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第06話 頭デッカチ操言士と新たな学び
4.復帰前夜(中)
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「ユルゲンさんたちはどこの共同営舎に?」
「南東だ……あーなんといったか。通りと通りの交わるところだ」
「メクレ大通りとルンド通りでしょうか」
「ああ、たぶんそれだ」
「紀更様、すぐ近くに城壁の門がありましたよ!」
「結構端っこですね」
メクレ大通りは王城を守る第二城壁から南東に向かって伸びる、中央通りの次に幅広の通りだ。その通りの終点は第一城壁の南東門で、南東門から先は東国道が伸びている。
「今日はどうされたんですか」
「紅雷と二人で軽い仕事だ」
「逃げた飼い猫を探して追いかけてました! あたしの嗅覚でちゃんと見つけたんですよ!」
「ほんとは怪魔退治でも請け負いたかったんだがな」
ユルゲンは軽いため息をついた。
宿と違って共同営舎は安く寝泊まりができるが無料ではない。ユルゲンと紅雷は自分たちの食い扶持のために日々稼がなければならない。
猫探しよりも怪魔退治の方が報酬は高いのだが、残念ながら掲示板に張り出されている依頼に怪魔退治はなかったのだ。
「怪魔……そうだ、ユルゲンさんの武器に加護を与えましょうか」
「それはいいな。頼めるか」
「はいっ! サム、ごめんね。ちょっとほかの荷物も持っててくれる?」
「あ、ああ、いいけど。加護って?」
疑問符を浮かべるサムに紀更は荷物を預ける。
ユルゲンは腰元に下げている両刀を掴むと紀更の眼前に差し出した。
【清らかなる純白の輝きよ、邪なる悪を滅し屠る神気となりて、この刀に聖なる力を授け給え】
ユルゲンの両刀を包み込むように両手をかざした紀更は、ポーレンヌでの対怪魔戦を思い出しながら言葉を紡いだ。あの時のように、聖なる光の力がユルゲンの両刀に宿り、怪魔を殲滅できるように。怪魔の攻撃を振り払い、ユルゲンの一太刀で怪魔の身体が霧散するように。
するとユルゲンの両刀に淡い光がまとわりつき、それは刀に馴染むようにゆっくりと吸収されていった。
「うおぉ」
操言の力が発揮されるところを初めて間近で見たサムは、その光景に驚愕し息を呑んだ。
「すげえ……すごいな、紀更!」
サムは幼い男児のように目を輝かせ、興奮して声を上げた。
「助かる」
ユルゲンは手短に礼を言い、両刀を腰に戻す。その時、紅雷が甘えるように紀更の腕を引っ張った。
「紀更様、あたしも! あたしにも加護をくださいっ!」
「え、えっと……紅雷は……うーん、よし」
紀更はしばし悩んでから紅雷の頭上に手をかざした。
【清らかなる純白の輝きよ、邪なる悪を滅し屠る神気となりて、紅雷に聖なる力を授け給え】
ユルゲンに送った言葉と同じ言葉を紡ぐ。しかし言葉と結び付けるイメージは少しだけ変えた。
街中を明るく照らす太陽のようにまばゆい光が紅雷を覆い、ミズイヌ型になった紅雷が体当たりしたり牙をむいたりして攻撃するたびに怪魔の身体が消えゆくように。聖なる光が彼女の身体を守るように。少しの間離れていても、紅雷が健やかに過ごせるように。ゼルヴァイスから戻ってきた最美を王黎が労わったように、紀更は慈愛を込めて操言の力を使った。
「ふあ~、あったかぁ~い」
紀更から操言の加護を受け取った紅雷は、全身がぽかぽかと温かくなり夢見心地になった。
「ありがとうございます、紀更様!」
紅雷は嬉しさで満たされた笑顔を浮かべた。今は人型だが、ミズイヌ型だったなら尻尾をぶんぶんと振り回していることだろう。
「ユルゲンさんも紅雷も、怪魔を相手にするなら無茶をしないでくださいね」
紀更は紅雷の頭をなでながらやさしく言った。
「ああ、わかってる」
「紀更様、あたし、紀更様を守れるくらい強くなります! 紀更様に呼ばれるまであたしもしゅぎょーしますから、紀更様も頑張ってくださいね!」
「う、うん」
テンションの上がった紅雷がぐりぐりと頭を紀更の胸にすり寄せてくるので、紀更は少し困りながらも頷いた。
「紅雷、次の飯の種を探しに行くぞ」
「それじゃ、紀更様! いつでも呼んでくださいね!」
紅雷は名残惜しそうに紀更の手を握ってから、大きな通りへ去っていくユルゲンを追いかけた。
「なんか……すごい人たちだね」
二人の背中をぼんやりと見送る紀更にサムが声をかける。しかしサムの声が聞こえていないのか、紀更は返事をしない。
「紀更? おーい……紀更?」
「えっ、ああ」
「どうかした?」
「ううん……なんでもない」
そう答えつつも、ユルゲンたちが去っていった方角を紀更はいつまでも見つめている。その顔が段々物憂げになっていくので、サムの脳裏に嫌な予感が走った。
(紀更、もしかして)
――紅雷? ユルゲンさんも!
先ほど、大柄な傭兵の名を呼んだ時の紀更の表情は花開いたような笑顔だった。会いたかった相手に思いがけないところで会えて嬉しい。嬉しくてたまらない。そんな風に、先ほど久しぶりに紀更と再会した自分のような反応だった。
(え、ちょ……嘘だろ)
長年想い続けている年下の幼馴染。
色恋沙汰に関してとてもにぶい紀更だったが、まさかしばらく会わない間に、あのユルゲンという傭兵の男に特別な感情を抱いてしまったというのか。
(俺……どうしたら)
救いは、にぶい彼女がまだ自分の想いをはっきりと自覚していないことだろうか。そうだとしても、こちらがはっきりとこの想いを伝えないかぎり、紀更は自分のことを異性として目に入れてはくれない。自分から動かなければ、紀更との関係性が変わることはない。しかしサムの中の勇気は未熟なままで、好きだと伝えることはまだできそうにない。
「あっ、ごめんね。荷物、ありがとう」
我に返った紀更はサムから荷物を受け取り、家路へと歩き出す。
呉服屋「つむぎ」まで紀更を送り届けて一人になったサムは盛大に、それはもう盛大にため息をつくのだった。
◆◇◆◇◆
「最低。ほんと最低。王黎、あんた何してくれてんの?」
紀更が街中を歩き回って用事を片付けている頃、王黎は操言士団本部の敷地内にある守護部会館に出勤し、待機室のソファに腰掛けて本を読んでいた。
足を組んで優雅な体勢をとっているそんな王黎への来客は、少しぼさぼさした藍色の長い髪にグレーの瞳。よれよれのカーディガンの上に操言ローブをまとい、ティアドロップ型の黒縁眼鏡をかけた女性操言士だった。
「やあ、雛菊。話は聞いたかい?」
「聞いたわよ。最低な話よ。よくも幹部会の面前で私の名前を出して面倒なことに巻き込んでくれたわね」
王黎に文句を言いに来た彼女の名前は雛菊。王黎より三歳年上だが、王黎と同時期に操言院を修了したいわゆる同期だ。
昨日、雛菊を紀更の専属講師にするよう幹部会に王黎が推薦し、それは認められた。そしてそのことを国内部部長から聞いた雛菊は、一言文句を言わずにはいられないと王黎を訪れたのだった。
「だってキミが適任なんだもん。よろしくね~」
「〝特別な操言士〟の師匠はあんたでしょ。あんたが教えればいいじゃない。だいたい、私は国内部所属よ。教育部にいたことすらない。教える技能なんて持っていないわ」
「キミならすぐ会得するよ、そんな些末なモノ。そんな小難しいことじゃないしね。もう一人、教育部の教師操言士も一緒だし。本職がいるから大丈夫だって」
「それも最悪なのよ。あんたも十分知ってるでしょ。教育部の操言士ほどイカれてるって」
雛菊は眉をつり上げて王黎を睨んだ。次から次へと文句が出るが決して大きな声にならないところは落ち着いた性格の彼女らしいと、王黎はのんきに感心した。
腰に両手を当てて仁王立ちでこちらを見下ろす雛菊を、王黎は足を組み替えて優雅に眺める。
「まあ、たぶん平気でしょ」
「そう思うならあんたがやりなさいよ。必要以上に関わりたくないのよ、教育部なんて」
「僕も今の教育部はあまり好きじゃないけど、キミの知識が紀更に必要だしなあ」
雛菊の表情はきついが王黎はどこ吹く風だ。のらりくらりと、まるで糸のない凧のようにふわふわとした返事しかしない。
「期間限定だしさ、幹部会も認めちゃったしさ、今さらどうしようもないよ~」
「あんたっていっつもそう。勝手に決めて、他人には事後承諾させるんだから」
「そうだねえ。だって事前に打診したら断るだろ、キミ」
「当然よ。誰かに教えるなんて私には向いてないわ」
「そんなことないと思うよ?」
鼻息荒く言い切る雛菊に、王黎は優しい声音で言った。
「キミの教えがあれば、まあたぶん、紀更は一発で合格できると思うからさ。期間限定で頼むよ、雛菊センセー」
「気持ち悪い。そんな風に呼ばないで」
ウインクする王黎の視線を片手で払いのけると、雛菊はぴしゃりと言い捨てた。
「南東だ……あーなんといったか。通りと通りの交わるところだ」
「メクレ大通りとルンド通りでしょうか」
「ああ、たぶんそれだ」
「紀更様、すぐ近くに城壁の門がありましたよ!」
「結構端っこですね」
メクレ大通りは王城を守る第二城壁から南東に向かって伸びる、中央通りの次に幅広の通りだ。その通りの終点は第一城壁の南東門で、南東門から先は東国道が伸びている。
「今日はどうされたんですか」
「紅雷と二人で軽い仕事だ」
「逃げた飼い猫を探して追いかけてました! あたしの嗅覚でちゃんと見つけたんですよ!」
「ほんとは怪魔退治でも請け負いたかったんだがな」
ユルゲンは軽いため息をついた。
宿と違って共同営舎は安く寝泊まりができるが無料ではない。ユルゲンと紅雷は自分たちの食い扶持のために日々稼がなければならない。
猫探しよりも怪魔退治の方が報酬は高いのだが、残念ながら掲示板に張り出されている依頼に怪魔退治はなかったのだ。
「怪魔……そうだ、ユルゲンさんの武器に加護を与えましょうか」
「それはいいな。頼めるか」
「はいっ! サム、ごめんね。ちょっとほかの荷物も持っててくれる?」
「あ、ああ、いいけど。加護って?」
疑問符を浮かべるサムに紀更は荷物を預ける。
ユルゲンは腰元に下げている両刀を掴むと紀更の眼前に差し出した。
【清らかなる純白の輝きよ、邪なる悪を滅し屠る神気となりて、この刀に聖なる力を授け給え】
ユルゲンの両刀を包み込むように両手をかざした紀更は、ポーレンヌでの対怪魔戦を思い出しながら言葉を紡いだ。あの時のように、聖なる光の力がユルゲンの両刀に宿り、怪魔を殲滅できるように。怪魔の攻撃を振り払い、ユルゲンの一太刀で怪魔の身体が霧散するように。
するとユルゲンの両刀に淡い光がまとわりつき、それは刀に馴染むようにゆっくりと吸収されていった。
「うおぉ」
操言の力が発揮されるところを初めて間近で見たサムは、その光景に驚愕し息を呑んだ。
「すげえ……すごいな、紀更!」
サムは幼い男児のように目を輝かせ、興奮して声を上げた。
「助かる」
ユルゲンは手短に礼を言い、両刀を腰に戻す。その時、紅雷が甘えるように紀更の腕を引っ張った。
「紀更様、あたしも! あたしにも加護をくださいっ!」
「え、えっと……紅雷は……うーん、よし」
紀更はしばし悩んでから紅雷の頭上に手をかざした。
【清らかなる純白の輝きよ、邪なる悪を滅し屠る神気となりて、紅雷に聖なる力を授け給え】
ユルゲンに送った言葉と同じ言葉を紡ぐ。しかし言葉と結び付けるイメージは少しだけ変えた。
街中を明るく照らす太陽のようにまばゆい光が紅雷を覆い、ミズイヌ型になった紅雷が体当たりしたり牙をむいたりして攻撃するたびに怪魔の身体が消えゆくように。聖なる光が彼女の身体を守るように。少しの間離れていても、紅雷が健やかに過ごせるように。ゼルヴァイスから戻ってきた最美を王黎が労わったように、紀更は慈愛を込めて操言の力を使った。
「ふあ~、あったかぁ~い」
紀更から操言の加護を受け取った紅雷は、全身がぽかぽかと温かくなり夢見心地になった。
「ありがとうございます、紀更様!」
紅雷は嬉しさで満たされた笑顔を浮かべた。今は人型だが、ミズイヌ型だったなら尻尾をぶんぶんと振り回していることだろう。
「ユルゲンさんも紅雷も、怪魔を相手にするなら無茶をしないでくださいね」
紀更は紅雷の頭をなでながらやさしく言った。
「ああ、わかってる」
「紀更様、あたし、紀更様を守れるくらい強くなります! 紀更様に呼ばれるまであたしもしゅぎょーしますから、紀更様も頑張ってくださいね!」
「う、うん」
テンションの上がった紅雷がぐりぐりと頭を紀更の胸にすり寄せてくるので、紀更は少し困りながらも頷いた。
「紅雷、次の飯の種を探しに行くぞ」
「それじゃ、紀更様! いつでも呼んでくださいね!」
紅雷は名残惜しそうに紀更の手を握ってから、大きな通りへ去っていくユルゲンを追いかけた。
「なんか……すごい人たちだね」
二人の背中をぼんやりと見送る紀更にサムが声をかける。しかしサムの声が聞こえていないのか、紀更は返事をしない。
「紀更? おーい……紀更?」
「えっ、ああ」
「どうかした?」
「ううん……なんでもない」
そう答えつつも、ユルゲンたちが去っていった方角を紀更はいつまでも見つめている。その顔が段々物憂げになっていくので、サムの脳裏に嫌な予感が走った。
(紀更、もしかして)
――紅雷? ユルゲンさんも!
先ほど、大柄な傭兵の名を呼んだ時の紀更の表情は花開いたような笑顔だった。会いたかった相手に思いがけないところで会えて嬉しい。嬉しくてたまらない。そんな風に、先ほど久しぶりに紀更と再会した自分のような反応だった。
(え、ちょ……嘘だろ)
長年想い続けている年下の幼馴染。
色恋沙汰に関してとてもにぶい紀更だったが、まさかしばらく会わない間に、あのユルゲンという傭兵の男に特別な感情を抱いてしまったというのか。
(俺……どうしたら)
救いは、にぶい彼女がまだ自分の想いをはっきりと自覚していないことだろうか。そうだとしても、こちらがはっきりとこの想いを伝えないかぎり、紀更は自分のことを異性として目に入れてはくれない。自分から動かなければ、紀更との関係性が変わることはない。しかしサムの中の勇気は未熟なままで、好きだと伝えることはまだできそうにない。
「あっ、ごめんね。荷物、ありがとう」
我に返った紀更はサムから荷物を受け取り、家路へと歩き出す。
呉服屋「つむぎ」まで紀更を送り届けて一人になったサムは盛大に、それはもう盛大にため息をつくのだった。
◆◇◆◇◆
「最低。ほんと最低。王黎、あんた何してくれてんの?」
紀更が街中を歩き回って用事を片付けている頃、王黎は操言士団本部の敷地内にある守護部会館に出勤し、待機室のソファに腰掛けて本を読んでいた。
足を組んで優雅な体勢をとっているそんな王黎への来客は、少しぼさぼさした藍色の長い髪にグレーの瞳。よれよれのカーディガンの上に操言ローブをまとい、ティアドロップ型の黒縁眼鏡をかけた女性操言士だった。
「やあ、雛菊。話は聞いたかい?」
「聞いたわよ。最低な話よ。よくも幹部会の面前で私の名前を出して面倒なことに巻き込んでくれたわね」
王黎に文句を言いに来た彼女の名前は雛菊。王黎より三歳年上だが、王黎と同時期に操言院を修了したいわゆる同期だ。
昨日、雛菊を紀更の専属講師にするよう幹部会に王黎が推薦し、それは認められた。そしてそのことを国内部部長から聞いた雛菊は、一言文句を言わずにはいられないと王黎を訪れたのだった。
「だってキミが適任なんだもん。よろしくね~」
「〝特別な操言士〟の師匠はあんたでしょ。あんたが教えればいいじゃない。だいたい、私は国内部所属よ。教育部にいたことすらない。教える技能なんて持っていないわ」
「キミならすぐ会得するよ、そんな些末なモノ。そんな小難しいことじゃないしね。もう一人、教育部の教師操言士も一緒だし。本職がいるから大丈夫だって」
「それも最悪なのよ。あんたも十分知ってるでしょ。教育部の操言士ほどイカれてるって」
雛菊は眉をつり上げて王黎を睨んだ。次から次へと文句が出るが決して大きな声にならないところは落ち着いた性格の彼女らしいと、王黎はのんきに感心した。
腰に両手を当てて仁王立ちでこちらを見下ろす雛菊を、王黎は足を組み替えて優雅に眺める。
「まあ、たぶん平気でしょ」
「そう思うならあんたがやりなさいよ。必要以上に関わりたくないのよ、教育部なんて」
「僕も今の教育部はあまり好きじゃないけど、キミの知識が紀更に必要だしなあ」
雛菊の表情はきついが王黎はどこ吹く風だ。のらりくらりと、まるで糸のない凧のようにふわふわとした返事しかしない。
「期間限定だしさ、幹部会も認めちゃったしさ、今さらどうしようもないよ~」
「あんたっていっつもそう。勝手に決めて、他人には事後承諾させるんだから」
「そうだねえ。だって事前に打診したら断るだろ、キミ」
「当然よ。誰かに教えるなんて私には向いてないわ」
「そんなことないと思うよ?」
鼻息荒く言い切る雛菊に、王黎は優しい声音で言った。
「キミの教えがあれば、まあたぶん、紀更は一発で合格できると思うからさ。期間限定で頼むよ、雛菊センセー」
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