観的に測る指標のひとつが段位なのだ。
 雛菊は語った。個人差はとてもあるが、だいたいが十代のうちに修了試験に合格し、二十代のうちに四段まで昇段する。昇段試験を受けるかどうかは任意だが、名実ともに「一人前」とみなされるのが実は四段なのだそうだ。そして四十歳で七段、順調にいけば五十歳で九段、死ぬ前に師範になれるかどうか、という昇段具合が平均であると。
 なるほど、その平均から考えれば三十歳にして師範に昇段している王黎は、マリカの言うとおり優秀を通り越して「アタマがおかしい」のかもしれない。水の村レイトで「もしかして」と思ったが、もしかしなくても紀更はすごく優秀な人物に弟子入りしているのだった。

――七段になれば弟子をとることが許されるわ。そして師範になれば、操言士団の幹部になることができるの。操言士団の組織構成についてはどれくらい知ってる?
――まず四部会という組織があって、すべての操言士は四つの部のどれかに所属しているんですよね。それから各都市部に操言支部という組織を形成していて、支部は支部長さんがまとめている……ということは知っています。
――わりとわかっているわね。各地の支部を訪れて学んだおかげかしらね。じゃあ、四部会に属さない操言士が十人だけいるのは聞いた?
――いえ、初耳です。
――まず一人は操言士団団長よ。今はコリン・シュトルツさんね。それから幹部操言士と呼ばれる九人の操言士よ。全員段位は師範で年齢もそれなりに重ねているわ。九人は「幹部会」と呼ばれていて、操言士団団長の下に幹部会と四部会があるという構成なの。まあ、コリン団長も幹部と呼ばれたり幹部会に含めたりすることがあって、そこはちょっと曖昧だけどね。
――なるほど、あの方々が……。

 王都に帰還するなり王黎と共に操言士団本部の大会議室へ行ったが、あそこにいたのが幹部会の幹部操言士たちなのだろう。王黎はあえて幹部会だと教えてくれなかったが、王黎と幹部会はあまり友好的には見えなかったので仕方ないのかもしれない。

――幹部会は操言士団の運営をしているけど、国の政治にも関与しているわ。
――国の政治?
――幹部操言士は、王族とも騎士団とも平和民団の華族ともやり取りをするの。詳細は私も知らないけど、三公団の幹部たちの話し合いや意見で国が回っているのよ。
――もう師範になっている王黎師匠は……いつか幹部会に入るのでしょうか。
――さあ。王黎は面倒くさいこと、基本的に嫌いだから。幹部会に入りたいなんて思ったこともないんじゃない? ただ向上心……いえ、野心のある操言士は師範の資格を得ていつかは幹部になりたい、なんて思い描いているでしょうね。

 段位が上がれば難しい任務を振られることが増えてくる。しかしそれは同時に給金アップも意味するので、多く稼ぎたいと思う者も積極的に昇段試験を受けるのだと雛菊は付け加えた。

「面白いなあ。一年前とは大違いだわ」

 紀更の口元に思わず笑みが作られる。
 雛菊の説明がわかりやすいこともあるだろうが、王都の外を旅して王黎と共に様々なものを見て聞いて、操言士や操言士でない人にも出会ってそうして受けた刺激があるからこそ、雛菊の教えがどんどん頭の中に入ってくる。
 この一年間、教師操言士たちからはとにかく丸暗記を推奨されたが、雛菊が教えてくれた知識は憶えようと意識しなくても、自然と頭の中の忘れられない場所にしまわれるようだった。

「この調子でアンヘルさんの授業も頑張れそうだなあ」

 夕方に戻ってきたアンヘルはテスト結果を雛菊に共有し、今後のカリキュラムについてざっくりと説明してくれた。

――気になったその瞬間が、憶えるのに最適なタイミングなの。

 雛菊のその言葉に背中を押された紀更は、これまで自分が操言の力を使った場面やその効果についてアンヘルに説明した。祈聖石の擬態を解いて祈りを込めること、対怪魔戦において操言士がすべき役割カカコ――回復、加護、攻防――を実際に自分が実践したことなどだ。
 アンヘルはうっとうしそうな表情をしていたが、紀更が祈聖石の保守と対怪魔戦の経験をそれなりに積んでいることを知ると、技術を高める授業の内、戦闘に関する項目を少し減らすことを申し出てくれた。それよりも、紀更の経験が少ない生活に関する操言の力の使い方を手厚くしてくれるそうだ。

(受け身にはならない。雛菊さんもアンヘルさんも私が持っているものを知らないんだから、そこは自分から伝えていく。そのうえで教えてもらって、でも自分からも発信して、学びを深めていくの)

 王黎はとうとう戻ってこなかったが、王黎の教えは紀更の中に根を張っている。大丈夫だ。

(紅雷とユルゲンさんも大丈夫かしら)

 喧嘩はしていないだろうか。今日も何か依頼を達成できただろうか。
 二人のことを考える時間は短く、目を閉じた紀更はあっという間に睡魔に襲われた。


     ◆◇◆◇◆


「紅雷、右にカルーテが二匹!」
「了解!」

 その頃、紅雷とユルゲンは王都からポーレンヌ城に向かっていた。夕食のために入った食堂で、護衛の依頼が掲示板に張り出されるところにちょうど出くわしたのだ。
 依頼主は王都の商人。雨のせいで納品が遅れた品をどうにかして明日の朝一でポーレンヌ城に届けたいという。今から出発して夜通しで移動すれば朝一でポーレンヌ城には到着できるが、いかんせん夜の野道を歩くことは怪魔や野犬に襲われたいと願っているようなものだ。怪魔のことを考えて操言士団に護衛を依頼したいが、急なことなので引き受けてもらえないかもしれない。とにかくすぐに出発できて、しかも操言の加護を得た武器で護衛してくれる人はいないか。通常の護衛依頼の相場の二倍は報酬を出す、という内容だった。
 紅雷に相談することもなくユルゲンはその依頼を二つ返事で請け負い、唇を尖らす紅雷を急かして商人の一行と共に王都を出た。そしてすぐに怪魔カルーテの集団に襲われたのだ。

「ミズイヌ型の方が速いだろ! 姿なんか変えちまえ!」

 カルーテと応戦しながら、ユルゲンは紅雷の戦闘指導もする。
 紀更が施してくれた操言の加護はなかなか優秀で、ユルゲンも紅雷も一撃でカルーテを殲滅することができ、ポーレンヌ城までの護衛は無事に達成できた。
 こうしてそれぞれの場所でそれぞれの学びと経験を積みながら幾日が過ぎた。


     ◆◇◆◇◆


「よし、そのままカップを空中に浮かせ続けながら意識を手放すんだ」
「意識を手放す……どうすればいいのでしょうか」
「雛菊くんと会話でもしたまえ」

 紀更たち三人は操言院の敷地の北東部にある屋外第三訓練場にいた。北側の雑木林の向こうは民家になっており、東側の歩道からは行き交う住民たちの会話が聞こえてくる。だが訓練場には紀更と雛菊、そしてアンヘルしかいないので、住民たちの声がなければとても静かだった。
 向かい合う紀更とアンヘルの間には、紀更が操言の力で浮かせたカップがひとつ。それはふよふよとかすかに揺れているが、何かに支えられることもなく宙に浮いている。

「紀更、こっちよ」
「あ、はい」

 紀更は背後にいる雛菊に振り返ったが、まだ浮いているカップが気になって仕方がない。そんな紀更の意識をなるべくカップから遠ざけるために、雛菊は雑談を振った。

「明日から二日間は自宅でしょう。その前に聞いておきたいことはないの?」

 今日も雛菊はよれよれのカーディガンの上に操言ローブをまとい、藍色の髪はくしゃくしゃだ。眼鏡の奥の眼光は鋭く、こちらを不機嫌に睨んでいるようにも見える。

「聞いておきたいこと……あっ」

 紀更は両手を軽く打ち鳴らした。
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